とはいえ、ここからが本番だ。
時間もそうない。早くサルード伯爵らを止めなければカルメリアが本当に帝国のものとなってしまう。
束の間の休息を経て、ソフィアたちは作戦会議に入った。
「ところで、今回得た情報はどうされますか? アステリア様に伝えようにも、わたし達の言葉を信じるでしょうか? アイリス様のアレは使えないでしょうし……」
「そうね。機械を使って集めた証拠なんて、どう説明したらいいか分からないもの。私の正体を明かせれば、多分信じてくれるでしょうけど……」
「それも、ほぼ不可能でしょうな。計画が最終段階に入っているのであれば、確実に殺すためにアステリア様の側には帝国の人間がついているはず。その様な状況でソフィア様の正体は空かせませぬ」
「証拠を信じさせる方法とアステリアに信じてもらう方法。それをまとめて解決する策ならあるぞ」
考案に次ぐ考案の中、アイリスがヨハンを掴むと先ほどと同じように髪の毛を頭へ突き刺し、もう一つを脊髄に差し込んだ。
「機械の説明が出来ないんだったら、人間に喋らせたらいい。こういう風にな――」
『お、お、俺が……伯爵と……ベラ……リオ大隊長に、め、命じられて……』
「――ッ!?」
ほぼ廃人と化していたヨハンが急に喋り始め、しかもその内容が自白ということに三人は驚いた。
「ア、アイリス……? それどうやっているの……? 洗脳魔法か何か……?」
「んなモン、オレが使えるわけないだろ。これはコイツの脳と中枢神経を乗っ取って、刺激した記憶を喋らせてるだけだ。傀儡みたいなモンだ」
「なんでもありね……」
「それがオレだからな」
言葉通りなんでも出来すぎるアイリスに思わず三人は呆れるばかり。
だが、アイリスの機能には感謝する他ない。特にこの状況下では尚更だ。
「それじゃあ、証拠はその帝国兵に喋らせるとして、もう一つの方法は?」
「コイツをあの特別大使に引き渡して、一緒に喋らせりゃ良いだけだ。あの二人なら、アステリアと伯爵にまとめて会えるだろ」
「あっ……!」
ハーベがハッと声を上げる。
カルメリアに来て新たに出来た繋がり。彼女達がソフィア達に友好的であるならば、その手を使わない理由はなかった。
「では、問題はあの二人とどうやって会うか――ですな。儂等がこのまま都市内に戻れば余計なことに巻き込まれるかもしれませんぞ」
「それは……あり得る話ね。派遣した帝国兵が戻ってこないのなら、拘束なり排除なりで私たちに何かしらの接触をしてきそうだし……。それに拘う時間はないわ」
「あー、それも大丈夫だ」
「え?」
呆気なく解決策を出そうとするアイリスに、また三人はキョトンとなる。
そんな三人を尻目に、アイリスは右手を掲げると空に向かって手招きする。
「どうせ、ずっと見てたんだろ。良い情報を教えてやるから、コッチに来やがれ――」
「アイリス?」
自分達に言っているのではないことは分かるが、アイリスが何をしようとしているのか全く分からない。
それから三人ともが疑問の念を浮かび続けること三十秒。
その疑問は驚きと共に氷解した。
「――チッ、どういう視力してんだよアンタ。せっかく、絶対に見つからない位置を見つけたってのによ」
「……まさか雲の中にいるおれ達を見つけるとは思わなかったな。アイリスの目から逃れることは出来ないと思った方がいいなこりゃ」
「フリューゲル兄妹……!?」
空から水で出来た『平たい器』に乗ってゆったりと降りてきたフリューゲル兄妹に三人は目を見開く。
ここで会えたこともそうだが、それ以上に彼らが宙に浮いていることに驚いていた。
「ん? あぁ、これに驚いてんのか。別に大したことはしてねぇよ。アタシが魔法で生み出した水を兄貴が操作して動かしてるだけだ。帝国軍の野郎みたいに、魔法一つで空を飛んでるわけじゃねぇ」
「ま、この発想に至ったのは、帝国軍が空に浮かぶ魔法を使ってるのを見たからだけどな。自由度は少ないが、水を操れるぶん雲の中にまで行けるのはおれたちの特権だ」
「ちなみに、兄貴の前髪が上がってるのは魔法を使ってるからだぞ。なんでか知らねぇけど、兄貴ってば魔法を使う時は少しかっこよくなるんだよな」
「少しは余計だ。いつもかっこいいだろ」
「そ、そう……」
有益な情報から無益な情報まで、矢継ぎ早に説明する兄妹にソフィアが圧倒される。
が、そんなことはアイリスにとってどうでもいい。
ソフィアの頭を軽く叩いて『こっち』に戻すと、フリューゲル兄妹に視線を合わせた。
「無駄なことに時間を使ってんじゃねぇ。いいから話を進めるぞ」
「ふん、いきなり呼びつけたんだからこのくらいの世間話くらいは許せよ。失礼な奴だな」
「まぁ、どちらかと言えば失礼なのはずっと見ていたおれ達の方だけどな」
アイリスを睨むアカリに、隣にいたユウマが苦笑する。
とんとん拍子で話が進んでいくこの状況にソフィア達はついていけず、仕方なくアイリスが説明する。
「コイツらは、オレたちが機獣を狩り始めた頃からずっと監視してやがったんだよ。オレたちが機獣を討伐したって報告を信じたのも、監視していたからだろ」
「おかげで、あのお嬢ちゃんに信用してもらえたんだから別に良いだろ」
「別に監視を咎めてるわけじゃない。お前達に伝えたいことがあったから呼び寄せただけだ。ずっと見てたんだろ。オレたちが機獣と戦ってるのも、帝国兵共に襲われたところも」
本当にアイリスに咎める気がないことが分かり、アカリ達も素直に応じることにした。
「あぁ、見ていたよ。こっちの任務が意外に早く終わったから、今度こそ見つからないようにってね。だから、アイリスが圧倒的な力で帝国兵を撃退するところまでバッチリ見せてもらったよ。まぁそこからは君の殺気が飛んできたから一旦見るのは止めたんだけど。一人生かしてたところを見るに抜き取った情報を共有したいってことかい?」
「あぁ。これはお前達にも関係があることだからな。内容はコイツの口から聞かせてやるよ――」
そう言ってアイリスがヨハンを兄妹の前に持ってくると、計画の内容を喋らせる。
第一次カルメリア襲撃から始まったリューエルの殺害とステラ領の乗っ取り。そこから機獣との繋がりや、特別大使の殺害に再度の襲撃計画など、全てを伝えた。
それらを聞き終えると、アカリの顔が怒りで真っ赤に染まる。
「――アタシらごと排除する、だぁ……!? ふざけんじゃねぇぞテメェ!!」
「おいアカリ!」
怒りに震えたアカリが槍の鋒をヨハンに突きつける。あと一ミリでも進めば、ヨハンの額には穴が開くだろう。
その槍を横からユウマが掴んでアカリを止めようとする。
「止めんな兄貴!」
「冷静になれアカリ! ここでコイツを殺せば証拠が無くなるだろ! コイツは生かしたまま、ステラ侯とサルード伯のところに持っていくんだ! 槍を向ける相手はコイツじゃないだろ!」
「〜〜〜〜ッ!! わーったよ! クソが!」
鋒を外すと、アカリは石突きを思いっきり地面に叩きつけて怒りを流す。地面が割れて亀裂が入ったその様が怒りを如実に表していた。
「ふぅ……ひやひやさせるなよな。――んで、アイリス。君の要求は、コイツを連れておれ達と一緒にサルード伯らと会わせろってことだな」
「あぁ。どの道、コイツはオレが縛ってるからオレ達が直々に行く以外の選択肢はないんだがな」
「おれ達と一緒じゃなかったら、サルード伯の妙な介入がある可能性が高まるってことか。あぁ分かった、そういうことなら連れてってやる。これ以上、時間を稼がれるのも怠いしな」
ソフィア達だけで動く場合とフリューゲル兄妹を使う場合。そこにかかる煩雑の差を理解し、肩をすくめたユウマが了承する。
「だが、シラを切られたらどうする? 証拠は副長のコイツの言葉だけ。言わせているって反論されたら、コッチが不利になる可能性があるぞ」
「それなら問題ない。最終手段なら用意しているし、アルゴスの名前を出せば必ずボロを出すはずだ。他の情報は陰謀論で片付けられても、アルゴスだけはオレたちが知り得ない帝国側だけの情報だからな」
「そういうことか。了解した。では、ここに――」
これにて正式に協力関係を結ぶということで、ユウマが右手を差し出すもアイリスはそれをスルー。
代わりにソフィアの手を引っ張って、無理やり結ばせた。
「悪いが、うちのボスは『セレネ』なんでね。握手ならこっちとしてくれ」
「ん? こっちは誰としようが問題ないが、まぁそういうことなら。――いつまで続くか分からないが、今は同盟の友誼を結ぼう。よろしく頼むぞセレネ・レイトン」
ニッと笑うユウマに、ソフィアも微笑んで返す。
「こちらこそ。無理を言ってごめんなさい。けれどその分、貴方たちの為にも全力を尽くすと約束するわ。お互い、カルメリアを――人々の命を帝国から守りましょう」