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2-2 「儂等の王と同じ」

「――おう殿! 丁度良いところに! さっき、特上の魚が揚がったモンでよ。屋敷の方に運んどくからぜひ食ってくれよ」

「おぉ良いのかデンゾウ! それじゃあ、ありがたく! カイリの奴も喜ぶであろう!」

「わぁ〜とのだ〜! ねぇねぇあそんでー!」

「スズとケンロか! 悪いが今は手が空いておらんでの! ちょっくらこれで我慢しておくれ!」


 ほいっ! とライハがその大きな腕を砂浜にいる子供たちに向かって振るうと途端に子供たちが浮き上がり、体を跳ねさせながら砂浜へと音もなく着地する。

 まるでトランポリンのように『遊ぶ』子供たちは、キャッキャキャッキャと笑っていた。


「これは、なんとも……」

「距離……近くない?」


 『民』たちと気安く戯れる『王』の姿を見て、ソフィアの忠臣たるクルルとハーベの胸中が驚きに満ちる。

 なんの躊躇いもなく、それどころか敬語もなく笑いながら話しかけた漁師に気軽に遊びをねだる子供たち。

 絶対王政を敷く独裁のオスカリアス帝国ならばまず間違いなく不敬として断罪されるであろう民の行いを、ライハは全部許して受け入れていた。

 舐められているわけでもなく、これは単にライハの『気質』と言うべきか。民たちと心の距離があまりにも近く、隔たりを一切感じさせない。

 豪放磊落な性格に、絶やすことのない笑顔。見た者の冷え切った心を包み込んで温めるようなその雰囲気は傍にいるだけでも安らいでいく。

 そんな『王』の在り方を見たハーベとクルルは、同時にそれを想起していた。


「クルル様……あの人って……」

「あぁ、お主も気付いたか。かの王の性質は、儂らの王と同じだ……。いや、もしかすると……。いやはや、まさかここまでとは……」

「いえ、そんなはずありません……! だって、わたしは――」


 ライハについていきたい、仕えたい。ひと目見ただけでそう思わされ、ソフィアという大事な主君がいなければ実行してしまいそうなほどのライハの優しい『圧』。

 裏切りにも似た感情を振り払うように頭を振るその横で、ソフィアはどこか悔しさを滲ませていた。


「……ッ!」


 ハーベとクルルが思い至った様に、ソフィアはライハは自分が目指す先にいる理想の王の姿。

 あの光景で分かってしまったライハとの『差』にソフィアは気後れする。

 王国の為、復讐心を燃やしながら帝国と戦うことを決めた自分に、果たして『ただの民』がどこまでついてきてくれるのか。

 あそこまで民に慕われる王になれるのか不安が鎌首をもたげてくる。


「ふぅぅぅ……」


 誰にも気付かれぬように、その想いを必死に覆い隠し息と一緒に吐き出す。それを、パスを通じて感じ取ったアイリスが横目でソフィアを見ていた。

 と、そこでようやくライハがソフィアらに向き直る。


「さて、と。改めて、ワシがトルル十七代目当主のライハじゃ。お前さんらのことはアカリの『航り燕わたりつばめ』で聞いちょる。ワシの大事な臣下の命を救ってくれて感謝するぞ、クリュータリアのレイトン商会」


 ニカッと笑って手を差し出すライハ。

 アイリスは、海洋国家たるトルルにて燕を使って行われる長期距離伝達『航り燕』の説明をハーベからされている。

 そんな二人をよそに、ソフィアは握手を交わす。


「はじめまして、私はレイトン紹介の次期頭領セレネ・レイトンです。お会いできて光栄です当主殿。ライハ様とお呼びしても?」

「おう、好きなように呼べい。じゃが、そう畏まる必要はないぞセレネ嬢。先も言った様に、民の命の恩人はワシの命の恩人も同じ。立場は同等以上と考えてくれて構わん」

「一介の商会ごときに同等以上の立場なんて恐れ多い。それに、命の恩人というのであればこちらもでございます。特別大使殿がいなければ、私たちの命はなかったでしょう。お互い様でございます」

「ほぅ、コイツはまた随分と謙遜するんじゃの」

「事実でございますから。特別大使殿には深く感謝しております。彼女たちは『お礼』という意味で私たちをこの国まで連れてきましたが、こうしてライハ様にお会い出来ただけでも私にとっては望外の喜びでございます」


 淡々と話すソフィアの感謝の言葉が本心だと、握った手から感じ取ったのだろう。

 ニヤリと口角を大きく開けて笑った。


「クカカ! たかがワシに会うだけでそこまで思わんでも良い! じゃが、商会とは思えぬ図々しさを感じさせないその在り方は気に入ったぞい。アカリが懐くわけじゃ」

「と、殿! アタシは別に懐いてるわけじゃ……!」

「それは……無理があるぞ……アカリ」

「そうじゃそうじゃ。友好関係を結んだとはいえ、アカリが誘うなんてよっぽどじゃろう。まぁそのことも含めて腰を落ち着かせて話したいところじゃが――ユウマ。ソイツが今回の首謀者か?」

「はい。カルメリアをステラ侯爵から奪おうと画策し……機獣を操りながらおれ達をも殺そうとした帝国のサルード伯爵でございます……」

「ふん、こやつがか」


 ユウマが持つ縄に縛られ、気絶しているサルードを見て冷徹な視線を向けるライハ。そこには先ほどまであった温かな雰囲気は微塵もない。

 おもむろにサルードに近づくと、欲の詰まったその腹につま先をねじ込んだ――


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