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2-4 「海の上という条件ならば無敵じゃからの」

「なっ……!!」


 ボンッとアカリの顔が見たことのないほど真っ赤に染まる。

 何かを言い返したそうにしているが、次の言葉が全く出てこなかった。


「クカカッ! 相変わらず二人は仲良しじゃの!!」

「仲良しって……良いのですか、あれ放置して」

「構わんよ。二人は昔馴染みの間柄じゃからな。会えばいつもあんな感じじゃ。良く言うじゃろ、喧嘩するほど仲が良いと」

「喧嘩するほどって……」


 女同士の舌戦に呆れてソフィアに構わず、ライハは哬哬大笑としていた。

 再び二人を見ると、言い返せず地団駄を踏むアカリをニマニマと微笑んでレイネは受け流している。


「あーもう! 殿、早く行く――行きましょう! 客人をこれ以上、『玄関』で放置しておくわけには行かないでしょう!」

「お? 別にいつも通りでいいんじゃぞ?」

「〜〜〜〜〜ッ! あーもう分かったよ殿!」


 やがて何を言っても勝てないと思ったアカリが、ライハの手を掴んで引っ張った。


「さっさと行くぞ!」

「カカッ。――まぁ揶揄うのはこれくらいにしとくかの。待たせてすまんのレイトンの」

「いえ別に、アカリの新しい一面が見れて私も楽しかったですし」

「カカッ、しばらく過ごせば何度も見られるぞい。アカリも、それにユウマも楽しい奴じゃからな」


 そう言いながら、ライハは『央都』にある屋敷に向かって歩き始める。その後ろをソフィア達がついていこうとすると……。

 カンカンカンッと大きな鐘の音が三回。『シンラ』全体に響き渡る。

 それが聞こえた瞬間、ライハとフリューゲル兄妹の眦が吊り上がり、ピリッと空気がひりついた。

 砂浜の方では慌ただしく漁師達が片付けを始めている。


「アカリ、これって……」

「しっ! 静かに、今すぐ『声』が届くから」

「ほえ?」


 アカリがソフィアの口元を押さえて、声を出さないようにする。

 そのただならない緊張感を感じ取ったアイリスはいつでも右腕を起動できる状態にし、ハーベとクルルもいつでも動ける体勢へと移行する。

 その時、ライハの顔の横で『空間』が揺らいで凪のように落ち着いた女性の『声』が届く。


『――ライハ様』

「カイリか。状況はどうなっちょる? 鐘が三回鳴ったということはまたあやつらか?」

「また……?」


 含まれた言葉にソフィア達が訝しむ中、会話は継続される。


『はい。東部に近づく大きな害意が一つ。まず間違いなく海賊の『吼える狼ハウル』でしょう』

「海賊……?」

「ハウルだぁ? んだよ、アイツらまだ性懲りもなく海賊やってたのかよ」

「意地汚い生命力と底の浅い野心だけが取り柄ですからね。常識を求めるだけ良心の無駄というものです」


 カイリからもたらされた情報に、呆れたアカリと穢らわしいと侮蔑の表情を浮かべるレイネ。

 海賊による侵略行為とはいえ、落ち着いていることからもこれらは日常茶飯事なのだろう。警戒を解いてはいないが、緊張は少し和らいでいた。


「ふんっ、ハウルの奴らめ。せっかくの『清祓祭せいふつさい』の前じゃというのに興の削がれるようなことをしおってからに」

「むしろ、祭りだから――でございましょう。彼らのような暗い下々の者は、明るい場所を羨みますからね。嫌がらせついでに物資を奪おうという算段かと」

「だからって普通、殿がいる『シンラ』を狙うかね。アタシらがいない間に、戦力差も感じられないほど馬鹿になったのか?」


 ライハの数ある肩書きの中で最も有名なのが『最強』の二文字。

 荒くれ者とはいえ、薄い装備しか賄えない海賊が敵う人ではない。


「ライハ様がいないと思っていたのでしょう。どこから情報を掴んだのは分かりませんが、本来ならば今頃ライハ様は『サイレイ』に行って老中と会談のご予定でしたから。急遽、貴女方が帰ってくるというので予定をズラしたのですよ」

「ってことはなんだ? 今のハウルは世界一不幸な奴らってことか。なんともまぁ不憫なこって」

「殿……どうされます……か?」


 いっそのこと憐れみすら感じさせる雰囲気の中、ユウマがライハに尋ねる。


「決まっておろう。外敵は排除するまでのことよ。面倒じゃがワシが出張るとしようかの。レイトンの、悪いがしばし待ってくれるかの?」


 そう言いながら袖に腕を通し、戦闘体勢に入ろうとする。筋骨隆々なその体が、力が篭ったことでさらに隆起し、ライハの威圧感が増す。


「待ってくれよ殿。ここはアタシらに任せな」

「殿は……ここでソフィア嬢らと、お待ちくださいませ……」

「良いのか?」

「ハウル如き、一々殿が出るまでもないっての。そもそも、アタシらの為にここまで足を運ばせたって言うなら、これ以上の負担はかけらんねぇからな」

「殿の敵は、我らの…敵。――木片一つたりともシンラには届かせません。おれ達に命令を――」


 胸に手を当ててフリューゲル兄妹は敬礼する。髪をかき上げたユウマはいつでも魔法を放てる準備を整えた。


「クカカッ! 血気盛んな主想いの仲間を持ってワシも幸せ者じゃの! それじゃあトルル特別大使フリューゲル兄妹に命じる! 今すぐトルルの敵を排除せよ!」

「「はっ!」」


 ライハの命令によってユウマが魔法を展開。アカリがニンマリと笑って八重歯を見せ、華麗な槍捌きを以って戦闘態勢に移る。


「『我が手繰るは水霊の加護。【水宙フロート】』」

「よっと」


 ユウマの魔法によって空中に水のが形成され、そこにアカリとユウマが飛び乗る。


「事態はよく分からないけど、手伝おうか?」


 襲撃かなんだかは知らないが、人類を少しでも減らせる絶好の口実が出来たと察知し、笑うアイリスが提案する。


「いらねぇ。っていうか、アイリスまで出たらいよいよ憐れを通り越すっての」

「それに、お前たちにおれ達の力を見せる丁度良い機会だからな。お前達がどういう人と手を結ぼうとしているのか見せてやる。カルメリアの時はこっちが一方的に見るだけになっちゃったからな」

「ま、そういうわけだ。――んじゃ、行ってくるぜ」


 まるで買い物に行くかのように気軽な挨拶をして二人は海賊『吼える狼ハウル』がいる方向へと飛んでいく。

 瞬く間に小さくなる二人の背中を見ながら心配そうな表情のソフィアがライハに尋ねた。


「ライハ様、本当にあの二人だけで大丈夫なのですか? 機獣を相手取れるとはいえ、海賊といえば海の上の住人。不慣れな場所で大人数と戦うのは……」

「大丈夫どころか、可哀想なくらいじゃよ。なにせあやつらは、。ワシですら敵うかどうか」

「え――」


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