「――いやはや、祭りというめでたい日を前にこうも解決せねばならぬ問題が立て続けに起こるとは。どうにもライハ殿は『悪縁』と結びつきやすい人生のようですの」
北の島『タイカイ』の長・アスミが、ニチャリと粘着性のある笑みを携えながら上座に座るライハをしゃがれた声で皮肉る。
ここは、先日ソフィアたちを招いた屋敷の大広間。そこに四人の老中が集められている。
「そういうお主は骨と皮が結び付いた枯れ木の様な身体をどうにかすべきであろう。その様に病的な姿を民達が見て、誰が安心できる。早くご隠居されては?」
「そもそも、その問題を持ってきているのはアスミであろうが。いい加減、お前は海賊どもを排除せんか。アスミが【海賊島】をいつまでも放置しているから奴らが、のさばり続けているのだろう。長として居続けるなら、島と最も近く防衛を担うタイカイの役割を放棄するでない」
アスミの横に座る、『サイレイ』の長・ハイロウが逆に皮肉を返し、ハイロウの対面に座る『テンチ』の長・ヨヅルが眉間に皺を寄せて叱責する。
そんな二人の老中に睨まれながらも、アスミはその貼り付けた笑みを消さない。
「ハイロウ殿、ご心配無用じゃよ。拙の見てくれこそか細いが、この胸の裡は肥えに肥えまくっておるよ。まだしばらくは元気に過ごせるわい。それこそ、今すぐにでも殿の後を継げるくらいにの」
「お主! よもや、この場でよくもその様な下品なことを言うとは! 殿へと反旗を翻すつもりか!」
決して穏やかではないアスミの発言に忠を誓っているハイロウが思わず空の左腰に手を添える。
そこには武器があったのだろう。つまり斬る覚悟があったわけだが、それでも老獪の欲深い笑みが消えることはない。
「なに、一々事を荒立てるでない。こんなのは、ただの冗談であろう冗談。そうでございましょう? 殿」
「そうじゃな。アスミ殿は単に、自分の健康加減を表したにすぎぬ。ワシとしても、たとえ今死んだとしても後釜がいるとなれば安心出来るというものじゃ」
「殿、そんな滅多なことは言わないでくださいませ……」
慇懃無礼なアスミの態度にも、ライハは笑って受け流す。というよりも、当たり障りのないことを言ってそうするしか出来ないのだ。
いかに民達から支持を得て、尋常ならざる『力』で当主となったものの、老中達からすれば子供も同然。
一癖も二癖もあり、腹の中が何色かも分からない老獪な政治屋達を相手にするには経験が足りなかった。
「まぁ拙のことはそのくらいで、ヨヅル殿も無茶を言わんでくれぃ。いくら近いとはいえ、海賊島は今や機獣が跋扈する不可侵領域。安易に踏み込むことは出来んて」
「それも、アスミが結界の要石の一部を盗まれた結果であろう」
「いやはや、奴らも中々賢しいということじゃよ。まさか近づけさせない為の要石を、
「ふん、だとしても盗まれた事実には変わりなかろうて。まったく落ち度ばかり殿に渡しおってからに、歳が歳ならすぐに裁かれてもおかしくないのだぞ」
「ふっ、歳は取っておくものですなぁ。おかげで拙もまだこうして生きていられる」
ヨヅルの追求すらも、アスミは意に介さず更にのらりくらりと皮肉を返す。
――パァンッ
柏手が一つ。音の発生源は、アスミの対面に座っていた『バンゾウ』の長・ヤエ
ライハ以外の誰もが老獪である中で、唯一の女性たるヤエの歳は九十九と最年長。身体は小さく、叩いた腕は枯れ木のように細いが、その眼差しはライハに勝るとも劣らない。相談役としてライハを含め全員が彼女に敬意を払っている。
「その辺にせんか愚か者どもめ。我らが今ここに集められたのは、互いを糾弾することではなかろう。考えるべきは、我らの『敵』をどうするかじゃないんか?」
「うっ……!」
「申し訳ない……ヤエ様。それに殿も、申し訳ありませぬ」
まさに鶴の一声。鋭い声色と眼光に、沸き立っていた『熱』が鎮火する。
それを見計らい、パンパンと手を叩いたライハが視線を集めた。
「さて、ヤエ婆の言う通り。この場で話すべきことは、ワシらに矛先を向けた帝国にどのような沙汰を突きつけるかじゃ。フリューゲル兄妹の報告は聞いておるな?」
「えぇ。まさか、帝国があそこまで派手に動くとは……。サルード伯爵とやらは今どこに?」
「地下の牢に繋いでおる。今すぐにでも処刑にしても良いんじゃが、新たな帝国の使者が今日にでも来るみたいでの。政治的な面も加味して、それ次第となる」
「まぁ、深い謝罪と金品の要求が妥当ではありますなライハ殿。特別大使殿の殺害を企てたとはいえ、お二人は死んでおらぬのですからな。いや、ここはお二人の『頑張り』のおかげで、と言い換えるべきですかな? フォッフォッフォ」
正面から素直に物を言えないのか、笑いながらアスミは案を告げる。
とはいえ、無礼を感じさせる発言とは裏腹にその案自体は、アスミの言う通り妥当なところではあった。それ以上のことは望めそうにないこともライハは分かっている。
一応、自分の信条に従って処刑許可を要求するつもりではあるが。
「帝国の使者……。トルルに入れて大丈夫ですかの……?」
眉間に寄せた皺を更に深くしたヨヅルが『可能性』を憂う。老中の中でも最も警戒心が強いヨヅルにとって、このタイミングでの使者はトルルを攻め入る口実にすら思えていた。
「そこはカイリを付ければ問題なかろう。もし害意を持っている様ならば、その場でサルード諸共処刑するまでよ」
「いかに帝国であろうと、『視る』だけで分かる以上どうすることも出来ませぬ。それもまた良案かと」
「ふむ……。一つよろしいかの、ライハ殿。ライハ殿に聴かせたいことがありまして」
「ワシに?」
ニタニタと笑いながら手を上げたアスミが、ライハに進言する。
だがその声色は、先程までとは違って真剣そのものだった。
「その当のカイリ殿ですが――」
「――失礼します。『お客様』がお見えになりました」
アスミの言葉を遮ったのは、襖を叩く音とその向こうから届くカイリの声。
進言が中断され少し気分が削がれたアスミだったが、流石は老中。即座に切り替え、その扉が開く時を待つ。
空気が張り詰め、牽制し合っていた老中たちはもういない。ライハたちが見据えるのは、帝国の使者の見定めだけでありその心は一致していた。
「あい、分かった。通してよいぞ――」