目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

2-6 「滅却の豪槍」

 迫る矢を蹴り上げることで回避。同時に突き立てた槍を投げ、先程の矢よりも威力と速度のある槍が船員を貫いた。

 これで一隻分はあらかた排除完了。槍を抜いて『次』を見据えた時に、呆れ声と共にユウマが降りてきた。


「ふっお前がか弱い女だったら、世の中の女性は全員今頃床に伏せってるだろうな」

「おいおい兄貴まで、なんてことを言うんだ」

「事実だろ。それよりもう気は済んだな。だったら、とっとと片付けるぞ。他の奴らがどうか知らんが、また魔法を使われるのも面倒だしこれ以上殿とセレネたちを待たせるな」

「あいよ」


 笑みを消し、威圧するアカリに怯えた海賊達が隣の船に逃げようとする。


「ひ、ひぃぃぃぃ……!」

「こ、こんなの聞いてないぞ……! に、逃げろぉぉぉ……!」

「誰が逃すかっての」


 海賊達は大混乱。比較的無事だった残りの関船は急いで離脱を図ろうとし、逃げ遅れた船員達がそのまま海に落ちていく。

 だが、それを逃すアカリではない。

 アカリは逃げようとする船の後ろ――海の上に降り立ち、槍を縦に構える。


「『我が手繰るは水神の加護――』」


 ユウマと似た詠唱がその小さな口から静かに紡がれる。

 空中に莫大な量の水が出来上がり、海からも大量の水が飛び上がった。


「『我が手繰るは水霊の加護』」


 同じようにユウマがアカリの後ろに立つと、肩に手を乗せて詠唱を開始。アカリが生み出し続ける水を操作し、槍へと纏わりついていく。

 それがいつものことだと言わんばかりに、アカリは詠唱を続ける。


「『万夫不当、その一切を撃滅せん。さぁ立ち上がれ、夜の時間は終わりを告げる。陽の輝き、光の奔流』」


 詠唱が完全に終了。

 渦を巻き、莫大な量の水の槍は天にも昇るほどの豪槍となっている。シンラ中の人々がそれを目の当たりにし、鐘の音で不安になっていた心に安らぎが戻る。


「くたばれ! 【滅却の豪槍インフェル・トリアイナ】!」


 槍が振り下ろされ、竜巻状となった鋭い水の槍が真っ直ぐ水禍となって船に襲い掛かる。

 その激流は水面を削り、海を割り、海賊船を木っ端微塵に破壊した。


「ふぅ、これで一件落着ってね」

「お疲れさん。それじゃ、戻るぞ。殿達もいい加減お待ちかねだろう――」


 生まれた水の柱は、飛沫となって兄妹に降り注ぐが水を操れる二人には水滴一つたりとも付着しない。

 二人は悠々自適に【水宙フロート】に乗って、笑みを浮かべるライハの元へと戻っていく。



「う、わぁぁぁ……」


 巨大な水の柱すらもコントロールしている二人のその卓越した技巧にハーベが感嘆の声を漏らす。

 特に魔法を応用して使うクルルは、アカリが放つ魔法の威力とユウマの魔法制御力に目を見張っていた。


「――どうじゃ? ワシが誇るフリューゲル兄妹の力は」

「凄まじいの一言……ですね。まさかあそこまでの力を持っているとは思いませんでした……。カルメリアではあのような魔法は……」

「カルメリアは海が傍にあるとはいえ陸地じゃからの。本領を発揮出来んかっただけじゃ。水が潤沢にある場所なら、たとえ帝国軍であっても蹴散らせるわ」

「私的には悔しい限りでございますが、まぁそれでも彼女らの力を認めないほど愚かでもありません。ライハ様とフリューゲル兄妹の『三本柱』によってトルルが護られていることは事実でございます」

「三本柱……。なるほど、彼女達が特別大使の理由がよく分かったわ」


 心の底から信頼しているその言葉。力も忠誠心もフリューゲル兄妹はライハの懐刀に相応しいというわけだ。

 そこでアイリスは、その蒼い機械の瞳で捉えた兄妹のその動きを見てライハに尋ねる。


「なぁ、あの兄妹のあの身体能力。あれ『素の力』だろ? ただの人間がよくもまぁあそこまで動けるもんだ」

「ほう、気付いたのか。中々に慧眼じゃの。そうじゃ。例外帝国を除き、通例通りフリューゲル兄妹が使えるのは水の魔法だけである」

「え!?」


 ソフィアが驚く。彼女はアカリの動きを全部追えたわけじゃないが、上空から飛び降りた光景は見ていた。

 普通の人間ならば確実に死ぬ高さ。彼女も自分と同じ複数の魔法が使えるのではと思っていたのだ。


「詳しいことをワシの口から言うつもりはないがの、あやつ等のあの力は過去に刻まれた『呪い』も同然じゃよ」

「呪い……?」

「ああ。今でこそ制御出来ておるが、昔は触れるもの全部を壊しておっての。まるで箍が外れたようにその力を持て余しておったんじゃ。それこそ、自分の体すらも壊すほどにの。そんな力を『呪い』と呼ばずしてなんと言う?」


 制御出来なかった過去。それはよっぽどのことだったのだろう。ライハの口調がどこか悔いる様に腹立たしげなモノに変わっていた。

 その様子を見てこちらへ向かってくる兄妹を心配するソフィアをよそに、アイリスは自分の考えが間違っていなかったことを確信する。


「(身体能力が制御出来なかったことを呪い……か。だが、アレは脳のリミッターが外れてるだけだ。言い伝えにも、アイツらの過去にも興味はないが……やっぱり使えるな――)」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?