「それが機獣を操っている証拠……」
どこまでも自分勝手な都合で動く帝国に、嫌悪感をあらわにするハーベ。隣のクルルも似たような表情をしている。
「少なくとも、自分達だけが被害に遭わない方法があるのは間違いないでしょうね。食べられた兵士は多分なにかしらのミスをしたのか、それともその方法を知らなかったのか……」
「後者ならまだ手の打ちようがありそうですな」
「そうね。帝国の中でも一部の人間にしか操れないのだとすれば、それを軸に作戦を立てられるわ」
どういう方法で機獣を操っているかは不明だが、ここで重要なのは帝国が機獣を使ってステラ領を完全に隷属させようとしていることだ。
王国派のステラ領が帝国の支配下に完全に置かれては、ソフィアの復讐が成し遂げられる確率は著しく減少してしまう。
打算と、そして郷愁。ソフィアはステラ領を失う訳にはいかないのだ。
「とにかく、帝国が機獣を操っている。そのことを大前提に動きましょう」
「そう、ですね。とすれば、この機獣の異常発生ですら帝国の手によるものでしょうか?」
「その可能性は充分あるわ。ただ、帝国にとって不運だったのは、アステリアが生き残っていたこととトルル海洋国家の特別大使がいたこと。そして、私たちが現れたこと。じゃなかったら、カルメリアの乗っ取りはもっと早くに済んでいたはずよ」
「ということは……ここで儂等を始末しようとしたのは、乗っ取りの邪魔をさせないため。ソフィア様はそれに気付いていたということですな」
「イエティが帝国の魔法を使った時点である程度の仮説を建てられてはいたの。でも、確証は得られなかったからこの時代の常識に囚われないアイリスにだけ話して、あとは様子見しようとしていたのよ」
肩をすくめて苦笑するソフィア。それを見て、ハーベがむくれた。
「むー。別に確証がなくても言ってくれても良かったのではー?」
「ごめんなさい。言っても良かったんだけど、その前に事が起きちゃったから仕方なかったのよ。それに、操る方法もどうやって乗っ取るのか——そもそもどうやって襲撃を仕掛けたのか、分からないことは多かったしね」
「操る方法はともかく、襲撃の方法……?」
「ルージュさんが、機獣は『いきなり街に現れた』って言っていたでしょ? その方法を解明しない限り、また同じ事が起こるのよ」
「だから、一人だけ生捕りにしてその方法を聞こうとしているのですね」
「えぇ。この状況下で襲撃に来るほどの兵なら、それなりの情報は握っていると思ってね。——アイリス、お願い」
「あいよ」
アイリスがヨハンをうつ伏せにし、自分の髪の毛を取ってヨハネの頭に刺す。
これでヨハンの記憶を探るというのが、ソフィアが描いた計画の最後だった。
「それにしても、感服いたしましたぞソフィア様。まさか散らばったピースからここまで読み切ることが出来るとは思いませんでした」
「ありがたいけれど、お褒めの言葉は最後まで取っておいて。読んでいても外れている可能性だってあるし、そもそも帝国の計画を防げなかったらなんの意味もないから」
一切驕ることはなく、ソフィアは怜悧な判断で物事を見つめている。
クリュータリアを出てから一ヶ月近く。たったそれだけの期間で、こうも王としての格が成長していることを感じられ、ハーベとクルルの心が昂った。
「それはそれは。失礼いたしました」
「ならわたし、頑張ったソフィア様にはご褒美をあげますね!」
「ありがとう二人とも。それじゃあ全部が終わったら、アカリたちも交えて一緒に楽しみましょう」
楽しくなる未来を思い描いたところで、アイリスの記憶解析が終了。
「おい、終わったぞ。今から流すから、お前らも確認しろ——」
読み取った光景を眼から立体映像として映し出すと、ヨハンと花弁の意匠が刻まれた漆黒のマントを帝国兵が歩いているところが再生された。
『——それにしても、ベルクーザ領に残ったリース副長の奴はいつになったらこっちに来るんでしょうねベラリオ
『出世欲に取り憑かれている奴だ。大方、美味しいところを奪おうとその辺で道草食っているのだろう』
『まったく、とんでもない奴ですね! 別部隊とはいえ、同じ計画を共にする仲間だというのに!』
『出世だけに意識を割いている人間に仲間意識があると思うな。ゆえに、今更ノコノコ現れたらお前がそのまま叩っ斬れ』
『よろしいので?』
『任務を放棄して自分の欲を優先するような奴はいらん。お前はそうじゃないと良いが』
『俺をリース副長なんかと一緒にしないで下さいよ。俺は任務が最優先ってことは分かっていますから。だから、わざわざ危険な『アルゴス』の世話もやっているんですよ?』
『そうだったな。悪い悪い。——で、そのアルゴスだが』
『各地から機獣を『召喚』しているので、餌にも困りませんし順調に育っていますよ。いつでも動かせます。まぁ召喚しすぎて他のところの機獣が減って、叛者共がここに集まったのは誤算でしたが』
『まぁその程度のことは些細な問題だ。有象無象の叛者が集まったところで機獣の敵にはならん。さしたる障害は、トルルの特別大使とこのレイトン商会とやらだけだ』
『それで今回の任務ということですね。お任せ下さい。このヨハン・ヴェルデが必ずや不届き者を排除してみせましょう』
『頼んだぞ。お前たちがレイトン商会を排除したら、そのまま機獣をカルメリアに召喚して再び計画を実行する。邪魔な特別大使もろとも、第二次カルメリア襲撃の始まりだ——』