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5-2 「『ボク』と『俺様』」

 そこで方針を決めたと同時に、鉄格子にかかった錠前が外れる。ぐしゃりと、ゴミ屑のように潰されたその錠前を見るに一瞬で壊すことは出来たのだが、外に出れて喜ぶサルードはそれに気付かない。

 今にも天にも昇りそうな喜びの感情を全身で表しながら、このような仕打ちをした者たち全員への憎悪を募らせていた。


「サルード伯。その二人は今もこのトルルにいるのですね?」

「あぁそうだ! 従者らしき男と女を引き連れて、楽しそうに陽の下を歩いておる! 軍団長! 伯爵として命ずる! トルルの当主たちを含め、帝国に弓引く奴らを成敗せよ! 必ず奴らを殺すのだ!!」

「えぇ、勿論です。陛下からもそのような任務を承っていますから、戦うことに異論はありません。ですが、そのためにはサルード伯の協力も必要です」

「我輩の協力……?」

「はい。なに、難しいことじゃありません。――ただ、死んでいただくだけで構いませんよ」

「は――」


 ぐしゃり。

 生々しく肉と骨が貫く音がサルードの耳朶を打つ。視線を下に移すと、太い腕が少し痩せた胸を突き破っていた。

 そのへべレスタの手の中には、まだ鼓動を打つ心臓が生きようと必死にもがいている。


「本来であれば、貴方が処刑されたあとに回収するつもりだったのですが予定変更です。そのような強者がいるのであれば、今すぐ回収しないと」

「な……にを……」

「貴方の死は覆らないという話さ。陛下より『解錠結晶リベルタス』を賜っておきながら、カルメリアの掌握に失敗した挙句、トルルに対して帝国への付け入る隙を与えた貴方にはもう生きる価値は何一つない」


 胸と共に、蔑みの言葉がサルードを貫く。


「ボクがここに来たのは、解錠結晶を回収するためだ。アレだけは帝国の外の人間に渡すわけにはいかないからね」

「あ、がががが……!」

「まったく。おかげでトルルの老人ごときに、あんな無様な土下座までしなくてはならなかったんだ。まだ貴方が息をしていることに、感謝してほしいくらいだ」


 貫いた腕をぐりぐりと回して肉をかき分けると、筆舌に尽くしがたい激痛がサルードの全身を駆け巡る。

 この痛みが生きている証なのだが、サルードにとってはまさに生き地獄。殺すならさっさと殺して欲しいとさえ思っていた。


「だけど、ボクもこれまで帝国に尽くしてきた伯爵に慈悲がないわけじゃあない。辞世の句くらいなら聞いてあげるけど、何か言いたいことはあるかい?」

「あ……う……。ごぼっ……」


 喉に詰まった血溜まりを吐き出し、少しでも声の通りを良くする。


「帝国に……栄光、あれ……。皇帝……陛下に、永遠の忠誠を……。ばん……ざい……」


 サルードの呼吸が停止する。

 唐突に訪れた理不尽、全身に走る激痛に、迫る死の恐怖。しかして、サルードの死に顔は笑みに満ちていた。


「アレだけ怒りと憎悪を撒き散らしながら、死に対して恨むことなく帝国の繁栄を願う――か」


 サルードに対してほとんど無感情だったへべレスタの冷え切った心が、厚き忠誠の想いを聞いて熱を灯す。

 今へべレスタは初めてサルードに敬意を抱いた。

 胸から腕を抜き、優しく寝かせるとその安らかなサルードの顔に手を置く。


「見事ですサルード伯爵。貴方の忠義は必ずや陛下にお伝えしましょう。では、さようなら」


 五指に力を込めると、頭蓋が破壊され脳漿が飛び出る。

 およそ人の尊厳を無視された死体だが、それを実行したへべレスタの気持ちは不変的。毎日服を着るように当たり前で、心に揺らぎは微塵もない。

 敬意を持ったまま崩れた脳をかき分け、肉溜まりの中から小石サイズの赤く光る柔らかな『結晶』を取り出した。


「魔法増幅装置『解錠結晶』の回収に成功。計画を前倒しし、第二段階へと移行する。――あとの事は任せたよ『ボク』」


 『解錠結晶』を懐にしまった途端、先ほどまでと打って変わってその様相が酷く攻撃的になる。

 瞳と口端は鋭く吊り上がり、肺に溜まった熱い息が全て吐き出された。


「クハッ! ようやく『俺様』の出番か! 随分待たせやがって、この鬱憤はトルルの連中とクリュータリアの奴らにぶつけてやらぁ!!」


 その姿はまるで血気盛んな猛犬そのもの。

 人格が入れ替わり天井に向かって吠えると、瀑布のごとき『害意』が地上にいるカイリの眼に襲い掛かった。

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