と、そこまで考えたところで兄妹が帰還。
兄妹を軽く労い、嬉しそうになったアカリの頭を撫でながらライハが移動を促す。
「それじゃあ面倒なモノも片付いたことじゃし、早く行こうかの。せっかく出向いたというのにお主らには散々待たせたことになって悪かったの」
「いえ。海賊が来て言うのはなんですが、良いものが見れたと言っておきます」
「クカカッ、帝国と渡り合っただけあって見かけによらず豪胆な奴じゃの! なるほど、アカリが気に入るわけじゃ! よし、このあとは盛大にもてなしてやろうぞ!」
「あ、ありがとうございます」
辺りに響くほどの笑い声と共に、ライハたちは歩き始める。ソフィアの横に並んで歩くスピードを合わせるあたりかなり気に入ったのだろう。
そんな二人の背中を見ながら、アイリスがソフィアにだけ聞こえる様に言う。
「(――おいマスター。表情に出さずによく聞け。こっからが大事だぞ)」
「(え?)」
「(見ただろ、あの二人の力。条件は限定的とはいえ、あの力はトルルの奴に匹敵する)」
「(アナタの言うトルルって……初代の?)」
「(あぁそうだ。と言っても、あの女は水の無い場所でも同等のモンを出してはいたがな。だが、この時代にあの時代と同じ威力を放てる奴がいるとは思わなかった。そんな奴を従えている上に『最強』と名乗れるソイツは、本当に最強かもしれないぜ)」
「(――――)」
淡々と告げられるアイリスの見立てにソフィアの胸中が驚きに満ちる。
隣をチラリと見れば、その当の本人は常に笑顔を民達に振り撒きながら歩いている。
民に慕われ、臣下に慕われ、自身も圧倒的な力を誇る『王』としての自分が目指す先の姿。
これから行われる会談で呑まれない為にも、ソフィアは覚悟を決めた。
「(トルルの国力の強さは三本柱だけじゃない……。あくまで強さの要因の一つなだけ。アイリスが言う様に、そんなトルルと同盟が組めるのならこれからがやりやすくなる……。だったら私がやるべきことは――)」
☆
しばらく歩き、『天最山』の長い石階段を昇ると、切り拓かれた山の中にある央都にソフィア達は辿り着く。
央都には数々の木製の住居があり、そこにライハの家臣や近衛兵らが住んでいるのだろう。
その中で、一際目立つ大きな建物がライハとカイリらが住んでいる。
その屋敷の一画。
大広間にてライハが上座に座っており、食事に舌鼓を打つソフィア達を見ている。彼らを挟む様に縦列にはフリューゲル兄妹がおり、レイネは別の職務に当たっているためここにはいない。
「どうじゃ? トルル自慢の新鮮な魚は。砂の大地たるクリュータリアでは決してお目にかかれない代物じゃろ」
「えぇ……! まさか魚を生で食べられるとは思いませんでした……! しかも、これほど濃厚な味とは!」
「そうじゃろそうじゃろ! さぁじゃんじゃん食え! トルルの食を心ゆくまで堪能せよ!」
ソフィア達の前には、これでもかと豪勢なトルルの料理が並んでいる。お頭付きの魚は綺麗に捌かれ、鮮やかな身を晒している。
正直、食べ慣れない料理の数々に最初は驚くばかりだったが、一口食べてみれば不安な思いは吹き飛び、今では三人共が次々に箸を口に運んでいた。
特に食べることが好きなハーベは、初めてのその味にもううっとりとしている。
と、そこに太陽を模したであろう鮮やかな着物を着た美しい女性が飲み物をお盆に乗せてやってきた」
「――お飲み物お持ちいたしました」
「あ、ありがとうございます。貴女は?」
「
「カイリって……」
短い黒髪に黄金色の大きな瞳。そこに宿る温かな心情と凪のように穏やかな声色。小さく柔らかな微笑みは、ライハとはまた違った意味でその心を安らかにさせてくれる。
「国のトップの妻だってのにこんな下々みたいなことをやってるたぁ、お前も随分と奇特なな奴だな」
「ちょ、アイリス様! 口調!」
料理を楽しんでいたハーベが、図々しく失礼な物言いのアイリスに思わず吹き出しそうになる。
流石に失礼すぎると思ったのか、ソフィアが謝罪する。
「も、申し訳ございませんライハ様……。それにカイリ様も……」
「構わぬよ、そのような口調には慣れておるからの。カイリも気にしてはおらんよ。のう?」
「えぇ。アイリス様、でしたか? これは私がやりたくてやっていることでございます。私、人に尽くすのが好きですので」
微笑みを絶やさずに言うカイリに、アイリスは少し物憂げな表情になる。
「尽くすのが好き、ねぇ」
小さく呟かれたその
そんなアイリスに構うことはなく、ライハは手を叩いて注意を惹きつける。
「――さてと、そろそろ本題に入るとしよう。確かフリューゲル兄妹の申し出じゃと、侯爵と同等の礼をするというものじゃったか?」
「は、い。殿も……分かっていらっしゃる……とは思いますが、おれ達は……命を助けられました」
「それを返すだけの礼をしなくちゃ義理を欠くと思ってな」
目線での促しにフリューゲル兄妹が改めて報告し、それにライハが頷く。
「うむ。其方らの言う通りじゃ。受けた義理は必ず返さねばならん。ワシとしてもレイトン商会に報奨金を渡し、友好関係を結ぶことに依存はない。力だって求めるなら貸そうではないか」
「そ、そんなあっさりと……。よろしいのですか?」
あっけらかんと言うライハにソフィアは拍子抜けする。
ライハにとってはたかが『一介の商会』。フリューゲル兄妹の申し出は無茶なモノとしか思えなかったのだが、こうも簡単に許可するとは思わなかったのだ。
「構わぬよ。このご時世、味方は多いに越したことはないからの。それもあの帝国を打倒出来るような味方なら尚更じゃ。あの国もいつまで大人しくしておるかは分からんからの」
その言葉でソフィアはアイリスが言っていたことを思い出し、ライハに尋ねる。
「ライハ様がそう考えているということは……、やはり帝国はいつかどこかに攻めると?」
「可能性は高いじゃろ。禁忌を破ったとはいえレストアーデ王国を滅ぼして莫大な『富』を得たオスカリアス帝国じゃ。ただでさえ貧困と餓死に喘いでいた帝国が、他国を支配する『味』を知ってしまった以上、奴らはもう止まらんよ」
憎々しげに言葉を紡ぐライハに、現状が厳しいことを突きつけられて思わずソフィアが歯噛みする。
「年々拡大していく軍拡に、威力だけを重視した魔法の研究。それに付随して増長する帝国軍人と民たちの選民意識。アレらはやがて全てを飲み込もうとするじゃろう。そうなった時に、こちらとしても頼れる力があるのは心強いということじゃ」
「なら――」
利害は一致。ライハが乗り気ならば目的だった同盟は簡単に果たせるだろう。
だが、そこでライハはその瞳を鋭くしてソフィアの顔を見た。
「じゃが、それはあくまで味方と『断言』出来る場合のみじゃ。恩義もあり、義理は返すつもりじゃがワシは『素顔』を見せぬ奴とは本音で話すことは出来んぞ――」