「――さぁ焼けたぞぉ! 濃厚な脂が滴る若鮎の塩焼きだ! 食べた瞬間、じゅわっと口と鼻に広がる芳醇な香りは天にも昇れる美味さをしているぞ!」
「はっ! 折角の【
「はぁ!? ふざけんな! 旬の方が喜ばれるに決まってんだろ!」
「なんだ? やるか?」
「やってやらぁ!!」
海辺からずっと大きな賑わいを見せるシンラの街中。
道の両脇には多種多様な屋台が立ち並び、建物と建物の間の宙には飾りが付けられている。
どこを歩いても、明るい声と芳しい料理の香りが漂っており、シンラの人々は目一杯それらを楽しんでいる。
【清祓祭】。年に一度開かれるトルル全体でのお祭りの中を、民族衣装の着物に身を包んだソフィア達は和気藹々と楽しんでいた。
「『セレネ』様、『セレネ』様! これ食べてみてください! 魚を焼いただけなのに、とっっっっても美味しいですよ!」
「ほんとね……。こんなに香り高くて瑞々しい魚を食べたのは初めてだわ……。王都にいた時でも食べことないわ……」
串に刺さった焼き魚を食べ、その美味しさにソフィアとハーベは目を丸くする。パリッとした皮目に滴る脂、若鮎と炭の香りが食欲を更に増進させていた。
その隣では、クルルがどこか口惜しそうに唐揚げを堪能している。
「海洋国家だから魚ばかりかと思えば、このような肉も食べられるとは。うむ、これは酒が欲しくなる味だの……!」
三者三様、目新しい食の豊富さに感動を覚えながらトルルの食文化を味わっている。
王国では城暮らし、潜伏していたクリュータリアでもその身分から良い食事を取れて排他のだが、そんな彼女らをしても味わったことがない。
これが庶民でも気軽に食べられるのだから、驚きは二倍だった。
「ったく、どいつもこいつも……。浮かれすぎだろ」
「ねぇねぇアイリス! これ凄いわよ! 冷んやりしてて、暑さを吹き飛ばしてくれるの!」
「んぐっ……!」
目的を果たしたことで気が緩んでいるのか、年相応に興奮して楽しむソフィアがアイリスの口にその串を突っ込んだ。
「これ……。凄いって、ただのピクルスじゃないか。この程度のモン、マスターならいくらでも食べてきただろ」
「そりゃあピクルスは食べたことあるけど、こんな『熱冷まし用』も兼ねたピクルスなんて食べたことないわ。他の食べ物もそうだけど、この国は食に対する発想が飛び抜けてると思わない?」
「そうですな。見る限り、トルルの食文化は『引き算』が基盤にあるのでしょう。だからこうして、誰もが素材を活かせる料理を作れるのだと思います」
「食が豊かな国は、そのまま国力の大きさを表しますからね。ここら一帯を見るだけでも、トルルの『強さ』が分かりますよ」
食事を堪能しながらも、臣下としての役目は忘れない。些細なところからでも読み取り、何かに活かせる情報としてインプットしていた。
「食文化、ねぇ。歴史が戻っても、やっぱこういうところは変わらないのか」
「アイリスがそう言うってことは、これもあなたの時代に作られていたの?」
「そりゃな。あの時代は、ある意味で人類史の終着点だったからな。食というカテゴリひとつとってもその中身は膨大だ。んでもって、オレの頭の中にはそのレシピが全部入ってる」
「えっ……!? って、ことはもしかして、わたし達も先史文明の食事が……?」
「まぁ食材と調味料があるなら作ってやるよ。まぁ気が向いたらだけど」
冷えた
無理もない。これまでアイリスが、ソフィア以外の誰かの為に動くことなんて一度も無かったのだ。
アイリスが向ける
「私、知ってるわ……。こういうのを『デレ』って言うんでしょ……?」
「た、多分……?」
「――こんなところで止まってなに顔を赤らめてんだお前ら。暑いんだったら、もっとソレ食いなよ」
アイリスの優しさに顔を赤らめてニマニマしていたところに、アカリがやってくる。よっぽどソフィア達の顔が変だったのだろう。彼女の顔は怪訝さに満ちていた。
「あ、アカリ……! これはその、なんでもないわ!」
「ん? まぁいいや。待たせて悪かったね」
「い、いえ、わたし達も楽しんでいたので大丈夫です。それより、ユウマさんは……?」
「兄貴ならやることがあるから、そっちにかかりっきり。それより、楽しんでくれているようで何よりだ。ここからはアタシが案内するからついてきてくれ」
ニカッと笑って、ソフィア達を誘導するようにアカリは前を歩いていく。
その隣に向かって、とととっとソフィアが駆け寄った。
「どうかしたか?」
「まだ礼を言っていないと思ってね。ここまで連れてきてくれて、ありがとうアカリ。貴女たちがいなかったら、私はライハ様と手を結ぶことは出来なかったわ」
「別に、アタシは自分の意志に従ったまでさ。それに、殿に認められたのはアンタの力だよ。気持ち良かったぜあの啖呵は」
昨日のことを思い出し、満足げなアカリを見て少し照れるが、謙遜であってもソフィアはソレを否定しない。
あの言葉は、ソフィアの覚悟であり全てが詰まっている。臣下たちの覚悟も入っている以上、ほんの僅かでも否定の気持ちを入れたくなかった。
「全部、私を支えてくれる人たちのおかげよ。仲間がいるおかげで、私はこうして立っていられるもの」
「慕われるってのは『良い王』の条件だからな。殿もそれが分かったからこそ、認めたんだろうし。アタシとしても、こうしてアンタ達と歩けることを誇りに思うよ。――その服も似合ってるぜ」
用意した甲斐があった――と民族衣装を着こなし、トルルの街並みにも馴染むソフィア達を見てアカリは自分で自分のセンスを褒める。
この中で唯一のクルルには藍色の着流しを着せ、女性陣+アイリスにはアカリが着ているような改造着物を着せている。
それぞれ髪と瞳の色に映えるように、純粋なソフィアは白と青を基調としており、ハーベは本人の気質通り温もりを感じさせる小麦色。アイリスは黒と蒼が基調で、黒のタイツを履いて人工肌を隠している。
足元は軽いブーツサンダルで、着物の節々にネモフィラの意匠があしらわれていた。
「こういう服を着るのも初めてだけど、結構涼しいのね。肌が見えてるのはちょっと恥ずかしいけど……」
「動きやすさと気品を両立させるのって結構難しいんですよね。トルルは本当、そういう方面の文化に富んでいますよね」
「まぁ島国だしな。そりゃ文化は独自に発展していくさ。それに、トルルは高温多湿だからな。内陸の様に着込んでたら、一々肌に張り付いて気持ち悪くなるんだよね」
「だから極力一枚の布みたいになっているってことですか……」
「面白いわね」
「まぁその代わり、クルルタリスの旦那が着ているような簡素な服になりがちなんだけどな。アタシはそれが嫌だから、こうやって改造してるわけ。どう? 可愛いだろ」
ニシシッとその場でくるりと回って自分のセンスをアピールする。着物の改造はアカリが初めての試みらしく、新しい価値観を取り入れたことに満足している様だった。
――と、そこに……
「――