アイリスが砂鉄を動かし、木を二本ほど切り倒す。そこに生まれたスペースに彼女たちは座り、ルージュが用意してくれた食事を摂り始めた。
「それで、クルル。さっきの話だけど、ある意味アステリアのおかげってのはどういうことかしら?」
「いえ、皮肉なことだと思いまして。今、カルメリアが都市として生きているのはアステリア様が市井を省みずに機獣の討伐に全労力を費やしているのが功を奏したからです」
「帝国兵の横暴や復興よりもまず、機獣討伐の為の戦力をあちこちから集めたことで、どうにか【機獣避けの陣】としての最低防衛ラインを代替出来ている——ということかしら?」
「でしょうな。けれど、それも時間の問題。報奨金だって無限に湧き出る訳ではありませんからの」
「あー、だからお金が尽きる前に殲滅依頼をかけたってことですかクルル様」
「その可能性は高いだろう。そのうえ儂等は特別大使殿のおかげで大型機獣を討伐出来る実力者だということも伝わっているはず。それが今回の勅令の決め手であろうな」
フリューゲル兄妹の口添えが大きいだろうが、運も色々噛み合った結果の直々の依頼。
その難易度は桁違いに高いが、それを遥かに上回る実力を持つアイリスがいるなら決して無理ではない。
ソフィアたちの実力もそれなりに高く、今のところは疲労だけで済んでいる。
「にしても、それだけ戦えるってのになんでお前らはあの時、帝国兵共にやられてたんだ? それだけデキるなら、帝国兵から逃げなくても良かっただろ」
「そりゃ、魔法無しの戦いならね」
「?」
何も分かっていないように、首を傾げるアイリスに、がっくしとソフィアが呆れて笑みを浮かべる。
「まぁ……そうよね。アイリスにとっちゃ魔法の強度とかはあんまり関係ないわよね。でも一応、覚えておいて。帝国兵の魔法はこの世界でも特別。『魔法使い』って分類だけで言えば、帝国かそれ以外かで二分化されているの」
「固有の継統魔法が当たり前の中で、帝国だけが汎用的に誰もが強力な魔法を使える。この単純な言葉がオスカリアス帝国を覇権国家にしているのです」
「ほんと怖いですよねー。色んな相手から無数の魔法が飛んでくるなんて、わたしはもう考えたくないですよ——」
「——よく分かってるじゃないか。なら、今度はその恐怖を思う存分に味合わせてやるよ」
突如、殺意が込められた声がソフィアたちに届く。
「回避!!」
「ッ……!!?」
殺意の感情をいち早く察知したアイリスがソフィアの腰を抱き、続いてクルルがハーベを抱えてその場から離れる。
直後、頭上から雨のように礫が降り注ぐ。
【
怒涛の様に降り注ぐ礫は地面や木々を容易く穿ち、煙を上げていく。それを一つの風が吹き飛ばすと、荒れた大地の上に十人の帝国軍が立っていた。
その一番前。『露店通り』でソフィアが最初に倒した帝国兵がニヤニヤとこちらを見ていた。
「よぅ、俺の顔を忘れたとは言わせないぞ」
「貴方は、あの時の……!」
「はっ、どうやらその低脳な頭でも覚えていたみたいだな。俺の名前はヨハン・ヴェルデ。次期
「わ、わたし達を……!?」
仰々しく、両手を広げて名乗るヨハン。意気揚々と排除作戦を言われ、思わずハーベが目を見開いた。
アステリア様が裏切ったのか——と。
ただ、その疑惑の念が晴らされる前にアイリスの侮蔑に富んだ声が耳朶を打った。
「忘れた? 低脳な頭? お前、あの時無様にやられた分際で何を上から言ってんだ? 格下でイキって惨めな僕のことを覚えていていただいてありがとうございます——って感謝するところだろ」
「な、な、な……!」
自信満々だったからこそ、即座に返された屈辱の言葉にヨハンが一瞬で沸騰する。
負けたことが事実である以上全否定することも叶わず、それがまた彼の思考を一直線に定めた。
「——血祭りだ! 奴らの原型を残すことはこの俺が許さん! 徹底的に嬲り、帝国軍たる破壊の力をその身に焼き付けてやれ!」
ヨハンが勢いよく右手を振るうと、剣を抜いた帝国兵達が一気に駆けてくる。身体強化の魔法を使っているのか、そのスピードは目で追うのがやっとだった。
「『捧げる祈り。奏でられる調べは癒者の手に。施しを君に。注ぐ命の雫』——【
即座にソフィアが魔法を展開し、味方を癒し万全の状態に。
「『我が仇敵を阻め! 【
「『心を惑わす霧の息吹。覆い隠し、視線を逸らせ。【
それとほぼ同時に、クルルとハーベも魔法を構築。全方位に障壁が張られ、接近する帝国兵の認識をズラして攻撃箇所を誤認させる。
奇襲にも等しい攻撃を完全に対処したソフィア達の判断の早さ。けれど、それでどうにかならないのが帝国の魔法だった。
「貴様らごとき脆弱な魔法で、俺たち帝国軍の攻撃を防げると思っているのか!」
「ぐぅ……!」
石の礫、渦巻く水の槍、衝撃波、竜巻。
ありとあらゆる強大な魔法が津波のように襲いかかり、クルルの障壁を軋ませる。
認識のズラしなんて関係ない。圧倒的な物量でまとめて殺し切るだけの威力がそこにはあった。