間合いを詰めたベラリオが、瞬きする間もなく大剣を五回振ってソフィアを斬り刻む。
「ガハッ……!」
次いで、余った衝撃がソフィアを吹き飛ばし、アステリアの足元へと転がっていく。
転がるたびに出来る血の道。両断されなかったのは、大剣に合わせた短剣と【回帰の癒手】の効果が残っていたからだ。
だが、奇跡は二度起きない。意識は朦朧とし、流れすぎた血は否応なく力を奪っていく。何もしなければ、そのまま命が絶たれるだけだ。
自分だけじゃなく、この場にいる全員の命が——
「そんなの……許せるわけ、ないでしょ……」
「ほう、まだ立ち上がるか」
朦朧とする意識は、体を起こす激痛でハッキリさせる。
服で手のひらについた血を拭い、傍に落ちていたアルムの直剣を取ってベラリオと対峙する。
「お姉様……!」
「そんな……もう立たないでください……! それ以上は……!」
後ろに立つアステリアとアルムが悲痛な声を上げる。
ソフィアを慕う二人にとって、痛々しいその姿は見ていられないのだろう。
「倒れる……わけにはいかないの……。ここで私が倒れたら……今戦ってくれてる騎士たちの命はどうなるのよ……」
「それって……!」
「そんな状態になっても貴女は……!?」
アステリアとアルムが気付く。
【回帰の癒手】はソフィアが意識を失わない限り効果が続く。
ソフィアがまだ動けるのは少しずつ肉体が修復されているからであり、同時に騎士たちと帝国軍がまだ拮抗状態にあるのはソフィアが【回帰の癒手】をかけ続けているからだ。
効果対象者が死ねば、途切れたその繋がりがソフィアに届く。それが届いていないことから、騎士たちには死者がまだ出ていない。
ならば、ソフィアは死ぬわけにはいかなかった。
「女、直剣も扱えるのか?」
「えぇ……勿論……」
何度も自身の攻撃を防ぎ切り、本気の一撃も生き延びたソフィアをベラリオは遂に評価する。
言葉には出さないが、戦いを好む彼の顔には笑みが浮かび、大剣をソフィアに定めている。回復の時間を待ったのも、ベラリオが戦いを楽しもうとしているからだった。
ベラリオ視点、戦いの趨勢は決まっているのだ。アルゴスに敵う人間なんて自分を除いておらず、指揮官を抑えている以上帝国軍たちの勝利は時間の問題。
ならば、少しでも楽しむ方が自分の為だと——そういう方針に切り替えていた。
「いいぞ、女。それでこそ興が乗るというモノよ! その命尽き果てるまで、私を楽しませろ!」
「冗談……! 命が尽きるのは貴方の方よ! なんてたって私が身につけた剣術は——」
血が止まり、回復したソフィアが直剣を右手で持ち、鋒を地面に埋めながらベラリオに向かって駆けていく。
その姿を見たアルムが思わず自分の胸を握り締めた。
それは、王国の騎士なら誰もが習う王国流剣術。鋒が地面から抜けないように抑えながら間合いを詰め、今まで溜め続けた力から生み出される反発力を使った一撃——
ソフィアの心の中の言葉とアルムの口から溢れた言葉が一致する。
「「——王国流剣術【大一紋】」」
間合いに入り、ベラリオの腕に向かって直剣が跳ね上がる。
当然、それは防がれるがそんなのは想定内だ。
繰り返される剣戟、そこに混ざる拳や蹴りを躱し、その連動で再び斬りつける。
「くははははっ! いいぞ、いいぞ! もっと楽しませろ!」
「ッ……!」
ソフィアの限界は近く、剣に振り回されそうな体を必死で押さえつけながらベラリオと戦っている。
「ソフィーリア様……!」
王族とはいえ、年下の少女が自分達の為にボロボロになりながら命を賭けて戦う。その決死の姿を見てアルムは決意した。
「アステリア様、ソフィーリア様への援護を少しばかりお任せしても構いませんか?」
「それは良いけれど……どうするの?」
「ちょっとばかし、発破をかけてきます。これ以上、あの人ばかりに背負わせるわけにはいきませんからね——」
そう言ってアルムは意識を戦っている騎士たちに集中する。
「『届けてくれ、私のこの願いを——【