日が暮れ空が黒色に染まる頃、シンラは灯籠によって明るく照らされている。その風情ある景色を更に彩るのは、鈴や笛、弦に太鼓の音色。
央都の真下の大広間では、櫓を囲む様に音に合わせて『二人一組の舞』が行われていた。
「こりゃまた、随分とはしゃいでるな……。これからが大変だって、分かってるんだろーなマスターらは」
「まぁずっと張り詰め続けても疲れるだけだろ。どうやらセレネは、こういった祭りに参加したこともないみたいだからな。人間、何かを成すには『ゆとり』っつーもんが必要なのさ」
「そういうものか、人間」
「そういうものだよ、魔王」
ソフィアとハーベが手を取り合いながら舞を行い、クルルはどこぞで引っ掛けた女性と共に舞っているのを、アイリスとアカリは外からじっと見つめている。
その姿はとても楽しそうで、音に合わせて適切に反応する身体の動きと灯籠の灯りに照らされる緩やかな
特にソフィアの方は踊りに対する基礎が備わっているのだろう。その姿は華々しく、同じく観客となっている人たちの視線は、ソフィアだけを追っていた。
「にしても、なんで前夜祭の締めくくりがコレなんだ?」
「舞ってのは祈りだからな。厄災が起きないよう、みんなで踊って祈るのさ。本当は選ばれた人がやるらしいんだが、大海嘯以来は祈りは多い方が良いって理由で殿がこうしたんだ。あとは、性別の陰陽を混ぜることで幸福を成すとかなんとか――らしい」
「陰陽……ねぇ。そんなのはお構いなしに見えるけど?」
「そりゃあ、こういうのは時の流れで移り変わるものだからな。細かいことは置いておいて、楽しめりゃそれでいいんだよ」
「ふーん、人間ってのはホント合理的か非合理的か分からない生き物だな」
老若男女、同性・異性関係なく行われる祈りの儀式。
こういう形而学上のモノはアイリスの知識にはあれど、その時代には廃れていた文化だ。それが復活を果たしていることは、
「合理的かどうかは知らないけど、時の流れでも残ってるのもあるぞ」
「というと?」
「言ったろ、選ばれた人って。この舞のシメを執り行うのはやっぱりあの人じゃないといけないのさ」
そうアカリが断言したところで、櫓の方で歓声が一際大きくなる。
それもそのはずだ。
ここは央都下の大広間。つまりその背後には央都に続く階段があり、そこから降りてくるのは当然トルルの現当主をおいて他にはいない。
「よっ! 待ってましたぁ!」
「殿ー! 頼んだぞー!」
「かっこいい、まいみせてー!」
降りて来たライハは、ソフィアたちに見せていた時のような簡素な着物は着ていない。純白を基調に様々な意匠をあしらい、『舞』ための衣裳としてここに立っていた。
櫓の中。誰もが見上げるライハは神々しく、皆の視線を奪っている。
そして、右手を掲げてライハは観衆に応えた。
「おう、全部ワシに任せぇ! ――じゃが、今日は特別での! ここに一人追加させるつもりじゃ!」
「特別?」
「追加?」
思いがけない宣言に、観衆たちがざわめき始める。
眼下で混乱する観衆たちを楽しそうに笑いながら、ライハは掲げていた右腕を平行に伸ばして指を突き立てる。
その先にいたのは、ただの傍観者となっていたアイリスだった。
「は? オレ?」
「……誰? あの娘。観光客?」
「なんで、観光客が殿と一緒に舞をやるんだ……?」
誰もが訝しみ、ざわめきがより一層広がる。
あまりにも突然のことで、アイリスは拒否しようと踵を返すが――
「さぁ、音楽隊よ! 音を鳴らせぇ! 儀式の始まりじゃ! 踊りたい奴は好きに踊って構わんぞ!」
「ちょっ……! ふざけんな……!」
ライハの魔法なのだろう。アイリスは何らかの『力』で引っ張られ、無理やりライハの隣に立たされていた。
そしてそのまま肩を掴まれ、仲良しアピール。それに殺気立つソフィアとアカリ。どちらもお互いが信頼する相手を睨んでいた。
「……おい、ライハ。これはなんの――」
「悪いのぉ機械の魔王、アイリスよ」
――
「ッ……!!」
それは、アイリスに備わる自動防衛機構。登録されている戦闘データに則って適切な対処を取らせるのだが、それが今発動したということは――。
「お前、何を……!」
「ちょっくら事情が出来ての。すまんがその『力』、ワシに見せてくれ。極力、民には分からぬ様にな」
「はぁ? 何を言って……ッ!!」
空気の揺らぎ、波を観測。
至近距離から放たれる衝撃波を顔を傾けることで躱し、即座に攻撃態勢へと移行。何が起きているかは分からないが、攻撃されたならば反撃するだけ。
それでも、事情という言葉は察している。
「よし、いいぞ! その調子じゃ!」
「このっ……! 後で説明しろよ……!」
断続的に繰り出される見えない攻撃だが、空気の流れを観測出来るアイリスの瞳ならそれを躱すことは容易。
頭上からの攻撃は横にズレることで躱し、下からの攻撃は飛び上がって右手を地面につけて一回転。右・左――と繰り返し避け、同時にライハに向かって反撃する。
「(完全無詠唱……。タイムラグなしに、イメージ通りの事象を起こす……。なるほど、やっぱりコイツは『
腕と脚を使って、縦横無尽に降り注ぐその攻撃を、ライハもスルリと全て交わしていく。傍目から見れば超高度な舞を行っている様に見えるだろう。
しかも、行っているのはトルルの象徴たるライハとこの世のモノとは思えぬ美貌を持った謎の女性。
それはまるで神々が降り立ったかのようで、二人だけの世界が構築される。観衆はそんな彼らを静かに見守っていた――。
やがて曲は終わり、静けさが音となると同時に歓声が爆発する。
「うーわっ……! スッゲェもん観た気がするぞ俺たち……!」
「あんなの見せられたらもう……今日は寝られそうにないわ……! 早く帰って家族と一緒に語り尽くさないと……!」
観衆の大興奮は冷めやらない。
そんな中、渦中の二人はというと――。
「おい、マスター。そろそろ離してくれても良くないか?」
「い、や、よ! ――ライハ殿! いやもう、『対等』ってことでライハって呼ばせてもらうわ! 私のアイリスを貴方には渡さないわよ!」
「おい」
央都へと続く階段横の藪の中。
アイリスの腕をぎゅっと抱えたソフィアがライハを睨んでいた。そんなソフィアから伝わる感情は『独占欲』。よっぽど二人の世界を見せつけられたのが堪えたのだろう。
立場も肩書きも何もかもかなぐり捨てたソフィアを、ライハは咎めることもなく呵々大笑としていた。
「はっはっは! こりゃまた随分と愛されておるのアイリスよ! ワシとしてはそれも全然アリじゃ。亡国の王女と機械の魔王のラブロマンスとやらも、面白そうじゃしの」
「んなっ……!」
「殿、そのくらいでいいだろ。いい加減、説明してくれよ」
頬を染めるソフィアに構わず、不貞腐れたアカリが主人に問う。アカリにとっても許せない光景ではあったが、意味もなくあんなことはやらないと確信しているのだ。
その気配を感じ取り、先を促されたライハは笑うのを止めて真剣な眼差しをソフィアとアイリスに向かう。
「そうじゃの。――合格じゃ。全力ではなかったとはいえ、よもやワシの攻撃を全て躱すとは思わなかったぞい」
「それはコッチのセリフだよ。まさか、この時代に自力でその領域に至っているとはな。限定的ではあるが、やっぱりライハの力は初代と同レベルに近い」
「それって……!」
力を認めるアイリスにソフィアは目を見開く。初代に近く、無詠唱で魔法を放っていたということは、ライハの力は『超能力』に近いと分かったからだ。
「魔王のお墨付きなら安心じゃの。これでなんとかなりそうじゃわい」
「殿……? 何を言って」
いつもライハとは思えぬ、誰かに『力』の証明をしてもらうことにアカリの胸中に嫌な予感が突き抜けた。
そんな不安げなアカリにライハはしっかり目線を合わせ、次にソフィアたちを見据えて頭を下げた。
「え……?」
「早速で申し訳ないが、同盟国としてお主らの力を借り受けたい。――この深夜、あるいは日の出かは分からんが、ワシらと共に戦ってくれ。トルルの危機じゃ」