「――私の魔法……か」
「『セレネ』様? お気分でも悪くされましたか?」
「あっ…! い、いえなんでもないわ。ありがとうハーベ。ちょっと疲れただけだから」
少し前のやりとりを思い出し、これからのことに耽っていたソフィアにハーベが声を掛ける。
どんな影響が出るかも分からないため、安易にはハーベたちにも話せないソフィア岳に告げられた魔法の真実。どんな影響が出るかも分からないため、ハーベたちにも安易には話せないと誤魔化す。
実際、特訓で疲れたのは事実だ。特に疑問を抱くこともなくハーベたちはソフィアを信じた。
「もうずっと模擬戦を続けていますからな。慣れない船ということもあり、疲れも溜まっているでしょう。そろそろ船内に戻りましょうか」
「ですね。行きましょう『セレネ』様!」
「えぇ、そうね――ッ!?」
と、突如ソフィアは敵意を感知。その矛先は頭上。
咄嗟に前へと転がり、頭上からの攻撃を躱すと即座に体勢を整える。その最中に腰から抜いた短剣を襲撃者に突きつけると――
「おー気は抜いてなかったみたいだな。重畳、重畳」
「ア、アイリス様! なにやってるの!?」
「アイリス……。危ないじゃない」
「危ないなんてことあるかよ。常在戦場だぜマスター。この程度は気楽にやり過ごしてもらわねぇと」
「はぁ……。まったくアナタは……」
襲撃者はカラカラと笑ってこちらを見るアイリス。
見張り台から飛び降りたアイリスは、そのままソフィアの頭に向かって割と『本気』の踵落としを放っていた。
木の床が破損したのがその威力を物語っている。
「っていうか、アナタ見張り台で寝てたんじゃないの?」
「オレ(機人)が睡眠を必要とするかよ。ただやることないから、節電してただけだ。けどまぁ、流石にそれにも飽きてな。マスターを揶揄うつもりで試したってわけだ」
「飽きたって……また随分と人間らしいことを……」
「それがオレだからな色ボケ従者」
「で、アナタのお眼鏡に叶ったのかしら?」
「あぁ十分。魔法なしでアレを躱せるなら文句はねぇよ。――にしても、本当に退屈だな海の上ってのは。機獣はいないのかよ機獣は」
「一応、海にも機獣はいるけど――」
本当に退屈なのだろう。人類の脅威が現れてくれることを願うアイリスにハーベは引き、ソフィアは苦笑する。
「――物騒なこと言ってんじゃねぇよ。こんな海の上で機獣に襲われてみろ。この船も一瞬で壊されるだろうが」
船内からアイリスの言葉に呆れながらアカリがやってくる。
「機獣自体はいるのか。じゃあなんで襲いかかってこないんだ? 人類の敵なんだろ?」
「なんで、そんな事も知らねぇんだよ。――機獣なんてもんは普通に過ごしてたら、そうそう遭遇しないモンだろ」
「カルメリアのアレが異常事態すぎただけなのよアイリス。普通は【機獣避けの陣】も機能してるんだから」
「【機獣避けの陣】……。確か、機獣を寄せ付けない結界……だったか?」
「? そんなことも知らないのか?」
当たり前の常識を知らないアイリスにアカリは首を傾げる。
「こことは全く別の場所から来たからな」
「別の場所って……どんなド田舎だよ」
ド田舎どころか、都市部の中でもトップクラスの文明を誇った場所だがそれを言葉にすることはない。
「まぁいいや。結界術師が結界の起点となる【要石】を埋め込むことで発動する機獣専用の結界。とりわけ、トルルのは強力でな。トルル全体を覆う上に、この【ナチュラ海】でカルメリアへの一部の航路だけはその効果範囲なんだよ。これはカルメリアの沖に埋め込まれた
「一部の……。なるほど、帝国が狙うわけだ」
特別航路『
それが今、ソフィアたちが乗る船が辿っている道。ここに来るまで一度も機獣の襲撃に遭っていないこともそうだが、波だってずっと穏やか。
安全な航路で自由に行き来できるほどやりやすい貿易はないということだ。
「って、そんなことを言いに来たんじゃないんだ。お前ら、今すぐ準備を整えろ」
「それって……もうすぐ到着するってこと?」
「あぁ。あと二時間もすりゃ、見えてくる――」
――そうして、荷物を整え降りる準備を済ませて再び甲板へと戻ってきたソフィア一向。
船頭には縛ったままのサルードと、両手を広げて出迎えるポーズを取ったアカリがいた。
そのフリューゲル兄妹がいる先には、海面から突き出た巨大な岩が離れて二つ。それを繋ぐようにこれまた太い縄が結ばれていて『門』のようになっている。
帆船がその下を潜った。
「ようこそトルルへ。アタシ達はレイトン商会を歓迎するぜ」