「無詠唱でこんな……! なんでこんなことが出来るんだよ帝国は……!」
「はっはっはー!! どうした、どうした! イキっていたのは果たしてどちらかなぁ!? あの時は、街中だからと魔法を使わないでやっただけだ! その状態の俺たちを倒したところで何の自慢にもならぬことを知れ!」
苦悶に顔を歪めるハーベが必死に魔法をかけていくが、帝国兵はそれを意に介さない。
クルルの魔法にしてもそう。機獣の攻撃を防ぎ、圧し潰していた強固な障壁ももう既に罅があちこちに入っている。
詠唱なしで振るわれるその辣腕は全員がリース
「こ、これマズいですよソフィア様……! 帝国軍がこんな本気で魔法を放ってくるなんて……! 確実にわたし達を殺す気じゃないですか……!」
「そうね」
ハーベの恐怖の訴えに、ソフィアは端的に答える。
「そ、そうねって……。落ち着いている場合じゃありませんよ……! この依頼はアステリア様直々のモノなんですよ!? そこに帝国軍が現れるばかりか、殺しに来るなんてどう考えても罠だったってことじゃないですか……!」
「いいえ、それは違うわよハーベ。こんなことをして、あの子に利益があると思う? それに、私は今帝国軍が来てくれてありがたいとさえ思っているわ」
「え……? それってどういう……」
「マスターの予測が的中したな。なら、あとはオレがやるぞ」
「任せたわアイリス」
嵐のような魔法の渦。その中を、障壁から抜け出したアイリスが歩いていく。
「え、え、え……!? アイリス様!? ソフィア様、これって……!」
「詳しくはアイリスがこれをどうにかしてから話すわ。だから、クルル。アイリスが戻ってくるまでなんとか障壁を持ちこたえて」
「ふっ……! 安い注文でございますな……! 老骨の身なれど……このクルルタリスにかかればその程度……!」
汗を拭い、力を入れると障壁の罅が修復される。そのまま守る範囲を狭めることで硬度をさらに上げたのだった。
これでソフィア達の心配はいらない。
アイリスは数々の魔法を縫いながら、意識を帝国軍に向けた。
「何をするつもりかは知らんが、貴様らごときが何か出来ると思うなよ! 本気になった俺たちの魔法を前にして——」
「——ほざけ」
哬々大笑と嘲っていたヨハンをアイリスが一言で一蹴。
軽く地面を踏みつけると同時に、地上から生えた砂鉄の槍が帝国兵を串刺しにした。
「はえ——?」
かろうじて避けられた者がいたが、この一瞬で六人の帝国兵が死亡。
なんの詠唱もなく、事もなげにほぼノーモーションで放たれた、彼らにとっての異常事態。蹂躙しようとしていたのが嘘のように森に静けさが戻った。
生暖かい血がヨハンに付着すると、現実を理解した。
「な、な、な……! なんだそれはぁぁぁぁ!? ど、どういうことだ!? お、俺たちは精鋭揃いで……本気の魔法で……!」
支離滅裂な言動。
慌てふためく次期大隊長筆頭とは裏腹に、悠々と佇むアイリスの背中には安心感しかない。
両陣営の戦力も精神力も、一瞬にして覆った。
「あの時、本気を出せなかったのはこっちも同じなんだよ。あそこで必要以上に目立つわけにもいかなかったからな。だが——」
アイリスが一歩足を進めると、ヨハンが腰を引いて一歩下がる。
残忍で凄惨な笑みを浮かべるアイリスを前に、ヨハンは怯えることしか出来ない。
「ここじゃあ派手に動いたとしても、誰に気づかれる事もない。思う存分、オレの復讐を果たして良いってことだ」
「ふ、ふくしゅう……? な、なにをいって……」
「お前が知る必要もない事だよ」
「ひっ……! く、くるな……!」
刹那で分からされた実力差。なまじ実力があるからこそ、彼我の戦力差が良く分かってしまう。
まるで子供が駄々をこねるように腕を振るって、礫や炎の槍などを放っていくがアイリスはその全てを見切って簡単に躱していく。
「お、お前ら……! な、何をしているか! 早くあの小娘の動きを止めろぉぉぉ!」
「は、はい……! 【
唯一残っていた部下らしき帝国兵がアイリスに向かって手をかざすと、地面から土が手の様に伸びて足首や身体に巻きつき、動きを阻害しようとしてくる。
まるで死者が地中へと引き摺り込もうとしているかの如き動きだが、遅い。
「地位が低そうなお前はいらないな」
「へ?」
拘束しようとした土の渦の中にアイリスはいない。
後ろから聞こえてきた時にはもう遅く、その帝国兵の命の寿命はたった二十秒延びただけだった。
「かはっ……!」
「あと三人」
貫いた帝国兵の胴体から右手を抜き、血を払うのと同時に腰が引けている帝国兵へと跳んでいく。
その前に、勇気を振り絞って歯を食いしばる帝国兵が飛び出し、鉄の盾を生み出して防御体制に入る。
「こ、この……! 良い気になるなよ……! 貴様の妙な魔法も、私は防いだのだ……! また何かしようとも私の鉄壁が——」
「防いだ? あんまり間抜けなこと抜かすなよ。お前が今生きているのは、オレが一息で破壊するのを勿体無いと思ったからにすぎないんだよ」
「へ……?」
鉄壁が前にあってもアイリスは止まらない。機人たる膂力を引き出し、鉄壁を真正面から蹴り砕くと、そのまま余すことなく衝撃を帝国兵に伝え、アバラと心臓を粉砕した。
「あと二人」
カルメリアに来てから、何度も殺意や悪意を向けられ、理不尽に直面しながらもソフィアのためにとその度に我慢していた人類への復讐機。
だがその枷は今は外されている。積もりに積もった怒りと憎悪の感情は、帝国兵だけに向けられていた。
「ひっ……!」
「おいおい、お前らは敵を粉砕する精鋭の軍人なんだろ。だったら、敵を前に何ビビってんだ? あぁ!?」
凄惨な笑みを前に怯える帝国兵が、震えながら火の槍を放つもそれは火種の様に弱々しい。それを右手の一振りでかき消すと、顔面を殴って潰し吹き飛んだ先の地面から砂鉄の槍を生み出して心臓を穿った。