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5「異世界に前世の後輩がいた件」

 そうして数時間後。

 私たちは男爵領の領都ワークシュタットの中心、落ち着いた感じのお屋敷の前に立っていた。


「お話は早馬から伺っておりました」


 出迎えてくれたのは、上品で小綺麗な感じの貴婦人。

 前辺境伯のようなけばけばしい貴族服ではなく、田舎の小領の婦人らしい、落ち着いた色合いの簡素なドレスだ。

 年の頃は三十代半ばといったところだろうか。


「わたくし、ワークシュタット男爵夫人のコトリン・フォン・ワークシュタットと申します。あいにく主人は出ておりまして」


「コトリン……?」


 何やら、聞き覚えがある。

 あっ! 『Kotlin』は主にスマホのAndroid端末向けプログラミング言語で、あの有名な『Java』の発展型とも言うべき言語だ。

 エクセルシア、ソラ = ト = ブ = モンティ・パイソン、コボル = フォートロン……メタ読みな話だが、プログラミング言語が元になっている名前の持ち主は、異世界転生者である可能性が高い。

 私は言わずもがな、帝国の始皇帝も、前辺境伯も、地球からの転生者である可能性が極めて高いのだ。

 つまり、この貴婦人、もとい貴夫人も――?


「……■■工業株式会社」


 私のつぶやきに、コトリン夫人がぎょっとした。


「ご存知ですか?」


「まさか……まさかまさかまさか!」夫人は顔面蒼白だ。「でも、エクセルシア・フォン・ビジュアルベーシックって。エクセル、エクセル神、■■工業のバックオフィスの守り神」


 コトリン夫人が私に駆け寄って、私の手をぎゅっと握った。

 クゥン君とヴァルキリエさんが剣に触れるが、私は二人を制止する。


「もしかして」夫人が囁いた。「■■先輩?」


「ってことは、アナタは風花ちゃん?」


 私の後輩。

 愛沢部長の壮絶なセクハラパワハラに耐えきれず、心身を壊してしまった可愛そうな子。

 私が守りきれなかった……後輩。


「あぁ、あぁぁ……先輩、お久しぶりです。本当、本当に久しぶり。数十年ぶり……」





   ◇   ◆   ◇   ◆





 ヴァルキリエさんとクゥン君に無理を言って、人払いをしてもらった。


「まさか先輩まで転生していたとは」


 ふたりきりの応接室で、コトリン夫人――もとい風花ちゃんが微笑む。


「こっちこそびっくりしたよ。随分と馴染んでるみたいだね」


「そりゃ、赤ちゃんスタートからの、35年ですもの」


「赤ちゃんスタート! そういうのもあるのか!」


「先輩は違ったんですか?」


「聞いてよもーっ。大変だったんだから!」


 私は思いっきり喋る。

 前世のノリで、愛沢部長もとい前辺境伯への愚痴やら今までの苦労やらをべらべらと。

 クゥン君やヴァルキリエさん、クローネさんにどれだけ心を許しても、転生のことを隠している以上、どうしても発言にはブレーキがかかってしまう。

『喋っちゃいけない前世ワード』を常に意識しながら喋るというのは、どうしたってストレスを感じるものだ。

 その点、風花ちゃん相手だと気が楽だ。

 ものすごく楽。自然と気も口も軽くなる。


「前辺境伯……600人以上も娶って、しかも良いウワサをまるで聞かない方だったけど、まさかそんなモラハラパワハラ男だったとは!」


「その名もコボル = フォートロン。メタ読みになるんだけど、コトリンちゃんも私もプログラミング言語が名前の元になってるでしょう? だから間違いなく、前辺境伯も転生者よ」


「へぇ」


「誰だと思う?」


「いや、ノーヒントじゃ分かりませんよ。地球にいった何十億人いると思ってるんですか」


「それが、意外と身近な人間だと思うの。だってこの星の、この大陸の、この国の、お隣同士に私と風花ちゃんが転生したんだもの。原因も理屈も分からないし、根拠のない憶測でしかないけれど、たぶん、■■工業の総務部情報管理課で不遇の死を遂げたメンバーは、みんな転生している気がするの」


「ってことは、そのパワハラモラハラ男って……」


「うん。愛沢部長」


「げぇええええっ!?」風花ちゃんもといコトリン夫人、淑女らしからぬ声を上げる。「でも、本当に!?」


「本人の口から聞いたわけじゃないよ。けど、喋り方とか立ち居振る舞いとか、分断統治のやり方とか、そっくりなんだよね。極めつけは、『友愛ポイント』」


「出たぁああああッ!」コトリン夫人、頭を抱える。「それ、もう間違いないじゃないですか!」


「でしょう? 今頃は、地位も名誉もお金もぜーーーんぶ失って、仕事でも探してるんじゃないかな?」


「ざまぁ見晒せぇえええ!」


 ガッツポーズのコトリン夫人。


「風花ちゃんも、愛沢部長にはだいぶやられてたもんねぇ。……最後まで守ってあげられなくて、ごめん」


「いえいえ、気にしないでください。悪いのは全部、あの男なんですから。いやー、それにしても、あの愛沢部長が路頭に迷う日が来るとは! 今夜のお食事は、さぞ美味しいことでしょう」


「と、ところで……こういうの聞いてよいのか分からないんだけど」


 嫌な予感がする。

 さっき私が『不遇の死』という言葉を使った時、風花ちゃん、否定しなかったんだよね……。


「その、風花ちゃん、あの後どうなったの?」


「実は……」


 風花ちゃんが、重々しく口を開いた。

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