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4-9  「魔術」

 そこで再生が止まる。


「これで終わり。帝国の計画も機獣との関係性も、何もかもが分かったわけだが——ってお前ら、どうした?」

「「「——」」」


 証拠が揃い、あとはソフィアの号令で動くだけ。だというのに、再生が終わってからソフィアたちは目を見開いたまま一向に動かない。

 青ざめ、立体映像が映っていたところをじっと見つめていた。


「おいマスター。おい」

「ッ……! ご、ごめんなさいアイリス……!」

「……マスターたちが変に意識したのは『召喚』って言葉が出た辺りだったな。何か知ってるのか?」

「……そうね。えぇ、知っているわ。それも、詳しくね……」


 動揺が抑えられないのか、ハーベが座り込みクルルが苦虫を噛んだ表情で空を見上げている。

 そしてソフィアも暴れる心臓を抑えながら、アイリスの質問に答えていった。


「……いい、アイリス。この時代には魔法とは別に『魔術』ってのがあるの」

「魔術?」

「そう。まぁ言ってしまえば、自分の魔法を補助するモノなんだけど、要は物体に自分の魔法の概念だけを移すことで誰でもその魔法が使えたり、本来とは違った方法を使ったりする事が出来るのよ。例えば、石に認識阻害の概念を付与して道にばら撒けば、人を道に迷わせたり鳴子代わりに出来たり——ね」

「で?」


 ソフィアが一息吐き、苦し気に言う。


「……これは、固有魔法の使い方の幅を広げるために編み出した、レストアーデ王国特有の技術大系なの。帝国も出来るかもしれないけど、汎用性を重視して誰でも魔法を使えるあの国じゃあんまり意味がない。そして、帝国の魔法に『召喚魔法』があるなんて聞いた事がないわ」

「ってことは……」


 そこでアイリスが察する。王国特有の技術に帝国にない魔法。

 とすれば、答えは一つだけだ。


「この乗っ取り計画の中枢には王国の人間が絡んでいる。そして、『召喚魔法』が使えるのは王国でも一人だけ」

「マスターらはソイツに心当たりがあるんだな」

「......えぇ、ものすごくね」


 アイリスに促され、ソフィアがまた一つ深呼吸。これを口に出すのは今まで以上の覚悟が必要だったかもしれない。


「——ヴァルター・ドゥ・ロスティーヤ公爵。元レストアーデ王国の宰相よ」




 それは王国民にとっては信じがたい現実。

 王族に近しい者こそダメージが大きく、ソフィアにいたっては両親と共にずっと一緒に過ごしてきた間柄だ。

 そんな最重要人物が生きていて、しかも帝国に与しているなんて考えたくもないだろう。


「それで、その元宰相とやらがこの計画の黒幕だとして、マスター。お前はどうするんだ? ここで歩みを止めるとでも言うんじゃないだろうな」

「……そんなわけないでしょう。確かに、ヴァルターが向こうにいることは心が抉られそうだけれど、それはそれ。どうせこの場にいても本当のことは分からないし、ヴァルターがカルメリアを壊滅させようというのならレストアーデ家の王女として私が止めるわ」


 打ちひしがれながらも、しっかりと芯を持った答えを出したソフィア。

 その想いは間近にいた臣下にも伝わり、彼女たちの四肢にも力を与えていた。


「強くなられましたな……」

「ですね、クルル様……。ソフィア様! わたしもお手伝いしますから!」


 立ち上がり、ハーベがソフィアの手を取る。そこで、冷たくなったソフィアの手をぎゅっと握りしめた。


「ハーベ。ありがとう」


 毅然と振る舞っていても、動揺が抜け切ったわけではない。ハーベの温かな行動はソフィアの心を落ち着かせた。


「とにかく、事態は急を要するわ。帝国が私たちを排除しにきたと言うことは、計画はもう最終段階に入っていると言ってもいい」

「ならば、いつまたカルメリアを襲撃してもおかしくありませぬな」

「えぇ。それに『アルゴス』という名の機獣らしき存在。わざわざ世話をしていることからも、それが帝国のとっておきなんでしょう」

「リューエル様を殺したのもそのアルゴスとかいう機獣なんでしょうか?」

「恐らくね。あの帝国兵が危険を承知で世話をしているくらいなんだから、その危険度はかなりのものなはず。だからもし出てきた時は、アイリスにお願いしたいんだけど……良いかしら?」


 おずおずと、ソフィアがアイリスを見る。

 碧色の双眸にはどこか申し訳なさが宿っており、アイリスもそれを察することが出来て大きくため息を吐いた。


「やるしかないってんだろ? ったく、面倒くせぇけど生きている王国民の命を救えってのがマスターとの約束だからな。仕方ねぇからまだ守ってやるよ」

「〜〜ッ! ありがとうアイリス!」

「うわっ!」


 守る。

 アイリスの口からその言葉が出て思わず感極まったソフィアがアイリスに抱き着いた。


「おい、勘違いするなよ。これはあくまでオレのシステムに従っているだけの話だからな! 別にオレは王国民がいくら死のうがどうだっていいんだ!」

「はいはい、分かってるわよ。それでもアナタの口から守るって言葉が聞けたのが嬉しいのよ!」

「なんだそりゃ......」


 呆れるアイリスに、想いを込める様にソフィアはぎゅっと抱きしめる。

 機獣の討伐から、帝国兵の襲撃、衝撃の事実とここまで休みなく続いていた混乱がようやく落ち着き、彼女たちに笑みが戻った。

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