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4-5 「皇帝陛下」

 ――そこは、へべレスタがカイリによって通された特別な客室。

 帝国の使者を入れるだけあって、豪華な調度品が品を損なわぬ様に広々とした空間に置かれている。

 その中心部にてへべレスタは片膝を付き、薄く光る『誰か』と話していた。


『――して、へべレスタよ。首尾はどうだ?』

「はっ陛下! 問題はありませぬ! 計画通り、シンラへの侵入を果たしました!」

『疑いは?』

「持たれておりませぬ!」


 ライハたちに見せていた情けない姿は何処へやら。

 軍団長に相応しい礼節と威厳を放ちながら、へべレスタは硬い口調で話し続け、『陛下』と呼ばれた男は彼を労う。


『流石は我が軍が誇る軍団長だ。其方はいつも、余の期待に答えてくれな。感謝するぞ』

「勿体なきお言葉……! 身に余る光栄であります……!」


 今にも咽び泣きそうなほど、へべレスタは悦びに震える。

 『陛下』はそんな彼の心の機微まで把握し、落ち着くまで待った。


『さて、本題はここからである。計画の第二段階はどうだ? 上手いこと進みそうか?』

「はっ! サルードはトルル側に処刑させ、遺体を持ち帰る契約はいたしました! これでトルルの不満や軋轢を解消し、怪しまれることなく『力』を回収できるでしょう」

『よろしい。では、サルードの遺体を回収次第、計画を最終段階へと移行せよ。タイミングはへべレスタに任せる』

「はっ! ですが、差し出がましい愚考かとは思いますが、本当によろしいのですか? これで本格的にトルルと戦争状態に入りますが……」

『問題ない』


 声が震えるへべレスタの心配を吹き飛ばすかのように、力強く端的な答えが返ってくる。


『元よりそのつもりだ。王国を滅ぼした時はあくまで『試運転』だったからな。ようやくアレが完成したのだ。今度こそ、余は『世界』を獲りに行くぞ。ついてこいへべレスタよ』

「〜〜〜〜〜ッ!! 仰せのままに……!!」


 『陛下』の宣言にへべレスタは歓喜に震える。逆立つ毛は否応なく高揚感を示しており、今か今かとへべレスタは早くも『その時』を待った。


『それよりも、だからこそ念を押したい。本当に計画に支障はないのだろうな? カルメリアの掌握に失敗した今、計画にズレが生じている。何度も仕掛けることも可能ではあるが、また不確定要素が入り込んでは面倒になる。変わったばかりの娘侯爵も、人材だけは恵まれているからな』

「はい。それにつきましてはご安心ください。こちらのは随分とトルル当主に気に入られているようで、疑う素振りも見せません。よっぽど、『彼女』の判断を信じているのでしょう。――それが、仇となることも知らずに」


 見下し、せせら笑うへべレスタを見て『陛下』も少し気を緩めた。

 二人の視線は、血塗られた畳の上に横たわる着物を着た黒髪の女性を捉えている。その周りには、祭りのモノと思われる書類が散らばっていた。

 その哀れな惨状を見た後、『陛下』はへべレスタの背後へと視線を移す。


『して、誰も疑っていないというのは事実であるか?』

「――はい、陛下。たとえ言葉の中に疑心が生まれたとしても、このがある限り真実には到達致しません。十年前から築き上げた信頼は、皮肉にも依存へと変わっているのです」


 怪しく笑う彼女は、己の眼に指を添える。まるで宝石を触るように優しく。


『ならよい。――では、後のことは全てへべレスタに任せる。余との会話もこれまでだ。次は直接会って話せることを願っておるぞ』

「はっ! 必ずや生きて帰ります、皇帝陛下!!!」


 そこで会話が終了し、『陛下』の姿が消えて沈黙が部屋に訪れる。

 ここでのやり取りを、もしとある兄妹や臣下が見ていれば、きっと『水映』と『声』の魔法の組み合わせだと思うだろう。

 しかし、亡国の王女と機械の魔王が見た時だけは必ずその呼び方は違う。

 彼女ら……そして、先史文明時代の人間ならこう呼称する。

 ――映像ホログラム通信と。

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