「え――」
自信たっぷりに笑いながら言うライハにソフィアは驚いた。
トルル最強の力がどれほどのものかは分からないが、その肩書き故に五つの島を取り纏め、誰もが絶対的な忠誠心を抱いているのならばおおよその力量は分かる。
それなのに、自分が負けると言わんばかりの発言は思っても見なかった。
「滅多なことは仰らないでくださいライハ様。そう易々と他国の人間に『主君としての弱み』を見せてはなりませんよ」
「なに、むしろこれは『強み』じゃろ。ワシの仲間はワシに匹敵するほど強い。これほど他国への圧力になることはないじゃろう。――そうは思わんか?」
意味ありげに、胸中を射抜くようにライハはソフィアを見た。
「え、えぇ。そうですね……。頼りになる仲間が多いことこそが一番の抑止力になり得ますから」
「そういうことじゃ。ま、特別大使の力は伊達じゃない。海賊が海の上の住人ならば、フリューゲル兄妹は海の支配者じゃ――」
⭐︎
「――よーしお前ら! 情報通りなら今のシンラにライハはいねぇ!! シンラ武芸団が来る前に、奪えるモン奪ってズラかるぞ!」
「うおおおおお!」
「うへへっ!! 祭り前ってことは、金目のモンも飯もたらふくあるってことだよなぁ! このオレ様がなにもかも奪ってやらぁ!」
シンラの砂浜が見える位置に関船が二隻。海賊の数はおよそ三十名で、胴鎧を簡素に纏っている。その手に持つのは弓やファルシオンなど、武器に統一性はない。海賊らしくあり合わせなのだろう。
だが、その光景に訝しむ者らが彼らの上空にいた。
「殿がいないと思ってたとはいえ、この時期に仕掛けるなんて馬鹿のやることだと思ったけど……。なんだありゃ、ヤケに武器の『質』が良いじゃねぇか。海賊が持っていいモンじゃねぇぞ」
「見る限り、機獣製の剣も何本かあるな。奪ったにしては綺麗すぎるし、こりゃあきな臭くなってきたぞ」
フリューゲル兄妹が遥か上空から海賊の様相を考察する。
水のレンズをいくつも重ね、眼下に見える武器はどれも厚くそして鋭い。業物と言ってもいいものばかりだ。
「まぁなんだっていいさ。殿に不快な思いをさせるってならアタシの敵だ。アイツら全員、後悔させてやるよ」
「お前は本当に……。殿のことになると見境がなくなるというか……。好きすぎだろ。そんなんだからレイネの揶揄いも受け流せないんだよ」
「うっせーよ兄貴! そんなんじゃねぇっての! アタシはただ――」
意固地になるアカリを、いつものことだとユウマは受け流す。
「はいはい、分かってるよ。んで、どっちから仕掛ける?」
「んなの、アタシに決まってんだろ! 兄貴、援護任せたぞ!」
「りょーかい。ヘマするなよ」
「誰に言ってんだ!」
そう言って笑いながら飛び降りる。狙いは船のど真ん中だ。
「両舷停止! お前ら、武器を構えろ! 今から乗り込む――」
「――ようこそシンラへ、そしてさようなら!! テメェら全員、海の藻屑になって散りやがれ!!」
グシャアッと真下にいた船員を無傷で踏み潰し、一息で薙ぎ払った槍に巻き込まれた大の大人達が血飛沫と共に壊れた床に沈む。
今から――と思っていたところに突然の強襲。一瞬で何人もの仲間がやられたことと、小柄な身体に似つかわしくないその身体能力に海賊達は驚くばかり。
その隙を突かないアカリではない。
「はっはー! なんだなんだテメェら! そのご立派な武器は飾りかぁ!? そんな貧相なモンを殿に向けようなんざ失礼極まりねぇなぁおい!!」
「がっ……!」
「こ、このガキ……!! は、はやっ……!」
それなりに広い船とはいえ、何十人もの海賊がいる場所だ。人口密度がかなり高いのに、壁や柱、ユウマが生み出す小さな水宙を足場に三次元的な動きでアカリは海賊を翻弄する。
空中から見下ろす驚きの顔に槍を突き立て、それを支えに前方宙返り。正面にいた海賊二人を足蹴にして気絶させる。
「少女の如き姿にこの槍捌き……! こいつ、【海辺の夜明け団】のアカリ・フリューゲルか……!!?」
「なんでコイツがここにいるんだよ……! カルメリアに残ってるって話じゃなかったのか!?」
「ちょ、ちょっと待て……! コイツがここにいるってことは――がっ…!」
怯える船員たちの頭に水の矢が降り注ぎ、絶命する。
ユウマによる援護なのだが、冷徹に放った当の本人は上空で呆れていた。
「アカリの奴……。魔法も使えば一瞬だろうに……完全に憂さ晴らしでやってるなあれ。レイネの言葉がよっぽど効いてたんだな。まったく、ややこしい妹だな――っと」
手をかざし、水の矢を操作。人差し指を下に振るだけで、何本もの水の矢が動く船員たちの頭を正確に貫く。
「はっ相変わらず正確無比な援護助かるよ兄貴!」
「このっ……!」
後ろから振るわれるファルシオンを躱し、床に槍を突き立てて後ろ回し蹴り。顎を砕き、叩き伏せてアカリは着地する。
その生まれた空間の視線の先に矢を番えた船員がいた。
アカリは今、動ける体勢ではない。
「くたばれこのクソ野郎!! 『疾り纏え! 【
「ッ……!」
詠唱によって矢に膨大な風が纏わり付き、そのまま射出。
周りの被害を考えず、床や死体の肉を削りながら迫る矢を――
「おいおい、誰がクソ『野郎』だ! アタシはか弱い女だっての!!」
「がっ……!」
迫る矢を蹴り上げることで回避。同時に突き立てた槍を投げ、先程の矢よりも威力と速度のある槍が船員を貫いた。