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3-4 「レストアーデの女王」

「ッ……!」


 王の威を見せつけながら放たれた言葉の槍が、ソフィアの心を抉る。

 ソフィアは今、失望の眼差しを受けるのが怖いと心の底から思っている。ただでさえ、自分勝手に命を差し出しているのだ。ソフィアに未来はないと見限って離れていってもおかしくない。

 それでも、恐怖を誤魔化してでも、ここで立ち上がらなければ――と思っていたその時。

 真っ先に立ち上がったのは彼女の臣下達だった。


「――ご心配なく。我らの王の背は小さいのではありませぬ。懐が広いのです。なにせ魔王を仲間に引き入れる様なお方ですからの」

「そうです! 私たちは決してソフィア様だけに背負わせたりしません! この身は一蓮托生! ソフィア様と共に命と希望を背負うんです!」

「ハーべ、クルル……」


 思いがけない後ろからの声援に、ソフィアの声が震える。


「ソフィア様は一人で戦っているんじゃないんです! 膝が折れそうなら支えるのが、わたし達臣下の役目! もっとわたし達に頼ってくれて良いんですよ!」

「あ――」


 彼女の心を知り、共に時間を過ごした臣下は柔ではない。ハーベとクルルはずっと見てきたのだ。

 家族を殺され、王国を奪われ、命を狙われながらも決して折れることなく、いつの日か取り戻すと己を磨き続けたソフィアの強き心を。

 彼女だってまだ十七の少女。滅亡した王国は時の流れで名前だけが刻まれるのが自然の摂理。それを考えれば、その小さな背中に乗る重すぎる期待は降ろしたとしても誰も文句は言わない。

 それでも、今帝国によって苦しめられている王国民の為、理不尽にも命を奪われた家族の想いの為に、何度も立ち上がる。

 そんな主人を支えずして臣下の資格はない。


「わたし達は、力のあるなしで従うわけでもなければ、唯一の王族だからというわけでもありません。ソフィア様だからわたし達はこの心を預けたくなるんです! 騎士達も国民達もきっとそうです!」

「ソフィア様。貴方は貴女様のお心のままにお進みあれ。つゆ払いは儂らが致しまする。まぁ、命を勝手に賭けたことは後でお説教ですがな――」


 ソフィアの小さくも厚い背中に手を添え、想いを託しながら『責任』を受け取る二人の臣下。

 背中から伝わるその熱は、凍えていたソフィアの心を温めた。その瞬間、ふっと力が抜け軽くなった気がした。


「(あぁ……そうだ。私……独りじゃないんだ……)」


 当たり前の事実に今更ながら改めて自覚するソフィアが、思わず自分に笑ってしまう。

 私がやらないと――という気持ちばかりで、誰かに頼るなんてことは今までソフィアがやっていなかった。

 唯一寄りかかった存在といえば、そう。共犯者にして同類の、隣にいる機械の魔王だけ。熱を帯びた碧色の瞳がアイリスを貫く。

 それと、パスからソフィアの言葉にならない『熱い想いの丈』が流れこみ、アイリスはなんだかもどかしくなって、ついその言葉を紡いだ。


「まぁ、オレはお前が何でうだうだ考えてるかは知らないけどよ、そんなに復讐に塗れた心を見られるのが怖いんだったら思い出せよ。復興を手伝った時のカルメリア領民達の感謝と笑顔、襲撃の際の一騎打ち。その果ての歓声をよ。アレはマスターが復讐を果たしたから喜んでるんじゃねぇ、命を賭して守ってくれたから喜んでるんだろ」

「アイリス……」

「オレとの契約の時も思い出せ。お前は復讐だのなんだの言いながら、その憎しみの源泉は常に王国を守りたい・取り戻したいって意思から湧き出てるモンだろ。復讐なんて分かりやすい言葉を使って悪辣ぶるなんざ500年早えよ」


 ふんっと、なぜか拗ねたような表情でアイリスはソフィアを見る。


「クソムカつくが、マスターは同じだよ。全人類も守る為にオレという最凶の兵器に立ち向かったレストアーデとな。アイツを見てたからよく分かる。導き、救ってくれる存在を誰が嫌うってんだ――」


 かつての戦の記録。今となっては凄惨な映像としてしか残っていないが、アイリスの瞳が捉え続けたモノは、レストアーデが先頭に立っている光景が圧倒的に多い。

 そしてそんな彼に誰もが怯えることもなく、アイリスに立ち向かっていた。

 果敢な初代の誇りある姿。ソフィアは見せられた時の映像記録を思い出し、自身の背に続く臣下を思って心に『炎』を宿す。


「――先程までのご無礼失礼致しました、ライハ殿。見苦しい姿をお見せしました」

「ほぅ、ここで持ち直したか。良い臣下を持ったの」

「はい。私が誇る最高の仲間です」


 肩に力が抜け、柔らかに微笑むソフィアを見てようやくライハは正面から彼女を見据えた。


「では、再びお主に問う。その最高の仲間と魔王と共に何を成す」

「帝国を打ち滅ぼし、王国を取り戻す。私はそれだけを目指すわ」

「帝国の力は強大じゃぞ? たとえトルルと同盟を組んだとしても、その戦力差は歴然。お主は折角拾ったその命をむざむざ捨てると言うのか?」


 その言葉に、ソフィアは胸に手を当てながらハーベ・クルル・アイリスを見て、カルメリアに住むアステリアと騎士たち、領民を想う。

 燃えたぎる心の熱が四肢に伝播し、彼女の威が臣下にも通じて自然と力が漲る。


「こんな私を慕ってくれる者たちがいる。こんな私に期待してくれる人がいる。こんな私の野望を信じて待つ人たちがいる。その者達のために、何より私自身のために、私は決してこの歩みを止めるつもりはないわ!」

「重ねて質問する。お主がそこまでする意味は?」

「そんなの決まっているじゃない!」


 猛る焔のごとく黄金色の髪が揺らめき、レストアーデたる碧い眼に熱を帯びながらソフィアは力強く宣言する。


「私がレストアーデ王国の女王王、ソフィーリア・ヴァン・レストアーデだからよ!」


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