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1-3 「『世界』の戦争」

「――どういうことよアイリス! なんであんなことを言ったの!!?」


 会合が終わり、【今昔亭】の部屋に戻るなりソフィアがアイリスにがなり立てる。

 内容は勿論、勝手に進路を決めたことだった。


「おいおい、うるさいぞマスター。そんなに大声を出したら隣に聞こえるぜ」

「アナタも知ってるでしょ!? 私たちには時間がないの! トルルに行ってる場合じゃないでしょ……!」


 落ち着かせようとするアイリスの言葉も無視し、ソフィアはアイリスに迫る。その顔には焦燥感が溢れ出ていた。

 ため息を吐き、アイリスがベッドに腰を下ろしてソフィアを見る。


「じゃあなんだ? あそこでフリューゲル兄妹の申し出を断ると? こっちが主導権を握った上であんな良い条件を出してくれる機会が他にあると思うか?」

「そ、それは……そうだけど。でも、私たちは帝国の計画を潰したのよ……!? 今すぐ動かないと『本隊』がここにやってくるじゃない……! 逆に、計画が失敗に終わって混乱している隙にベルクーザ領を堕として――」

「マスター」


 逸るソフィアをアイリスが一言で黙らせる。その物言いは一切の反論を許さない。


「はぁ……。ヴァルターとか言う元王国の宰相が敵側――しかも黒幕的立ち位置にいて焦る気持ちは分かるがな、状況は正しく認識しようぜ王女サマ」


 立ち上がり、ソフィアの胸に鉄の人差し指を突きつける。


「混乱の最中ベルクーザ領に攻め込み、西側を解放して首都奪還への足掛かりにするマスターの考えは間違っちゃいねぇ。王国派筆頭のステラ領がこちらに着いた以上、燻る王国民どもの人心を掌握しやすいからな」

「そ、そうよ。元々、その為に危険を犯してまでステラ領に来たんじゃない。実際その目的だって達成して――」

「だがそこまでだ。おいマスター、もしかして本気で現戦力でベルクーザを堕とせると思ってるんじゃないだろうな?」


 ――だとしたらガッカリだ、と失望にも似た視線をアイリスから向けられ、思わず視線を逸らす。

 痛いところ、図星を突かれソフィアの胸中に焦りと不安が重しの様にのしかかかった。


「いいか、今回の襲撃を乗り越えられたのはハッキリ言って奇跡に等しい。ベラリオの奴をマスターらが殺せたのも、アルゴスをオレが殺せたのも、騎士どもがロクな被害なく帝国軍と機獣を相手取れたのも――全てな」

「それは……」

「マスターの力がデカかったってのは認める。マスターが指揮しなけりゃ、ほぼ間違いなく一瞬で全滅していたからな。だが、そもそもの話をすれば帝国軍が『本気』を出していればマスターが指揮する前に全員死んでてもおかしくなかったんだ」

「……」


 圧倒的な戦力差。世界の頂点に達している軍だからこそ抱いていた『格下』への驕り。機獣を容易く狩れる彼らにとって、ボロボロの騎士達はもはや敵ではない。

 反撃してこないと高を括っていた油断、たとえ反撃してきても簡単に打倒できると思っていた油断。それは大隊長にとっても同じ。

 ソフィア達が帝国軍を全滅できた最大の要因は、帝国軍の心の隙だった。


「こんなのは再現性のない一回限りの勝利だ。本格的に戦うとなれば、今度こそ帝国軍は油断なく襲い掛かるぞ。そんな相手に、現状の戦力で立ち向かえると思うか? 『軍』としての指揮もまともにこなせていないってのに」

「……そんなの分かっているわ。ステラ中の騎士達を集めたとしても、まず間違いなく私たちは負ける……」


 重々しく、口を開いたソフィアがアイリスに同意する。

 ソフィアも馬鹿ではない。本心ではアイリスが言わんとしていることはキチンと理解できていた。


「冷静になったようでなにより。そう、前提として普通にやっても帝国には勝てない。『大隊長』レベルに苦しんでいるのがその証拠だ。帝国にはまだまだ『上』がいるんだろ?」

「……えぇ。大隊長の上に一個軍隊の補佐を担う【連隊長ミリトゥム】に、軍の全権を握り最強の力を誇るという【軍団長レガトゥス】がいるわ……。その上に全体を統括する【総督ドゥクス】がいるけれど、多分後方司令的な立場だから直接的な戦闘にはならないとは思うわ」


 ソフィアが戦った大隊長は、帝国軍の階級で言えば上から四番目。中堅以下に位置する相手だ。そんな相手でも、多数の力を借りて命を賭して『やっと』倒せたのだ。

 軍としてだけではなく、個人としての戦力にしてもソフィア達は圧倒的に劣っていた。


「だとしても、だ。【総督ドゥクス】がなんであれ、帝国にはまだまだ潤沢な戦力があるってことだろ。そこに加えて機獣を操る術に、アルゴスの存在。アイツは今のオレじゃ立てなくなるほどの力を出し切ってようやく殺せる敵だ。アレを量産され、同等以上の人間が立ちはだかるのならオレはまず間違いなく破壊されるぞ。なす術なく――な」


 人類を破壊し尽くしたいアイリスにとって悔しい以外の何物でもない結論だが、現状の戦力差を考えればそれが真理。

 ステラ家を味方につけたとはいえ、たかが侯爵一つ。世界の覇者たる帝国を相手では砂粒も同然。今のソフィア達は何もかもが足りていないのだ。


「だから帝国を打倒するなら、それこそ各国の力をまとめることが必要だ。カルメリアでやったことと同じ。同盟という多数で一を滅ぼすのさ」

「……そんなこと本当に出来るの? 私もそれは考えたけど、私の戦争に他国の人が手を貸すとは思えなかったわ……」

「だったら、『世界』の戦争にしてやりゃあいい。普通の国なら覇権国家の誕生を望みはしない。王国を堕としたことでその力を示し、自分たちに矛先を向けさせないようにしたみたいが、それで他の国が大人しくなると思ったら大間違いだ。いつだって、世界は――人類は自分たちこそが最優と勘違いして『頂点の椅子』狙う為に争い続けるんだ」


 肩をすくめ、侮蔑を帯びたその物言いにソフィアは何も言えなくなる。

 実感が込められたアイリスの言葉。かつて人類のエゴによって生み出され、『頂点』の地位が危ぶまれると考えた人類に裏切られた哀れな存在エクステンドだ。

 彼女は冷静に、冷徹に、冷酷に人類を語っていく。


「いつ自分たちにその脅威が降り注ぐかも分からない以上、帝国への潜在的な鬱憤はどうしたって溜まる。

 それを爆発させてやるんだよ、他でもないマスターがな――」

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