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4-3 「人は人以外の命を背負えない」

「——ったくよぉ。東の機獣の数が減ったっつーから、出稼ぎにここまでやって来たってのに、ここはここで数が多すぎだろ。こんなんじゃ、命がいくつあっても足りねぇっての」

「ほんとそれな。機獣狩りなんざ、こうして一日酒を飲めるくらいの小銭稼ぎ分で丁度良いんだよ。俺たちゃ別に英雄になりたいわけじゃないんだからな」


 機獣の発生と報奨金の話を聞きつけてやって来たのか、【今昔亭】は今『外』の人たちで溢れかえっている。

 そんな彼らが思い思いの愚痴や自慢話を繰り広げている中、隅っこの方にソフィア一向も食事を取っていた。

 けれど、その雰囲気はどこか重く——


「ねぇ……アイリス様。『セレネ』様どうしちゃったの? イエティを討伐した日からずっと落ち込んでるんだけど……。何か知ってる……?」

「あぁ? 知らねぇよ。バイタルは見てるけど、『セレネ』の身体はいたって健康そのもの。別に気にするようなことは何もないだろ」

「でも……。身体はそうかもしれないけど、心は健康じゃないかもしれないじゃない……。心が辛いと、いつか身体は動かなくなるんだよ……?」

「心、ねぇ」


 心配そうにハーベが見つめる先には、物思いにふけりながら淡々と料理を食べるソフィアがいる。

 話しかけても相槌しか返さず、集中している様でしていないのが丸分かりだった。


「はぁ、面倒くさいマスターだな。おい、マスター」

「ん……?」

「いいから、その意味のねぇ考えを止めろ。エネルギーの無駄だ」


 バチンッと、アイリスがソフィアの頭を右手で叩いて、思考を強制終了。

 と、何故かアイリスが目を丸くして叩いた右手を見ていた。 


「おおっ、これくらいじゃアイギスは反応しないのか。これは良い発見だったな」

「良い発見——じゃ、ないわよ! 何するの、痛いじゃない!?」


 頭を抑えながら、ソフィアは非難の声を上げる。

 ただ、久しぶりに聞いた彼女の大声に耳を貸さず、アイリスこそ小馬鹿にしたような眼でソフィアを見ていた。


「マスターがいつまで経っても無駄なことしてるから、無理やり思考を戻してやったんだろうが。オレはまだ人の心の機微を完全に理解しているわけじゃないが、マスターが何を考えてるかくらいは分かる。おおかた、機獣のことでも考えてたんだろ」

「機獣の……?」


 真実を知らないハーベとクルルが首を傾げてソフィアを見ると、彼女は苦虫を噛んだような表情で視線を伏せた。

 その顔をアイリスが掴んで目線を合わせる。


「お前らが知らなくていい事だよ。——いいか、マスター。機獣の存在の責任は全てレストアーデらが背負うもので、マスターが背負うことなんて一つもないんだよ。アレはもう『そういう生物』として確立されちまってんだから、その流れを受け入れろ」

「分かってるわよ……そんなこと……。でも、知ってしまったからには思うところが出てくるのは当然でしょ……?」


 『人』の理不尽さ、傲慢さをその身で味わっているからこそ、同情せずにはいられない機獣の境遇。

 それをアイリスも分かっているが、だからこそ否定する。


「その考えこそが傲慢なんだよ。自然の摂理の流れに組み込まれた時点で、生態がどうであれ機獣はもう人の手から離れてるんだ。だってのに、人間ごときが人間以外の命を自分の勝手で背負うなんざ、烏滸がましいにも程がある。マスターが背負える命はせいぜい王国民だけだろうが。だからオレは『あの時』、命の天秤を釣り合わせたんだぞ」

「あ——」


 王国民の命をソフィアの命を代価にして救う。

 それが二人の約束であり最期の誓いだ。その中に、同情して機獣やその他の命を入れようとすれば、天秤の釣り合いが取れない。

 そして、ソフィアがそのために機獣たちの命を背負う必要は全く無いとアイリスは合理的な判断で言っているのだろう。

 けれど、ソフィアにとってアイリスの言葉は『励ましの言葉』として、腑に落とした。


「人は人以外の命を背負えない——か。そうね、そうかもしれないわ。ありがとうアイリス」

「なにが?」

「色々よ、色々。考えを正してくれたり、私を信じてくれていたり——ね。これからはアナタの期待に応えられるように、もう変なことで止まったりしないわ」

「そうしてくれることを願ってるよ」

「えぇ、見てなさい」


 そう言ってようやく元気になったソフィアが料理と向き合って、改めて食べ進める。

 それが喉元を過ぎれば、彼女は二人の臣下に謝罪した。


「二人とも、ごめんなさいね。変になった私の相手は面倒だったでしょう」

「い、いえ……! 元気になったならわたしはそれで……! まぁ、わたしが知らないナニカで二人が分かり合ってるのはちょっと寂しいですけど……」

「まだ若いですからの。考えを張り巡らせることは決して悪いことではありませぬ。何かについて考えることは停滞ではなく、前進している証でございますよ」

「ハーベ、クルル……!」


 周りに聞かれないように声のトーンを落としながら、臣下としての想いをソフィアに告げる。

 ソフィアのモヤモヤしていた気持ちは完全に晴れた。


「んで、余計な思考がなくなったわけだがマスター。今日は何する予定だ? 機獣狩りか? それともまた街の見回りか?」

「いいえ、そのどちらでもないわ。二つとも充分やったし、私の予測が正しければもうすぐ——」


 その時、男の声が【今昔亭】に響き渡った。


「——クリュータリアからきたレイトン商会はいるか!? アステリア様からの緊急勅令だ! いるなら外に出てきやがれ!」


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