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トルル編第3章 王としての語らい

3-1 「新しき――」

「――――」


 こともなげに発せられたその言葉に、ソフィアは息を呑む。

 あまりにも唐突で、『向こう』から言ってくるとは思っていなかったのだ。心の準備も出来ず、喉が干上がって張り付いたがごとく否定の言葉を紡げない。


「殿……?」 


 フリューゲル兄妹の報告だけならば、ソフィアの正体を察することは出来ても目の前黒髪赤目の顔がその疑惑を否定する。

 なのに、その疑心を欠片も浮かび上がらせることなく、ライハの視線はソフィアを貫いていた。その眼は、ソフィアが顔を隠していると確信している。


「どうした? それとも、ワシらには顔を晒す必要性はないとでも?」

「それは……」


 ――分からないんじゃないのか? と、思わずソフィアがアイリスを睨むように見てしまう。

 ただ、仕掛けを講じたその当人も訝しむようにライハを見ていることから、アイリスにとっても想定外だったのだろう。

 だとすればもう、ここから切り返すことなんて出来ない。


「(まさか、こんな序盤に正体を明かすことになるなんて……)」


 顔を隠していることを見抜かれ、主導権を呆気なく握られてしまった自身への悔しさと、先史文明時代の『機械』の技術をも凌駕したライハの底知れなさに一抹の恐怖を覚える。

 もちろん、同盟を組む以上正体を明かすつもりではいた。だが、それはまだ先の未来でのこと。

 予定ではある程度交流を深めて『中身』を知って貰ってから切り出そうと思っていたところにこれだ。

 既にもう主導権を奪い返すことは不可能に近く、せめて気概だけは保とうと眼に力を込めながらソフィアは指輪ハイディを解き放った。


「こいつはッ……!」

「やはり、か」


 ふわりと黒髪が長い黄金色の髪へと変わり戻り、赤眼が碧眼になったことでフリューゲル兄妹の胸中に驚きと確信が生まれる。


「金髪碧眼の女。それだけなら大した特徴ではないが、その絶世とも言える美貌に、姿を隠し、今の世で帝国に敵対しようとするその覚悟。折れかけた心を繋ぎ止めて、ワシに見せる力ある眼。

 そこに中立国家で数年前まで鎖国していたクリュータリアから来たとなれば……。なるほど、フリューゲル兄妹の予測は正しかったようじゃの。ついでにワシの勘もの」


 懐からキセルを取り出して咥えると、突如火が点き煙が立ち上る。

 ゆらりと揺れる一条の煙は、まるでソフィアの心を投影しているかの様だった。


「――して、お主の名前はなんじゃ。この場にて名乗るが良い」


 言葉に圧を乗せてライハは尋ね、ソフィアは澱んだ気持ちを入れ替える様に大きく深呼吸。

 同格の立場として、名乗りを上げる。


「改めて、私の名前はソフィーリア・ヴァン・レストアーデ。今は無きレストアーデ王国の第一王女にして、新しき――」


 王国の次期女王。

 カルメリアにて騎士たちにも認められ、そう口にする覚悟は持っていた筈なのに、ソフィアはなぜかその言葉を放てられない。

 それは民から親しまれる『王としての格の差』を見せつけられてしまったこともあるが、何よりその意志を告げてトルルが敵に回らない保証がないからだ。

 十年前、あっという間に帝国が王国を制圧したせいで忘れられがちだが、禁忌の一文にはこうある。


 ――破れば即座にが敵国とみなす。


 事情も『裏』も知らないのなら、目の前の偉丈夫は今すぐにでも敵に回ってもおかしくない。『義理』で動く人間ならば尚更だ。

 友誼を結ぶとは言っても、現時点では所詮口約束。世界への義理か、個人への義理か、どちらが優先されているかは分からないが、トルル全体が敵になる可能性を考えれば慎重に事を進めなければならない。


 しかし、そんな逡巡を繰り返すソフィアにライハは失望を込めたため息を一つ。

 と、今度は糾弾にも似た視線をアイリスにぶつけた。


「ふん。まぁの正体はもう良い。それで、お主は『何』じゃ」

「なに……と来たか。別にオレはただの雇われだよ。仲間も少ない亡国の王女なんだ、腕利きは必要だろ?」

「腕利きなのは分かっちょる。じゃが…ただの雇われが、そんなをしておるわけなかろう」

「――――」


 ピクリと、呆れた物言いで確信を突いてくるライハに、今度こそアイリスは本当の驚きを見せる。その後ろではハーベとクルルも目を見開いていた。

 人工筋肉と人工皮膚で覆い被せているその四肢は傍目から見ればただの人間だ。兄妹の報告があったとしても、それならば『異常な右腕』と言うはずだった。


「そう身構えるでない。こんなのはただの観察で分かることじゃよ」

「へぇ、観察で……ねぇ」

「あぁ、そうじゃ。お主も上手く隠している様じゃが、地面を蹴る足裏の音に混ざって微かに刃が地面と擦れるような音がしておったからの。外付けの具足からならまだしも、肉の『奥』からそんな音がするとは思えん。まず間違いなく、人間ではなかろうて」


 意思疎通が出来ている以上、機獣ではなく、それでいて人間ではないとするならば選択肢は一つだけ。

 ライハが殺気を込めた視線をぶつけると、にんまりとアイリスは笑った。

 まるで、問題を解いた子供を褒めるように。


「よく気づいたな人間。お前はよっぽど五感が優れているらしい。素の状態でただの人間を越える奴はかつての時代にもそういなかったぞ。お前のその手は、マスター同様に『初代』に届いているな――」

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