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3-3 「情けない姿」

「……身体を返せ? なんのことじゃ?」

「かつての時代、『お前ら』が戦利品とばかりに奪ったオレの身体の一部だよ。勝手に象徴だの意味の分からねぇことに使いやがって」

「象徴……じゃと?」

「それは……!?」


 苛立たしく、見せつけるように腕や脚を叩くアイリスに、ライハだけではなくフリューゲル兄妹も反応する。

 まるで毛が逆立つ動物の如く、彼らは間違いなく敵意をアイリスに向けていた。


「……お主、自分が何を言っておるか分かっちょるんか? お主は今、このトルルの象徴を寄越せと言いおったんじゃぞ。そんなものが本当にまかり通ると?」

「そうだ! 大体、この国の象徴は【機獣避けの陣】の要石として使われてんだ! それが無くなっちまったら、機獣が入ってくるだろうが!」

「それ、だけじゃない……。非脅海路ペレマーレが……無くなれば、これからの貿易などにも影響が出てくる……。そうなれば、間接的な被害も……増えるだろう。その責任は……お前が取る、のか?」


 断固としてアイリスの要求は許さないと、睨め付けるトルル陣営。

 それでも、アイリスは一歩も引かない。


「責任? 知ったことかそんなモノ。オレは人間に奪われた身体の一部を返せって言ってるだけだ。トルル当主、お前は義理を欠くのが嫌いなんだってな。だったら、『トルルの系譜』を受け継ぐ者として、どうするのが正しいかは理解してるはずだよな」

「うぬ……」

「それともなんだ? 奪ったモノを返さないっていう、簒奪者の誹りを受けたいか?」


 アイリスの言い分に思わずライハは唸ってしまう。暴論にも似た論理だが、筋そのものは通っていると理解してしまったのだ。

 他の者なら、何を言われようとも象徴を明け渡すことはしないだろう。だが、ライハは臣下にも恐れられるほど『義理』を重んじている。信念と言ってもいい。

 その心の芯が、象徴を明け渡す方に揺らいでいた。

 と、その時――


「ちょっとアイリス……! いきなりなんて要求してるのよ……!! それを要求するには早すぎるでしょ……!?」

「あん、なんだ。意気消沈してるかと思えば、急に声出すようになりやがって。別に良いだろ元々の目的の一つでもあるんだからよ」

「それとこれとは話が別なのよ……! あぁもう……まだ何も出来てないっていうのに……!」


 ライハの圧に呑まれていた筈のソフィアが、段階をスッとばしたアイリスの要求に我に返り、能天気を晒す契約者を小突く。

 主導権をずっと握られ、失望の眼差しに心が折れそうになり頭がぐちゃぐちゃになったとしても、筋道を外すわけにはいかなかった。


「何も出来なかったのは、マスターがチンタラやって呑まれてるからだろ。ったく、覚悟はとっくの昔に決まってんだから、そいつを突きつけてやりゃあ良いのによ。たかが雰囲気ごときにビビりやがって。オレに啖呵を切ったあの時のマスターはどこに行ったんだか」

「〜〜〜〜ッ! い、いいから! アナタは少し大人しくしていて……! そもそもいきなり魔王が目の前に現れたら冷静にいられるわけないでしょ! もっと相手のことを考えて――」

「考えてるよ。だからその隙を狙って要求を呑ませようとしたんだろうが。王になろうってんだから、もっと見下した腹芸くらいやってみろ。カルメリアじゃある程度は出来てただろ」

「そ、それは……!」


 カルメリアにてフリューゲル兄妹や大隊長を相手取った時のソフィアは、自分を決して『下』には見ていない。常に同格以上と定義して、相手の心理や行動を読み切り手球に取っていた。

 それが今やライハに出会ってからずっと縮こまってばかり。アイリスにとって、もどかしさしか感じなかった。


「まぁいい。マスターが出来るってんなら、さっさとコイツとの話にケリつけろ。元よりマスターがだらしないから、こっちに話が回ってきたんだろうが」

「うっ……!」


 怒りと呆れを孕んだ視線を受け、痛いところをつかれたとその柳眉が歪む。

 けれど、その通り。肺の中の空気を入れ替え、ライハに向き直ると、当の本人は面白いモノを見たように二人のやり取りを見ていた。 


「……魔王を支配、いや違うの。マスターと呼んでいるとはいえ主従制は感じさせぬ。よもや亡国の王女がかつての魔王と、これほどの友誼を結んでおるとはの」

「友誼を結んだつもりはない。マスターはお前らで言うただの共犯者だ」

「共犯者、のう。その言葉でお主らが何をしようとしているかは大凡想像はつく。二人のやり取りでもそれっぽいことは言っておったからの」


 言葉を切り、再びライハは何もかもを飲み込みそうなその仄暗い瞳をソフィアにぶつける。

 もう、言葉を止めることは許さぬと――。


「じゃからこそ、ここで改めて尋ねるぞソフィーリアよ。お主は何故、魔王と行動を共にする。これがどれだけ立場を危うくするかは分かっておるじゃろう。ワシの気程度で縮こまるその小さな背中で背負えるほど、世界は軽くないぞ。お主はそんな情けない姿をまだ臣下や民に見せると言うのか?」

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