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6-7 「燃える刃」

「はぁぁぁぁ!!」


 ソフィアによる超速度の猛攻。唸りを上げる大剣を右手で簡単に逸らし、返す手でベラリオの腕を切り裂く。


「ぐぬぅぅぅ……!」


 傷は浅いが、ベラリオが遂に血を流す。

 これでソフィアは確信する。ソフィアの刃は大隊長に届き得ると——


「———」

「この……調子に乗るなァァァ!」


 力強く薙ぎ払われるその大剣をソフィアは飛び上がって躱し、逆さまになりながら剣を胴に向かって一閃。

 血飛沫がソフィアの頬を濡らした。


「……アステリア様。あれは……」

「えぇ…ソフィアお姉さまの動きが——どんどん速くなっています」


 後方から見るソフィアの素早さにアステリアたちは言葉を失う。

 彼女の速さ・鋭さ・威力は今やベラリオに追いついていた。もしかすると、それ以上かもしれない。


「(体が羽みたいに軽い……。自分の身体がこんなに動くなんて……。意識と反射にズレも全くない。これなら——ハーベ、クルル、アカリ、アステリア。二分後に今から言うことをやってちょうだい。決して私の指示を疑わないで)」


 意識的にか無意識的にか、『そこにいる』と確信していたソフィアがアルムの伝播魔法を仲間たちに接続。

 指示を一方的に伝えた後、ソフィアは地面を踏みしめさらに加速した。


「こいつ……また速くなって……!」


 剣を左手に持ち替え剣筋を混乱させ、膂力が増した右手は拳撃に利用する。

 彼女の脳裏に浮かんでいるのは、アイリスの戦い方。アイリスの身体能力に追いついた今、ソフィアはその動きをトレースしようとしていた。


「(アイリスならここで左の剣を縦に。腰を捻ってそのまま右後ろ回し蹴りに連動。吹き飛ばして——)」


 思考と行動が完全にリンクする。

 右足の踵がベラリオの横腹に叩き込まれ、考えていた通り吹き飛ぶ。


「——無防備になった顔面に向かって右拳」

「ガボッッッ……!」


 顔面から真下に向かって叩きつけられたその右拳はベラリオの歯を砕き、地面にその顔をめり込ませる。

 ここでソフィアはベラリオを追い越した——


「大隊長って言ってもこの程度なのね。小娘に手も足も出ないのなら、帝国も大したことないわ」


 血を口からダラダラ流すベラリオに、ソフィアは上から目線で挑発する。

 失笑を孕んだその声色に、ベラリオの頭に上った血が沸騰した。


「き、き、貴様ァァァ……! 人が油断しているところにつけ込んだだけの分際で、良い気になるな! 貴様ごとき、私が本気を出せば——」

「あら? 本気を出したからその魔法を使ったのでしょう? それなのに油断なんて……。自分が言ってること理解出来ていて? もしかして大隊長は頭の方も弱いのかしら?」

「——殺す」


 最大の侮蔑の言葉を叩きつけられ、ベラリオの怒りが頂点に達する。

 沸騰しすぎた血は弾け、冷徹と化したその心は完全にベラリオを本気にさせていた。

 ゆっくりと立ち上がり、腰を落として大剣を地面と平行に構える。


「貴様に言葉はもう必要ないだろう。そのやかましい口から二度と言葉が吐けぬようにしてやる」

「へぇ、やれるものならどうぞご自由に」

「後悔するなよ——」


 柄を砕かん勢いで握りしめ、両脚両腕が一回り肥大化する。

 繰り出されるは、身体強化を最大限まで高めた渾身の一撃。

 横薙ぎに振るわれたその一撃は、ソフィアの直剣を、建物を、炎の壁を割断した。


「——賭けには成功ね……!」

「なっ……! 防いだ……だと……!?」


 構えていた直剣に真空の巨大刃が触れると、その刹那にほんの少しだけ後退してその威力を吸収。直剣は真っ二つになったが、僅かに逸らせたことで生まれた空間にソフィアは体を入れてやり過ごしていた。

 そして——ここで二分ジャストだ。


「————!!」

「なッ……!」


 炎の壁が消えると同時にベラリオの眼前に迫る直剣。ベラリオの意識外、そして割断された炎の壁の外から投擲されたその剣はベラリオの剣を弾き飛ばした。

 その隙を狙い、半身が消えた剣を持ったソフィアが間合いを詰める。既に魔法は解けており、その動きは酷く緩慢だ。


「ちょこざいなッ……! 私に剣が無かろうと貴様ごとき——」

「その拳が私に届くのならね!!」

「——【狂騒の壁バリエース・テオドラス】!」


 上空から放たれたクルルの魔法がベラリオを地面に押さえつける。

 当然だが、これだけならベラリオはものともせず立ち上がれる。ただ、それは踏みしめられる地面があってこそだ。


「なっ……!」


 抵抗しようと踏みしめたベラリオの足が地面に沈んでいく。いつの間にかその地中は底なし沼のように『泥』と化していた。


「——まさかあの状況でアタシらを使うなんてな。指示された時は訳分からなかったけど、こうもバッチリ嵌るなんて」

「セレネ様の予測は舐めたらダメですよ。何も出来なかったからこそ身についた、あらゆるものを見抜こうとするその眼はもはや未来予知に等しいのですから」


 少し離れたところで、アカリとハーベが泥に沈むベラリオを見ながら感心の言葉を述べる。

 アカリの槍は地面に突き刺さっており、そのきっさきからソフィアたちがいるところに向かって魔法による注水を行っていたのだ。

 それによって各所が泥と化した地面を、ハーベの認識阻害で誤認させる。

 あとは、ベラリオの本気を引き出す思考と行動の誘導を行い、ソフィア自身が生き残れば作戦完了だ。

 動けないベラリオに、折れた直剣を振り下ろさんと間合いを詰める。


「だからどうしたッ! この程度の拘束、私の本気を持ってすればどうってことはないッ!!」


 下半身が浸かりきろうとしていたその泥に右腕を叩きつけ、吹き飛ばしたその勢いのままベラリオは沼から抜け出す。

 その反動をも利用し、瞬きの間に渾身の一撃。降り立ったそこは確かな大地だ。踏みしめられる地面なら、今からでもソフィアを迎撃可能だった。


「これで終わりだッ!!」


 鬱陶しかった戦いもこの拳の一撃で終了。ソフィアの身体を貫かんとするその一撃の瞬間に——


「【回帰の癒手セラフィ】」

「——ッ……!?」


 ほんの一瞬だけ自分とベラリオに魔法を付与すると、ベラリオの拳は大きくソフィアから逸れて地面を穿っていた。


「なん……で……」

「……貴方の強大な力を考えれば動けるのは分かっていたわ。でも、身体強化の魔法は肉体を強化すればするだけ意識とのズレが生まれるものよ。一撃で決着をつけようとした貴方には分からない感覚だったかしら」

「この……女ァァァ……!」


 本気の本気を飛躍的に引き出させ、最後にはソフィアの魔法によってさらに強化されたベラリオの身体能力は自分が意識している以上に解離していた。

 ソフィアから大きくズレたのは、その身体を全くコントロール出来なかったからだ。


「これで正真正銘終わりよ。——アステリア!」

「【自在の焔グラティスイグニス】!!」


 振り上げた直剣にアステリアの炎が渦巻くように付与される。


「リューエル、貴方の技を借りるわ……!」

「お父様……!」


 猛々しく燃えるその炎は刃を形作り、ソフィアとアステリアがかつて抱いた憧れの技を放つ。


「「——【燃える刃ロンファイア】!」」


 『レストアーデ』と『ステラ』の想いが込められた炎の刃が、ベラリオの首を両断した——。

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