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1-4 「無限の魔法」

 「そんなに上手くいくの……?」

「いくに決まってるさ。人間ってのは、どうしたって自分より『上』の存在がいることを許せない種族だからな」

「それは……」


 重みのあるアイリスのその言葉。それは【機械仕掛けの恢戦エクスハード】のことを言っているのだろう。

 戦争は数、人が戦う理由。全部、アイリスが辿ってきた生存競争の道だった。


「それに、マスターには大義名分も戦う理由も全てある。マスターだけが世界を率いること出来るんだよ。んで持って、最初の味方にトルルはうってつけだ。帝国嫌いの特別大使がいてしかもそのトップは馬鹿みたいに『義理堅い』らしいからな」 


 トルルがソフィアに手を貸す条件は揃っていると言えるだろう。加えて、匿ってくれていたクリュータリアも味方につけられるとなれば、事実上三国同盟が成立する。

 帝国と対等に戦う意味でも、『今』トルルと手を組み勢力を拡大することが急務だとアイリスは言う。


「ついでに勝手に全滅してくれたらオレとしては今後がラクになるからありがたいんだけどな。まぁそれは置いといて、トルルに行く目的があと二つほどある」

「二つも……?」

「あぁ。オレとマスターの強化だ。トルルにはオレの身体の一部があるんだろ? それを取り戻せば、少なくともアルゴス程度なら簡単に蹴散らせるようになるはずだ」

「あ――」


 右腕以外の簡易的に作った腕と脚を見てソフィアは思い出す。他を圧倒する力を奮っていたアイリスだが、それでも全盛期からはほど遠い。

 目の前にいる、神が作ったような綺麗な存在は、たった一体で人類を滅ぼしかけたのだ。その一部が戻るだけでも、個人の戦力差は相当に埋まる。


「アイリスの強化は分かったけど、私も……?」

「マスター、治癒魔法以外も使えるようになったんだろ? 確か強化の魔法と、それにアルムとかいう騎士が使っていた伝達の魔法だったか。それらを使いこなし、あわよくばトルルと帝国の魔法も身につけるんだよ。今のマスターならできるはずだ」


 淡々と言葉を紡ぐアイリスに思わずソフィアが慌てる。


「ちょ、ちょっと待って……! 何を言っているの……!? 私が他の魔法を……!? た、確かに身体強化は出来るようになったけどあれはあくまで私の魔法の延長線上で――」

「治癒能力が人間の限界以上の力を引き出すわけあるか。アルムに聞けば、色ボケ従者どもに作戦を伝えた時に『魔法は使ってなかった』んだとよ。無我夢中で気づいてなかったみたいだが、マスターは伝達魔法も使ったんだよ。まるで帝国軍が色んな魔法を使ってるみたいに、な」

「私が……複数の魔法を……?」


 複数の魔法行使は帝国の特権。いや、それどころか帝国以外の『継統魔法』はその人固有の魔法だ。だとすれば、ソフィアがやったことは帝国以上の『特権』となる。

 衝撃の事実を聞かされ、ソフィアは考えがまとまらない。


「今までずっと疑問には思っていたんだけどな、帝国の魔法とマスターが複数の魔法を使えることで確信した。あの力は魔法じゃない。オレ達の時代で言う『超能力』だ」

「超、能力……?」

「あぁ。機人エクステンドに対抗するために、人類が自分の脳を改造して手に入れた特殊能力だよ。アイツらは、得手不得手はあっても誰もが『思う』だけで魔法と同じ現象を無限に生み出していたんだ。レストアーデもオスカリアスも、他の奴らもみんな――な」

「それって……」


 青ざめたソフィアが、二人だけの秘密を思い出す。

 それは、機械を作らないようにと『人を改造した』かつての人類の話。禁忌条項も機械に対する忌避感も、そして機獣も全てはかつての悲劇を繰り返さないために施された処置だ。

 なら魔法は――


「一度改造されたモノは二度と元には戻らない。それは超能力でも同じなんだろうよ。だからレストアーデ共は機械由来の『超能力』を、物語の中の幻想でしかなかった『魔法』に認知をすり替えた。人の意識が存在を歪めるってのは前に話したな。つまりはそういうことだろ」

「私たちが使っていた魔法も……精神的拘束の一つ……」

「だろうな。自身の本能の赴くままに使う『得意』な超能力を。レストアーデ家の特徴とか言う『炎』の魔法――継統魔法だったか。あれは、自分の超能力が『家由来』のモノと認知を刷り込ませることで、その魔法だけを使えるように仕組んでるんだろ。この家の人間だからこの魔法超能力だけを使える様になる。特別な力を使うにあたって理性的で無駄な思考もいらない実に分かりやすい構図だ」


 要は、無意識と意識の誘導。動物が人の人の意識によってその在り方を機獣へと変えられた様に、思い込みの力は全てを変質させる。

 本能によってあらゆる現象を引き起こせる超能力を、意識的に枷を嵌めるダウングレードすることで魔法をとしての概念を強化したのだ。

 こうして縛りをかけながら長い年月を経て、人の意識から科学と呼ばれるあらゆるものが排除されたのだろう。

 引き起こす現象の結果に違いはないが、過程がまるで違う。


「魔法を唱える時の詠唱も自己暗示の一つだろうな。唱えなければ『特別な力』を発現できない。何もかも、500年前の刷り込みの成果だ。ま、その副作用というべきなのか『枷』が嵌められたみたいに威力はかなり弱まってるみたいだがな」

「そ、それじゃあ私はどうなるの……!? 威力はともかく、『この家の生まれだからその魔法を使える様になる』って言うのなら、なんで私は炎の魔法が使えないの……!?」


 悲痛な叫びのようにソフィアは声を霞ませながら言う。

 魔法の由来がなんであれ、そんなものは今を生きる人たちにとって関係ない。ソフィアにとって苦しいのは、その由来でも『レストアーデの魔法』を使えなかった事実。

 アイリスの言った通りなら、何よりもまずソフィアが『炎の魔法』を使えて然るべきなのだ。

 そんな彼女の訴えをアイリスは冷静な答えで返す。


「それは理性で画一化された魔法より、本能で導き出した『超能力』の方が強かったってことだろ。破壊の力よりも人を癒したい。その強い思いが【回帰の癒手セラフィ】を生み出したんだ。なんともまぁ涙ぐましい力じゃないか」

「あ……」


 肩をすくめて端的に言うアイリスに、ソフィアは得も言われぬ感情に囚われる。これまで生きてきた葛藤や価値観が、こうも端的に全て覆されたのだ。そう容易くは飲み込めない。

 ただ、それでもここにハーベかクルルがいれば大喜びしていただろうとは思う。

 レストアーデという枠よりも、治癒ソフィアが勝った彼女の根原。

 それはこの殺伐とした世界で、人に優しくあろうとした『レストアーデ家』の誰よりも象徴していると言えるだろう。


「人を癒すのが……私の本質……?」

「だろうな。だが、これからはもう違う。今のマスターには無限の可能性が広がってる」

「どういうこと……?」

「マスターが他の魔法を、超能力が如く無意識にでも使えるようになったのは、オレから『秘密』を聞かされて拘束が緩んだからだ。同系統の魔法なら解釈次第で使えると『思い込む』ことで自然と身体強化の会得を可能とした。ついでに伝達魔法もな」


 あくまで仮説と最後に称したアイリスだが、だからと言ってソフィアが複数の魔法を使えるようになった事実は変わらない。

 その心に宿る想いは何なのか。ソフィアは鍛えて硬くなった手のひらを一心に見つめていた。


「喜べマスター。超能力に目覚めたマスターはこれから『無限の魔法』を使えるようになるぜ——」


 アイリスは楽しそうに、そして悪辣に笑みを浮かべてそう告げたのだった。


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