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2-3 「ただの敵じゃ」

「ほれ、さっさと起きんか」

「ぐえっ……! ガハッ……! こ、ここは……」

「おう、お目覚めじゃの。気分はどうじゃ?」

「貴様は……この海の景色に、妙ちくりんな服装……。見覚えがあるぞ、確か現トルルの当主だったか……」


 帝国にも伝えられたライハの就任式の際に描かれた『似顔絵』をサルードは思い出す。本来ならば、彼の状況を鑑みれば怯えて然るべきなのだろうが何故かサルードは恐怖の顔を喜色に変えていた。


「ハッ、これは良い! 島国の田舎特別大使ごときでは我輩の高尚な言葉は通じなかったからの! 貴様ならば多少は話は通じるであろう! 我輩の言葉を理解出来るのならば、今すぐこの縄を解け! 我輩は帝国の伯爵位! このような非道が許されていいわけがない! 今すぐ解放するのであれば、我が帝国に便宜を図ってやろうぞ!」

「――――」


 起き抜けに、ベラベラと図々しい言葉を捲し立てるサルード。

 もしかして、状況も立場も何も理解出来ないのか? と当人以外は呆れ果てている。

 サルードの言葉が通じるのは、『帝国の中』だけというのに――。


「貴方ねぇ、どの口が言って……!」

「やかましい! 木端従者ごときが我輩に話しかけるでない! 我輩は今――」

「おい」


 あんまりな言い分に怒るハーベに逆ギレするサルード。そこに、たった一言だけライハが発すると伯爵としての威を分からせる様に睨んだ。


「なんだ! いいから今すぐ我輩を――ガッ……!」


 怒鳴るサルードが、突然口を閉ざす。

 それだけではない。なぜか苦しみはじめ、その太った身体が桟橋に押し付けられていた。

 突如訪れた変化にソフィア達は目を丸くするが、アイリスのその瞳はライハが放つ『力』を捉えていた。


「お前さん、自分の状況が分かっちょらんのか。この地で伯爵なんぞ微塵も関係なければ、お前さんは大使でもなんでもない。ワシの子を殺そうとした、ただの敵じゃ」


 一歩、ライハが近づくと『圧』が増してさらにサルードの身体がめり込む。

 ミシミシと聞こえる音は、桟橋が軋む音かそれともサルードの骨の音か…。


「お前さんなんぞ、法的・道徳的・外交的の為に生かされているだけのことじゃと何故理解しておらん。このような愚図が伯爵とは、帝国はアホウだらけなのか?」

「ガッ……! あ……あ……あッ……!」


 言葉を発するごとに『圧』が増し、サルードは言葉を紡ぐことも出来ない。その瞳は今にも飛び出しそうなほど見開き、口からは胃液がこぼれ出ている。

 どこまでも冷酷に追い詰めるその姿。そこにはまた別の『王』としての在り方があった。


ワシ家族の命を狙っておいて、まだ生きていられることを幸福に思わんか。本来なら、義を欠き続けておるお前さんを今すぐ弾けさせても構わんのじゃぞ。――あぁ、そうするのもアリかの?」

「――ッ!!」


 完全にブチギレているライハ。義理を重んじる人とは聞いていたが、まさかここまで変わるとは。ソフィア達は、サルードの体から今にも血が噴き出るのを幻想しながらそう思う。

 と、そこで――


――パァンッ


「「「――」」」


 『圧』と空気を切り裂く柏手が一つ。

 その音にサルードは再び気絶し、ライハも含めソフィア達の意識が戻ってくる。

 そこにスルリと、艶やかな女性の声色が彼女達の耳に入ってきた


「それ以上はダメでございますよライハ様。そのような者の命が絶えるのは構いませんが、民と客人に醜い血を見せてはなりませぬ。トルルが野蛮な国と思われたいのなら別でございますが」

「むっ。それもそうじゃの。悪かったの、セレネ嬢ら」

「い、いえ……私たちは別になんとも。それより彼女は……」


 意識外から現れたのは、腰まである長い黒髪を艶やかに靡かせる美しい女性。黒いネモフィラが描かれた着物を着ており、小麦色の大きな瞳に妖艶な笑みを携えて彼女はライハ達を見ていた。

 すると、その姿を見たアカリがまるで汚物を見たがごとく嫌悪感丸出しの苦々しい表情になる。


「げっ、レイネ……! テメェがなんでここに……!」

「あら、ご無体な。ライハ様の御側付きであるわたくしが、主人の下へ向かうのは当然ではありませんか。アカリさんこそ、相変わらずライハ様にべったりな様で。なんともまぁ、目障りなことですわね」

「あぁ!?」


 先程までの重たい雰囲気はどこへやら。

 修羅場のように女性二人がバチバチと睨み合う光景を見て、ソフィア達は拍子抜けしてしまった。


「彼女は?」

「あぁ、先も言った通りワシの側付きじゃよ。カイリと共に周りの面倒を見て貰っておっての。アカリとユウマが『外』に頼れる人材ならば、レイネは『内』に頼れる人材ってことじゃな」


 自慢げに話すライハに気分を良くしたのか、さささっとレイネは明かりを押し退けて隣に近付く。

 それを憎々しげに見るアカリだったが、その様子にレイネは失笑していた。


「ですが、ライハ様。私をこのような粗雑なお方と一緒にしないでくださいまし。私は彼女の様に荒っぽい口調や仕草もいたしませんので」

「あぁ!? んだとこの腹黒女!」

「あら怖い。ですがまぁ、その口調も『分かって』しまえば可愛らしいものですわね」

「何を知ったようなことを……!」

「実際、知っておりますから。その男勝りな口調、ライハ様の『強い女性が好き』というお気持ちに応えようとしているだけですものね――」

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