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4-7 「帝国側に都合が良すぎる」

 これにて九名の帝国兵が死亡。残るはヨハンただ一人だけだ。


「さぁ、あとはお前ただ一人だ。お楽しみは最後にとっておくのがオレの趣味でね。今は気分が良いから、どういう最期が良いか希望は聞くだけ聞いてやるぞ」


 アイリスは涙でぐしゃぐしゃになったヨハンを見つめる。

 ヨハンはもう言葉も発せず、ただ口をパクパク動かすだけ。そこから詠唱も何も出てはこない。


「チッ、イカれたか。まぁお前にとってはそっちの方が良かったかもしれないな」

「あへっ……へ……へ……」

「手間が余計にかからなくて助かるよ。それじゃあ、答え合わせといこうか——」


 完全に正気を失ったヨハンの襟を持ち、アイリスがソフィア達のところへと戻っていく。

 その間に、逃げられないようヨハンの足を潰したがロクに反応はしなかった。


「おらよ。ご要望通り、生捕りにしたぞ。やっぱり帝国が絡んでやがったな」

「ありがとうアイリス。でも……やりすぎじゃない?」

「どこがだよ。まだ生かしてあるだけ充分だろ。それに、欲しいのはこいつの『脳』であって正気じゃないんだ。心がぶっ壊れようが知ったことか」

「全くもう……。まぁ良いか」

「ソ、ソフィア様……? これは一体どういうことで……」


 状況が一気に変貌した逆転劇。

 その感情の落差にハーベはついていけなくなりそうだったが、今はとにかく『答え』が欲しかった。


「あぁ、ごめんなさいね。勝手なことをして」

「いえ……それは良いんですけど……」

「とりあえず結論から話しましょう。この一件はアステリアによるものじゃない。それどころか、カルメリアの崩壊から始まった一連の騒動全てが帝国によるものなのよ」

「え——」


 唐突に発されたソフィアからの真実。

 あまりにも突拍子もなさすぎて、クルルですら耳を疑っていた。


「ソフィア様。どこからその結論へと至ったのですか?」

「そうね。最初に疑問に思ったことは、カルメリアの危機をサルード伯爵が救ったということを聞いてからよ。二人は疑問に思わなかった? 何もかも帝国に都合が良すぎるって」

「そう……でしょうか?」

「……そういえば、サルード伯爵使節団がやって来た日に機獣が襲来したと言っていましたな。そこでリューエル様が亡くなり、カルメリアを救った伯爵が実権を握る結果に……」


 首を傾げるハーベの隣で、クルルが先に違和感に気付いた。


「なるほど、確かにこれは帝国側に都合が良すぎますな」

「あ……そうか! この一連の騒動、帝国だけが得をしているんだ!」

「その通りよハーベ。このカルメリアという地は、トルル海洋国家へ通ずる安全な航路を持つ大陸唯一の要所。それでいて温暖な気候に豊かな自然とか、誰もが羨む条件が揃っているの。帝国という国のことを考えれば、なんとしてでも手に入れたい土地に間違いないわ」

「でも……それはリューエル様がいたから出来なかった……」

「そう。ステラ家は長年カルメリアを治めてきた王国派筆頭。帝国の属領になったとはいえ、侯爵としての地位と影響力を考えれば無闇に手をかけるわけにはいかなかったの」

「……十年前の戦争から、帝国は王族だけを狙って戦争を終結させましたからな。そのおかげで帝国は自国の兵の血を流すことなく、王国貴族の権力をある程度残すことで早期に秩序を回復することに成功させた……」


 帝国の方針とリューエルの立場と影響力はどうしたって相反してしまう。不当に拘束したり、再び戦争を仕掛ければ、王国派国民が丸ごと反逆者となって戦い続ける可能性だってあった。 

 けれど、国民に慕われている良識ある権力者を残し、ガス抜きをさせる日々を繰り返せばその可能性も低くなる。誰だって未来の不都合よりも、現在の都合を取りたがるからだ。


「それでも、帝国にとってカルメリアは美味しすぎる街。リューエルという人気者がいなかったら真っ先に我が物にしていたでしょうね。言い換えれば、リューエルは帝国にとってずっと邪魔な存在だった。

 なのに、戦いも仕掛けられず……ずっと健康だったリューエル様を暗殺しても、疑われて火種が起こる。——けど、機獣に襲われた結果なら?」

「王国民は帝国の関与を疑わない……!」


 そこまで言ってハーベは事の重大さに気付いた。

 この推察が正しければ、機獣の襲撃は帝国によるものということになる。それはつまり、機獣を操ることすら可能にしているということだからだ。


「カルメリアを機獣に襲わせ、機獣のせいにしてリューエルを殺し、絶望に陥ったステラ領民を救うことで人心を掌握して実権も握る。これが帝国が思い描いていたシナリオよ」

「突拍子もないことですが……筋は通っていますな。なにより、帝国だけが利益を得ているのも事実です」

「で、でも……機獣を操ることなんて出来るんですか……?」


 事態の重みと真実味を受け止めたハーベ。だが、彼女にとって機獣は自然の産物であり、人類の脅威だ。

 自由に操ることなんて不可能だとどうしても思ってしまう。

 すると、その疑問にアイリスが答えた。


「機獣ってのは人類相手だと見境なく襲い掛かるんだろ。そのうえ大型機獣なら大抵の奴は抗えない。そんなモンに街全体が襲われて、帝国側に被害が全く出ていないのはおかしいだろ。鎧袖一触できる力量があるにしたって、避難誘導や建物をある程度守りながら全方位警戒と攻撃なんざ誰にだって出来るもんじゃない。下っ端に至ってはお前たち以下だからな」

「けれど、機獣を操れるなら話は別。殺すことも、移動させることも彼らにとっては自由自在よ」


 そこでアイリスが、先程倒したイエティの方へと視線を向ける。


「魔法を使ったあの変異体にしたって証拠の一つだ。あの時、あのイエティが使った魔法は帝国兵の魔法。けど、今日オレが倒したイエティは魔法を使っていない。ってことは、現時点で魔法を使える機獣は限られているってこと。

 そして魔法を使うイエティと使わないイエティの違いは、腹一杯になっていたかどうかだ。魔法を使うイエティは帝国兵を脳から食べたことで魔法を使えるようになったんだよ」

「そ、そんなことで……機獣が使えるようになるの……?」

「事実使えたんだから、今はその疑問を答えることに意味はねぇよ。考えるべきは、『命大事に』って帝国兵共が何で大型機獣の被害に遭っているのか。それはきっと、なんらかの任務で——」

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