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トルル編第2章 逆巻く会合

2-1 「ライハ・ディ・ヴォーグ・トルル」

「ここがトルル……!」

「現首都の『シンラ』な。ここがトルル海洋共和国の一番東にあって、西側にシンラを半分囲うような形で四つの島がある」

「上からタイカイ……、バンゾウ……、テンチ……、サイレイだ」


 トルルの領内へと入り、船の上から目を輝かせるハーベにフリューゲル兄妹が答える。


「現首都ってどういうことだ?」

「確か、トルルには各島に長がいて、その中で国民達から選ばれた者がトルルの君主として共和国全体を治めるんだっけ? そして君主のいるところがそのまま首都になるって聞いたことがあるわ」

「セレネの言う通り。んで、今の君主――十七代目が『ライハ・ディ・ヴォーグ・トルル』だ。君主になったお方がトルルの名前を冠するんだ。んで、そのライハが住んでいるのが――」


 アカリが指を差す方向には、『シンラ』全体を見渡せるように聳え立つ山があった。


「――あの『天最山てんさいざん』だ」

「山に住んでいるのですか?」

「正確には山の中央部を切り拓いて作った『央都』だ。そこにライハ様や役人、トルル軍が誇る上級武芸者が住んでで国民達を見守ってるんだ」

「その国民達が住んでいるのは……山の下。『天最山』を囲うように……東西南北それぞれの区画で暮らしている……」

「分かりやすい説明ありがとさん」


 フリューゲル兄妹が簡潔にトルルの構造を説明し終わると、港にさしかかろうとした辺りで海上にいた漁師達のざわめきの声が聞こえてくる。


「特別大使殿たちが帰ってきたぞー! お前ら、道を開けろー!!」


 漁師の一人がそう叫ぶと、小舟たちが帆船の両脇に動き、出迎えるように桟橋までの一本道が出来上がる。

 そこを通り、船はようやくトルル『シンラ』へと到着した。


「さ、降りるぞ。今から央都へ連れて行く」

「……降りた時、ちょっと揺れた感じがするが気にするな。ずっと船の上にいて……感覚が麻痺しているだけだ……」


 そう言いながら降りていくフリューゲルにソフィア達は続いていく。

 桟橋には焼けた肌を着物の隙間から見せる船着場の管理人が立っており、アカリ達から話を聞いていた。

 その様子をよそに、地面が揺れる感覚を慣らしながら見慣れぬ景色を見ていた。


「トルルは初めて来ましたけど……こうも違うんですね……」

「国が違えば文化は違う。砂が多く、閉鎖的なクリュータリアも王国との暮らしとはまるで違ったじゃろう? とりわけ、海洋国家ならなおさらじゃ。彼らが生きる世界は陸の上ではなく、海の上がほとんどじゃからの」

「クルルは、トルルに来たことが?」

「過去に、一・二回だけあります。ハーベじゃありませんが、その時に食べた生の魚は価値観がひっくり返りましたの」

「魚を……生で? 信じられないわね……」


 魚は煮るか焼くかの二択。食文化からしてこうも違うことにソフィアは目を丸くする。

 すると、潮の匂いに混ざり、木の焼けた匂いが鼻腔をくすぐる。香ってきた方向を見ると、砂浜で漁師たちが小舟の底を焼いている姿が見えた。


「あれは……何をやっているのかしら?」

てんだろ。あそこは漁師達の焚場ってわけだ」

「知ってるのアイリス?」

「あぁ記録で一応、な。あれは船底を焼くことで腐食を防ぎつつ、虫とかから船体を守るんだ。それこそオレが生まれるよりも前の時代からある人の知恵だ。世界がどうなっても人の歴史は循環するみたいだな」

「アイリスが生まれる前って……」


 今から500年以上前が、人類史の転換期。

 ソフィアの記憶に残るあの超文明がどれだけの年月をかけたかは分からないが、あそこから文明が逆行している今の世界を考えれば相当昔なことだけは分かる。

 見たからこそ理解出来る、紡がれる人の歴史の循環にソフィアはなんだか感慨深くなっていた。


「――ほう、陸の人間がよく知っちょるの。そんな豆知識、ワシらでも知らん奴はそれなりにおるぞ」

「ッ……!?」


 完全な意識外。

 突如、背後から割り込んできたその独特な喋りにソフィア達は驚く。

 それはアイリスにしても同じ。何物も捉える感知システムを潜り抜け、その男は後ろに悠々と立っていた。


「なんだお前は……」

「ほう、良い殺気じゃの。お嬢も良い従者を連れておるな。まぁワシの臣下には劣るじゃろうが」

「んだと」


 ソフィアを庇うように前に立ったアイリスに、着物の胴の部分に片腕を置いているその男はカラカラと笑いながら二人を見る。

 ハーベとクルルも男を警戒しているが、男は全く意に介していない。


「落ち着けお主ら。そんな警戒せずとも、儂は何もせんわ」

「礼儀も挨拶もなく、いきなり後ろに立った奴を警戒しないわけあるか。ましてやオレの意識をすり抜けてきたのなら尚更な」


 カチャカチャと右腕を鳴らしながら、アイリスは男を睨む。

 二メートルは軽くあるその偉丈夫。大きく吊り上るその瞳の色は、仄暗い水の底の様で、それと同様にその短い髪は蒼黒い。大きな笑みを浮かべる口元には傷があり、着物の隙間から見える分厚い筋肉は歴戦感を漂わせている。

 これが『襲撃』だったら、ソフィア達はかなりの痛手を負っていただろう。


「さて、申し開きはあるか? 今なら攻撃しなかったお前の甘さに免じて、話くらいは聞いてやる」

「あー、こりゃあ完全にしくったの。あの兄妹があそこまで言う奴らが気になって、ちょっち揶揄っただけなんじゃが……」

「あの兄妹……?」


 と、臣下たちのおかげで冷静でいられたソフィアがポツリとこぼす。

 すると、その後ろからソフィア達を押し退けて小さな人影が偉丈夫に飛びついた。


「殿ーーー!!!」

「おーアカリ。こりゃまた随分と元気じゃの」

「だってだって、ずっと殿に会ってなかったんだ! 久しぶりに顔を見たらこうなるっての!! しかも、こんなところで会えるなんて思わなかったぜ!! なんで降りて来たんだ!?」

「そりゃお前さん達に会いたかったからに決まっておろうが。ついでに、お前さんがあそこまで惚れ込む連中をな。まぁ随分と楽しそうな奴らじゃの」

「だろだろ! 絶対、殿も気に入るぜ!」

「ほう、それは楽しみじゃの」


 わしゃわしゃと頭を男に撫でられるアカリを見て、呆気にとられたソフィアたちは言葉も出ない。

 小さな背丈もあってどこか子供っぽさがあったアカリだが、今は本当に子供のようだ。

 アイリスも攻撃の意志がなくなり、どこか手持ち無沙汰になった時、後ろから話を終えたユウマがやってきた。


「おい……アカリ……。セレネ嬢たちが、困惑してるぞ……。殿に会えて嬉しいのは分かるが……」

「はっ――」


 ギリギリと、錆びたネジのようにアカリがソフィア達を見る。

 可愛いものを見るようなその視線と我を忘れてしまった羞恥。アカリの顔がこれ以上ないほど真っ赤に染まった。


「〜〜〜〜〜ッ!!」


 勢いよくアカリが偉丈夫から離れる。


「ありゃ、もう終わりか? いつもならもっと――」

「そ、それ以上は言わないでくれ!」

「アカリ、口調」

「ッ! い、言わないでください!」


 アカリの隣に立ったユウマが妹の頭を押さえて一緒に頭を下げる。


「失礼……しました殿。アカリの口調……はいつも言い聞かせているのですが……」

「よい。それがアカリじゃろ。ワシはその方が好きじゃし、堅苦しいのも嫌いじゃ。ユウマもほれ、もっと砕けても良いんじゃぞ」

「それは……恐れ多いと言います……か。と、とにかく、フリューゲル兄妹ただいま帰還致し、ました」


 膝をつき、偉丈夫に向かって礼を尽くすユウマ。それに続き、アカリも偉丈夫に礼を尽くす。

 殿呼びに、遥か目上に対してしか行わない最敬礼。そこでようやくソフィアたちは目の前の男が誰か分かった。


「アカリ、もしかしてそのお方が……」

「あぁ、そうだよ。紹介するぜ」


 フリューゲル兄妹が男の両脇に立ち、胸を張ったアカリがソフィア達に向かって告げる。


「ここにおわすお方こそ、トルル海洋共和国第十七代目当主『ライハ・ディ・ヴォーグ・トルル』殿だ」

「よろしくの、我らが客人!!」


 ニカッとライハは太陽にも負けない明るい笑みでそう言った。


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