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7「外交戦」

「えむふぉーとかいう巨大鉄神たちが立っているのは、我が領土の地下。ならば、その鉄神たちは我らワークシュタット男爵家の所有物ということになるであろう!」


 案の定、議論は紛糾した。

 男爵は、私たちに敵意がないことはすぐに信じてくれた。

 が、さすがは貴族とでも言うべきか、私が非を認めたことをいいことに、私から極大の譲歩を引き出そうとした。

 つまり、格納庫の所有権を主張しはじめたのだ。


「ですが、第一発見者は私です。それにそもそも、そちらには鉄神や工房を運用するノウハウなどもないわけで」


「そんなものは今から学べばよい! 我が妻コトリンには古代語に対する天賦の才がある。すぐに覚えてしまうだろう」


 夫からの全幅の信頼(という名の無茶振り)に、コトリン夫人が目をまん丸にしている。


「「「そうだそうだ!」」」


 男爵の取り巻き――筋肉ムキムキな領軍兵士たちが男爵に同調する。

 気が弱い私は、それだけで腰が引けてしまう。


「魔の森の管理で大変なのは理解できます」私は譲歩する。「幸い、こちらには鉄神のパイロットが多数おります。鉄神とパイロットを、傭兵として格安で貸し出すことも可能です」


 もちろん、そんなパイロットは現状、私とカナリア君しかいない。

 ハッタリだ。

 けれども、マニュアルモードならごくごく簡単な命令文を十数個も覚えれば十分運転可能なので、元奥様たちやバルルワ村の住人から募って促成可能だろう。


「それは話が逆だ、辺境伯」男爵がやれやれといったふうに首を振る。「鉄神とえむふぉーが格納されている部屋は、ともに我がワークシュタット男爵領の地下に位置する。つまり、鉄神を所有し、そちらに貸し出すのは我々の方なのだ」


「「「そうだそうだ!」」」


 私は最上位貴族の辺境伯。相手は中・下級貴族の男爵なので、ひとたび社交界に出れば、ワークシュタット男爵は私に対してへこへこしなければならない立場だ。

 そんな彼らがここまで強い態度で私に臨むのは、本来はおかしい。

 けれど、この場は極めてプライベートな空間であり、私は不法侵入をしてしまったプチ犯罪者の立場だ。

 既にこちらが圧倒的無礼をかましてしまっている状況なので、男爵の不躾な態度など余裕で許さざるをえない状態なのである。

 とはいえ、そういう考えは『平和』と『事なかれ』と『謙虚さ』をこよなく愛する現代日本人の極めて特殊な精神性によるものなわけで……


 ――グルルルル……


 隣では、クゥン君が怒りのあまり喉を鳴らしていた。

 さらに隣では、


 ――チンッ

   ――チンッ


 と、ヴァルキリエさんが腰から下げた曲刀の鯉口を鳴らしている。


 2人とも、バルルワ = フォートロン辺境伯家への愛と忠義は嬉しいんだけど……あまり好戦的な態度は見せないでほしい。

 話がこじれるからさ。

 まぁ、『強さこそ正義』を地で行くヒャッハーな異世界で生き残ってきた彼ら彼女らからすれば、『身の程をわきまえず無礼なことを言う男爵なんぞ、斬り伏せてしまえ』ってな感じなんだろうね、多分。

 ホント治安悪いなぁ異世界。


「……ちょっと、お花を摘みに」


 私が立ち上がると、


「ご案内いたします」


 空気を読んだコトリン夫人が立ち上がってくれた。





   ◇   ◆   ◇   ◆





「優しい主人って言ってたけど」トイレへ案内されながら、私はヒソヒソ声でコトリン夫人に問う。「本当に? 随分と攻撃的なんだけど……」


「ごめんなさいっ。悪い人ではないんです、本当に。けど、ウチも魔の森に面しているでしょう? 領軍兵士たちが死傷することなく魔物を討伐できるようになるのなら、そりゃ喉から手が出るほど欲しいものなんですよ、鉄神」


「だから、格安でレンタルさせたげるよって言ってるじゃん。それもパイロット付きで」


「うーん。そこはですね、従士たちの手前、弱腰外交するわけにもいかないでしょう?」


「……貴族って面倒くさいねぇ」


「この国有数の大貴族様が、何かおっしゃっておいでですねぇ」


「ううっ……」





   ◇   ◆   ◇   ◆





 というわけで交渉再開。


「ですからここは、自動人形を等分にするということで。パイロットの養成はお手伝いさせていただきますよ。その代わり、工房のほうは我々に下さい」


「いーや、ダメだ。自動人形も工房もすべて我々のものだ。その代わり、バルルワ = フォートロン辺境伯領の地下に位置する馬車無し車や空飛ぶ魔導兵器はそちらが所有すればよかろう」


 ダメだ、話にならん。


「工房の運用ノウハウなんてお持ちじゃないでしょう? それどころか、鉄神の運用ノウハウすらないはずです。ここは私の提案に乗って、我々からのパイロット養成サポートを受けたほうがよほど早くに戦力増強できますよ」


「古代語のことならば、コトリンがいる! コトリンならばきっと!」


「旦那様」たまらず、コトリン夫人が割って入る。「自動人形を多少いじるくらいならまだしも、巨大な製造ライン――じゃなかった、工房を運用するほどのスキルなんて、わたくし持ち合わせてはございません」


 コトリン夫人ってば、前世風の単語が出てくるあたり、かなりテンパっているご様子。


「勉強するのだ!」


「んな無茶なっ」


「バルルワ = フォートロン卿に教えを乞えば!」


「この状況で」私は白目を剥きそうになる。「私がコトリン夫人への古代語教育を請け負うとでも?」


「うぐぐぐぐ……」うなる男爵。「だが、領の利益をみすみす逃すわけにはいかんのだ。私には守るべき民がいて、駆逐すべき魔物がいる。地龍シャイターンの出現以降、魔の森の魔物は活発傾向にあるしな。話によると、シャイターンは辺境伯殿がお掘りになった温泉を目当てに現れたそうではないか」


 つまり、魔の森の魔物が活発傾向にあるのは私の所為、と。


 ――グルルルル……


 ――チンッ

   ――チンッ


 わーっ、クゥン君とヴァルキリエさん、ステイステイ。


「頼むっ。民の命と財産を守るには、戦力が必要なのだ。助けると思って!」


 うおっ、今度は泣き落としか。


「ですから、鉄神の半分はお渡しすると言っているではありませんか」


「全部欲しい!」


 子供か。


「お気持ちは分かりますが、こちらもシャイターンを退けたばかりで防備には余裕がなく――」


「だから、そうなったのは誰の所為だと」


 議論は循環する。

 わーわー、ぎゃーぎゃー。

 あーでもない、こーでもない。


「仕方ない。リーサル・ウェポンにご登場いただきましょうか」


「りーさる……何だと?」


 私は懐からタブレットを取り出す。

 これも、魔の森で発掘してきた代物だ。

 魔の森――というかモンティ・パイソン帝国には本当に何でもあるな。


 通話アプリを立ち上げ、電話を架ける。

 ほどなくして、


『ゲルマニウム16世である』


 国王陛下が出てくださった。


「もしもし。バルルワ = フォートロン辺境伯ですが」


『おおっ、辺境伯か。この通話あぷりとかいうやつ、とてつもなく便利だな』


「実はかくかくしかじかで――」


 一国の王様とホットラインを持っており、突然の電話にも最優先で対応してもらえるのは、王子の命の恩人である私の特権。


「というわけで、陛下のご裁定をたまわりたく」


『よかろう』

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