「——来たわね。あの子ったら仕事が早いじゃない」
聡明さが戻ったソフィアが、男の声を聞いて全てを察する。
「アステリア様からってことは……。『セレネ』、もしかして……!」
「えぇ、大きな関門はこれでクリアされたわ。緊急勅令の中身が何かはわからないけれど、向こうからコンタクトを取ってきたってことは確実にあの子に会えるはず。これを逃すわけにはいかないわ。行くわよ三人とも」
ようやく掴んだ『最善策』への招待状。
それを手に入れるためソフィアたちが男の下へと行くと、そこにいたのは最初の日に揉めた酔っ払いの騎士——アルムだった。
「『セレネ』」
「分かっているわ。クルル、お願いしてもいいかしら……」
「御意」
ボソっとクルルがソフィアに耳打ちする。
アルムとはソフィアが認識阻害をかける前に会った人物だ。酒に酔っていて覚えていない可能性も高いが念の為。変に話を拗らせないためにも、クルルが矢面に立つ。
「あん? なんだテメェら」
「お呼ばれされたので、参上した次第です。儂らがその『レイトン商会』でございます」
「ジイさんが……?」
「はい」
どうやら覚えてはいないらしい。だが、どこか様子がおかしくアルムはクルルよりも後ろにいるソフィアたちを睨むように見ていた。
「何か?」
「ふんっ、どんな大層な奴らかと思えばこんな頼りなさげな奴らとは思わなかったんでね。まさか、老兵一人に女が三人。これで本当に任務を達成できるのかよ」
「そう言われましてもな。儂らがレイトン商会であることも、アステリア様がその勅令を出されたのも事実ですからな」
「チッ、分かってんだよンなことは。貰った情報通りだからな。けど、アンタみたいに年を重ねてるなら多少は分かるだろ」
イラつきながらアルムは下からクルルを睨む。その瞳にはどこか羨望の様なモノが混ざっており、クルルもそれを理解する。
理解されたことを察したアルムは舌打ちを一つ入れて視線を逸らし、勅書を乱暴にクルルに押し付けた。
「オラ、これがアステリア様からの勅書だ。部屋にでも戻って読んで、とっとと任務をこなしやがれ。終わったら詰所の方まで来い、いいな」
「かしこまりました」
「チッ、ちょっとはビビりやがれってんだ」
淡々と返事をするクルルにまた苛立つと、アルムは最後にソフィアを見る。
「おい、いいか……! この俺が譲ってやってるんだ、アステリア様を失望させるんじゃないぞカルメリアの英雄さんよ」
「はい……? どういう……」
ソフィアの質問に応える気もなく、アルムは【今昔亭】を出ていった。
「カルメリアの英雄って、どういうことかしら……。三人は何か知ってる?」
「さぁな」
「あ、わたし知っていますよ。ソフィア様、ちょっと前に帝国兵に襲われていたカルメリアの人たちを救ったじゃないですか? このご時世、帝国兵の横暴に歯向かう人なんてほとんどいないから、彼らにはソフィア様が『英雄』の様に見えたらしいですよ」
「たったそれだけで……?」
「それだけ不満を抱えているということでしょうな」
巡る噂に気恥ずかしげになるソフィアに、クルルがカルメリア民たちの現実を考察する。
ほんの些細な一幕から、期せずして背負わされた期待。ソフィアにとってそれは重いかもしれないが——
「ビビってるかマスター。何もしてないのにいきなり英雄呼ばわりなんてよ」
「そうね。さっきまでの私ならビビってるだけだったかもしれないわ。でも、私にはアナタみたいに信じてくれる人たちがいることも分かっているから。この程度で潰れたりはしないわ」
ちょっと前までの弱々しい姿は何処へやら。
勝気な笑みを浮かべてソフィアはアイリスに返す。
「王国民からの期待ならいくらでも背負ってあげようじゃない。英雄にでもなんでもなってあげるわよ——」
完全に吹っ切れたソフィーリア・ヴァン・レストアーデ第一王女。
王たり得る威がここに、また一つ増していた。
☆
「うおぉぉぉぉぉ!! ッラァ!」
裂帛の声が、機獣蠢く森の中に響き渡る。
アイリスはまだ聳え立っている木々を蹴って宙へと舞い、自身以上の体格を持つ鳥型機獣——ガルーダの羽根部分を切り裂く。
羽根をもがれ、緑色の血を撒き散らしながらガルーダは地に落ちていく。
「やあああああ!! 王国流短剣術、『壱薙』!!」
下にいたソフィアが落下してくるガルーダとのタイミングを完全に合わせて、逆手に持った短剣でその首を切り裂く。
そのまま返り血を浴びることもなく、ソフィアは地に伏せたガルーダに構わず次の獲物へ。木の間を縫ってくるグラスナーを相手取る。
この間、他の二人も他の場所で戦闘中。人間じゃ辿り着けない空中戦や大型機獣はアイリスが相手をしていた。
「よっ! ほっ! オラッ!」
枝を掴んで宙返り、体勢を整えると同時に木を蹴って地上にいたイエティに接近して、踵落とし。
落下スピードと重力、機人の膂力を兼ね備えたその破壊力はイエティを真っ二つにする。
続けて、血を払うその素振りのまま背後にいたイエティの胴体を後ろ蹴り。穴が開きそうな威力で腹に足が埋まると、そのまま吹き飛ばして木へと追突。
重々しい音と共に木が折れると、倒れてくる木を右手で掴んで破城槌のごとくイエティを押し潰した。
地が揺れるほどの衝撃が収まると、森の中に静寂が戻る。
「これで終わりか?」
「終わりであって欲しいわね流石に。休憩なしでこれ以上戦うのは正直キツいわ」
「なんだよ情けねぇな」
「あのね、人間は普通こんなに機獣を相手にしたりしないの。大型機獣なんてそうそう現れないし、機獣がこんな群れで襲いかかってくることもないんだから」
現時点で、機獣の猛攻が第三波。三時間以上もぶっ続けで戦っている。
ソフィアの肌には小さな傷がいくつも目立ち、緑色の血がそこかしこに付着している。もはや何体小型機獣を狩ったのか分からない。
アイリスにしても、既に三体の大型機獣を狩っていた。
【機獣避けの陣】の外なら機獣が群れを成していることもあるが、それにしたって小規模。
陣が破壊され、防衛機構も整っていない中、異常なまでに発生しているこの大量の機獣が一斉に動けばカルメリアはその時点で終わりだ。
「——言ってはなんですが、今日まで保っているのが奇跡的ですな。これもある意味、アステリア様のおかげですかの」
「クルル、それにハーベも。二人とも怪我はない?」
「はい、クルルタリス五体共に無事でございます」
「わたしも、小さな傷はありますけどクルル様のおかげでまだ動けます」
「そう、良かったわ。お疲れ様。機獣も襲ってこないし、少し休憩しましょう——」