「――それじゃあステラ様。先立っての話通り、あのクソ野郎はアタシらが貰ってくぜ」
アステリアに対し、敬称を付けたアカリがカルメリアの牢屋にて縛られているサルードを差して言う。
彼女がいるここは被害が少なかったステラ邸。アカリ以外にも今回の
「申し訳、ないステラ侯。本当なら…貴女が一番、その手で裁きたいでしょうが……」
「いえ。――いえ、確かにそうですね。正直に申し上げますと、胸を焼き尽くしそうなこの炎を抑えることに必死ではあります。お父様が死に、ステラ領を荒らした元凶の一人を何故生かしておかなければならないのかと……」
悔しげに柳眉を歪めながら、アステリアが言う。
敬愛するソフィアと共に事態を収めたとはいえ、元凶そのものをアステリア自身が直接成敗はしていない。
帝国の計画を潰して勝利しても、完全に溜飲が下がるわけではなかった。
それでも、サルードの身柄をフリューゲル兄妹に預けることの『利』は正しく認識していた。
「まぁ安心しろよ。アンタが裁けない代わりに、アタシらがキッチリ裁いてやるからよ。アタシらの殿は、ああいう奴が一番嫌いだからな」
「報いは……必ず受けさせます……。誰を敵に回したのか……分からせてあげましょう」
ニヤリと口角を上げながら、自信たっぷりに二人は言う。
帝国の暗躍によって多大な損害を負ったステラ領だが、それは元王国目線であり、帝国の支配下にある以上今回の騒動は侵略行為とはならない。
極論、一領土でのイザコザでしかなく伯爵という立場を考えればサルードが帝国によって『正当』に裁かれる可能性は低い。
けれども、サルードのミスはトルル特別大使の命も狙ったこと。これならば、トルル側で裁くことも可能だった。
それを証明するように、放たれる圧は流石の『特別大使』というべきか、帝国に屈することのない強さを感じさせた。
「よろしくお願いします」
「おう。――んで、アンタらはどうする? クリュータリアの商会さん」
話の矛先がソフィアに向く。
「私?」
「アンタらは完全に巻き込まれた側。アタシらどっちに対しても恩人だ。礼をしなきゃ、義理を欠くってもんだ。ステラ様も、礼をするために為にわざわざ呼んだんだろ?」
「そうですね。帝国の陰謀を暴き、二大首魁を討ち取っていただいたレイトン商会には多大なる報奨金をお渡ししたいと考えております。また私どもで友誼を結び、何かあった際にはお力になることをお約束します――」
チラリとソフィアを見て頷くアステリア。
アステリアがソフィアを呼んだ本当の目的はこれだ。第三者がいる場にて、両者の友好関係を証明し、堂々と対帝国への資金と戦力をソフィアに与える算段だった。
あらかじめ聞いていたこともあり、ソフィアは迷いなくその『礼』を受け取る。
「ありがとうございます。私としても、侯爵家と繋がりが生まれることは願ってもないこと。この友誼、決して違えぬと私も誓いましょう」
炎の意匠をあしらった『ステラ家の印』を渡され、対外的にソフィアとアステリア間での友誼が正式に結ばれる。
それを見ていたアカリがニンマリと笑っていた。
「ふ〜ん、報奨金と友誼の証ね。ならアタシらもそれと同等のモンを渡さねぇとな」
「いえ、そこまでしていただかなくとも……。むしろ帝国兵から守って欲しいという私のお願いを聞いていただいた側ですし、お礼と言うのなら私の方こそお礼をしなくては。クリュータリアの特産品で足りるかどうかは分かりませんが……」
「それとカルメリア襲撃の件は別だ。セレネから『帝国がアタシらも狙ってる』っつー情報を貰わなかったら、どうなっていたか分からねぇからな」
「……実質、命を救われたような…ものだ。帝国軍に加え、あれだけの数の機獣にアルゴスという脅威……。ただで死ぬつもりはないが……相手にするにはおれ達の手に余りすぎる……」
「っつーわけだ。セレネらがいなかったら、アタシらの命もなかった。このデケェ借りを返さない奴が、トルル特別大使を背負えるかってんだ。つか、このまま帰ったらアタシらが『殿』にブチギレられる」
よっぽどその殿とやらが怖いのだろう。『何もせず帰った場合』を思い浮かべたアカリが身を震わせる。彼女の脳裏には色んな『お仕置き』が駆け巡っていた。
帝国を相手取った時でも一切その表情を恐怖に変えなかったアカリのその変貌を見て、ソフィアは目を丸くしていた。
「あなた達ほどの人が恐れるって……。その殿……様でいいのかしら。そんなに怖いの?」
「いや……普段はかなりの温厚だ……。民衆達にも心から慕われているし、頻繁に街にも降りてくるから親しみ深いお方だよ……」
「でも、アタシらの国……というか、殿の方針でね。義理を欠く行為は絶対に許されないんだ」
「そういうことなら……。遠慮なくいただくわ」
なぜか『お礼を渡すこと』を懇願するようなアカリの様子に苦笑しながら、ソフィアはその申し出を受け入れる。
と、そこで今まで口を開いていなかったアイリスがフリューゲル兄妹に尋ねた。
「なぁ、ステラ侯と同等の礼を渡してくれるのは良いとしてお前達にその権限はあるのか? ステラ侯は自分達の騎士の所有者だが、トルルの騎士的な奴らの所有権は殿とやらが持ってるんだろ?」
「あー、まぁそうだな。アンタらで言う『王』と同等の権限があるとはいえ、それは任務内でのこと。任務外で国に関わるような約束はアタシらの一存では出来ねぇ」
「……だから、セレネ嬢たちには手間をかけることになるが……、トルルに赴いて殿と会って欲しい……」
「私たちが……!?」
「断られることは絶対にねぇから安心してくれ。ついでにトルルに来てくれたら盛大にもてなしてやるよ。ちょうど、あの時期だしな」
「私たちがトルルへ……」
そこでソフィアが少し困った様な表情になる。
降って湧いたまさかすぎる申し出。トルル特別大使との繋がりだけではなく、トルルの
帝国に対抗できるだけの『力』や『人脈形成』を目論むソフィアにとってこれほど僥倖なモノはない。
ただ……
「(私には時間が――)」
「――そいつはありがたい申し出だな。トルルのトップと直接会えるのならオレたちとしても願ったり叶ったりだ。是非ともオレ達をその義理堅い殿とやらのもとへ連れてってくれ」
「アイリス……!?」
断ろうとしたソフィアよりも先に、笑みを浮かべたアイリスが申し出を受け入れる。隣にいたソフィアの驚きの声は完全に無視だ。
こうなってしまったからには、もう断ることは出来ない。
「いいのか?」
「え、えぇ勿論よ。一介の商会がトルルの王と謁見出来るんだもの。こんなに嬉しいことは他にないわ。お願いしても良いかしら?」
困惑の表情を即座に笑みに変え、失礼のないようにソフィアは受け入れる。
それを見てほっとしたようにフリューゲル兄妹は笑っていた。
「よっしゃ! 助かるぜ。無理して連れて行くんだ、盛大にもてなしてやるよ」
「出航日は……二日後だ。それまでに……準備を整えておいて、くれ――」