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6-4 「無意味だ」

 ——啖呵を切り、ベラリオと相対するソフィア。短剣の鋒を向け、彼の力量と一挙手一投足を正しく認識する為に、その姿を碧眼に収める。

 ソフィアの隣に長剣を抜いたクルルが立ち、小さな声で話しかける。


「ソフィア様……」

「分かっているわ。少なくとも、ヴェルデとやらを倒した時のアイリスと同等クラスの力はありそうね……」


 それはつまり、死ぬ確率がかなり高いということ。気を緩めれば一瞬でその命が散らされるだろう。

 だとしても、逃げることは許されない。

 王族としての矜持、帝国への復讐心、救いを求める人たちの声。

 どれだけの力量差があったとしても、ソフィアはベラリオに立ち向かう。


「ふぅ……。クルル、貴方は騎士団たちの援護に回ってちょうだい」

「……よろしいのですか?」

「えぇ、貴方も今がどういう状況か分かっているでしょう? 貴方の力が必要なの」

「……そうですね。かしこまりました」


 ソフィアの指揮がなくなった今、騎士たちはどう動いていいか分からないでいる。

 対帝国軍との戦いはあくまでソフィアの隙のない指揮と搦手があってこそ成立していたモノだ。その二つがなくなった今、形勢はまた逆転する。

 まだ混乱しているうちに一手を打ち込まなければならなかった。


「ソフィア様、この場はお任せします……! ご武運を……!」

「そっちもね」


 クルルがソフィアから離れ、ステラ騎士団への援軍へと向かう。

 それを見送ることもなく、ソフィアはベラリオを見据えたままアステリアに指示を出す。


「アステリア、クルルが見えなくなったら炎の壁をお願い。ベラリオをここに閉じ込めるわ」

「ですが、お姉様……。そんなことをしてしまえば援軍が……」

「私の援軍よりも、あっちが援軍にいく方が大損よ。幸い、向こうもこっちを排除しようとしているからこの場にいてくれてるけど、いつそれがなくなるか分からないんだから」

「……私たちが倒すしかないってことですね」

「そういうこと。直接戦うのは私がやるから、アステリアと騎士アルムは援護をお願いね!」


 そう言い残し、先手必勝と言わんばかりにソフィアはベラリオに襲い掛かる。

 女性というだけじゃなく、戦う者としてその挙動はかなり素早い。


「援護……、分かりました! アルム、弓矢の用意を!」

「はっ!」

「『焚べるは護法の種火。揺らぐ炎は千変万化の証明。我、欲する形と成りてその意を示せ! ——【自在の焔グラティスイグニス】』」


 手を翳し、ベラリオとソフィアたちを囲うように炎の壁をアステリアが展開。それに加え、アルムが放つ矢に火を灯す。

 逃げ場はなく、襲い掛かる火矢とジグザグに接近するソフィア。

 狙いを悟らせないその動き。ソフィアの狙いはベラリオの大剣。弾くことで曝け出される肉体を狙って短剣を薙ごうとする。


「はぁ……。舐められたものだな!」

「ッ……!」


 怒りが込められたベラリオの横薙ぎが近づいてきたソフィアを軽く吹き飛ばす。

 そのままベラリオはソフィアに追いつき、流れる体の反対から斬りつけようとした。


「このっ……!」


 すぐさま体勢を捻り、大剣と体の間に短剣を斜めに差し込む。

 衝撃を利用した姿勢制御。空中にいた時とは違い、地面を踏みしめられるように無理やり衝撃の方向性を定めた。


「ほう」


 この二撃の攻防でソフィアの力量を測れたのだろう。

 彼女の巧さが伝わり、ベラリオが関心の声を上げる。


「老獪な騎士であろうあの者を我らが帝国軍に向かわせた行動は正しい。私としては、残った者が女二人と矮小な騎士だけとなった時は落胆したが……。なるほど、大隊長たる私に歯向かおうとするだけの力はあるみたいだな」

「お褒めに与り光栄です——とでも言えば良いのかしら?」

「いいや、皮肉さ。中途半端な力を持つ人間ほど、自分の力を過大評価するモノだからな。——まさかこの程度の力で、本当に私に歯向かうつもりだったのか?」

「————ガッ」


 受け止めていた大剣の重みが一瞬で消え、体勢がほんの僅かだけ崩れるとその腹部に膝を入れられる。

 血を吐き、宙に浮いたソフィアを両断せんと振り上げていた大剣を下ろす。

 突如、アステリアの炎で加速されたアルムの火矢が大剣に着弾。甲高い音を立てて地面を両断し、ベラリオの剣が埋まる。

 その隙を縫ってソフィアが距離を取った。


「はぁはぁ……! ありがとうアルム……!」

「礼を言っている場合じゃありません! 次、来ますよ!」


 血を拭い、ソフィアが息を整える。その時間を稼ぐため、アルムが矢を放とうとするが——


「二人とも、その場から離れて!」

「「——ッ!!」


 魔法が発生する特有の『ゆらぎ』を地面から感じたソフィアの命令で、三人が全員大きく離れる。

 その直後、立っていた場所に『土の鎖』が勢いよく飛び出し、三人を絡めようとする。

 【呪縛拘禁グレイブアッシュ】。帝国の拘束魔法を無詠唱でベラリオは放っていた。


「あ? 避けられた? やはり具現化系魔法は難しいな。下手な魔法は使うものじゃない」

「あれで……下手な魔法……」


 頭をかきながら平然と言うベラリオに、ソフィアは小さく歯噛みする。

 先の魔法の発生速度は、ヨハン・ヴェルデの部下が放ったものとは比べ物にならない。

 『ゆらぎ』を見抜けたのは奇跡に等しかった。


「まぁいい。やはり私には身体強化系が合っている。時間をかけても無駄だし、ここからが本気だ——」

「『我、猛させるは心の鼓動。強靭たる身となり、敵を討て。矮小なるこの身に、無垢なる未来を脈動させん。【駆動廻希エクタシス】」

「ッ! 嘘でしょう……!?」


 帝国の身体強化魔法。恐るべきことに、今までのアレでベラリオは身体強化を使っていなかったというのだ。

 恐怖を殺し、ソフィアは短剣を前に交差して防御の姿勢。アルムもアステリアを守るように立つ。

 それでも……


「無意味だ」


 バリィィィンッと二つの短剣が砕け、破片と血飛沫が宙を舞った。


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