というわけで、男爵とコトリン夫人、護衛数名を自動車に乗せ、温泉郷へご招待。
男爵は『なんと便利な! これがあれば、領の統治がどれほど楽になるか』と感心しきりだった。
やべぇ。
かえって彼の鉄神欲しい熱に燃料投下しちゃったよ。
そうして――。
「ゲルマニウム王国国王・ゲルマニウム16世である」
陛下のご登場。
陛下ってばノリノリで、マントと王冠まで身につけていらっしゃる。
「「は、ははーっ」」
男爵とコトリン夫人がひざまずく。
「し、しがない地方男爵の私が、まさか直接陛下のご尊顔を拝する栄誉に預かれるとは!」
男爵の顔は真っ青だ。
隣では、コトリン夫人がブルブルと震えている。
『陛下がいるから話つけに行きましょう』って言ったんだけど、冗談だと思われていたのかな?
「して」陛下が微笑む。「我が肝入りの新領・バルルワ = フォートロン辺境伯家とそなたの家が係争を抱えていると聞いたのだが。詳しく聞かせてみよ」
陛下が怪しく微笑む時、何かよからぬことをお企みになっている。
この方は一見すると人が良さそうで優しいイケオジなのだが、それでも一国の王なのだ。
私は温泉郷ひとつを回すのにもあくせくしているのに、このお方は苦しそうな素振りも見せずに国の頂点に立ち、平和で安定した治世を築いておられる。
その手腕と政治力は、伊達ではないのだ。
「相分かった」
ワークシュタット男爵からの説明を受けた後、陛下が泰然とした様子でうなずいた。
幸いにして、男爵はかなり公平な内容で事のあらましを報告してくれた。
女でプチ犯罪者な私に対してはナメた口を利いていても、さすがに陛下に対しては一歩引いて冷静に話すことができるらしい。
下級貴族と言えども男爵は男爵。
伊達に貴族ではないのだ。
「では、余が沙汰を下す」陛下がにっこりと微笑んだ。「そなたら、決闘せよ。勝ったほうが全面的に要求を通せることとする」
決闘! そういうのもあるのか。
というか、私が辺境伯の地位をゲットしたのも、決闘によるものだったわ。
「決闘ですって!?」
真っ青な顔の男爵さん。
「分かりました。じゃ、鉄神持ってきますね」
一方の私は平常運転だ。
何しろ鉄神による対魔物戦闘は日常茶飯事。
合法的にぶちのめしてよいのなら、むしろ温泉郷での折衝業務よりも簡単な部類のお仕事だ。
「待て!」と男爵。「待て待て待ってくれ! そんな方法では死人が出る!」
「うーん確かに」
「決闘はお受けする。だが、方法はこちらから提案させてもらえないか?」
「まぁいいですけど」
「あっ、こら――」
とヴァルキリエさんが私を制止しようとする。
「あっ、今の無し――」
慌てて私も前言撤回しようとするが、
「まさか」ニヤニヤ笑いの男爵に遮られる。「辺境伯閣下ともあろうお方が、二言はございませんな?」
「うぐっ」
「あぁもう」ため息のヴァルキリエさん。「まったくキミは、相変わらず脇が甘いところがあるんだから。鉄神を用いての武力勝負ならば、余裕で勝てたのに」
「うぅ……面目ありません」
「まぁ、そういうキミを支えるのが我々家臣団の役目だから、私の注意不足とも言えるが」
いい年して子供扱いの私である。
「我々が提示する決闘方法は」と男爵。「古代語対決です」
って、おや?
図らずも私向きの案件なのでは?
「お題は」と男爵。「『古代語によるリバーシの作成』です。言語の種類は問いません」
リバーシというのはオセロのことだ。
プログラミングの練習としてはうってつけの題材。
言語不問ということは、Excel VBA(マクロ)も使って良いということか。
なら、楽勝だな。
私なら、十数分もあれば作れるよ。
エクセル神の名は伊達ではないのだから。
ちなみに『言語』というのはプログラミング言語のこと。
プログラミング言語というのは、『星の数ほど』というのはさすがに過剰ではあるものの、ものすっごい数が存在する。
中でも有名なのが――
C
C+
C#
COBOL(前辺境伯)
Fortron(前辺境伯)
Python(空飛ぶモンティ・パイソン。魔の森の向こう、仮想敵国モンティ・パイソン帝国)
Java
Kotlin(コトリン夫人)
Swift
Javascript
Go
Visual Basic
VBS(Visual Basic Script)
Excel VBA(Visual Basic for Applications)(私)
PHP
Rust
Ruby
など、パッと思いつくだけでもまぁ相当な数に及ぶ。
そもそもWebページを形成しているHTMLやCSSを言語として扱うなら、さらに数は増えるし。
「大人しく負けを認めるなら、9:1で話をつけてやってもよいぞ」
「ずいぶんと強気ですね。男爵閣下は古代語がおできになるので?」
「私はできない。だが、妻ができる。決闘は代理人を立てることが認められている」
目線を向けると、陛下がうなずいた。
「何しろ我が妻・コトリンの古代語力は王国随一! コトリンが負けるなどありえない」
「ああやめて、あなた!」
赤面のコトリン夫人に私は『愛されてるね』と耳打ちする。
「言ったでしょう、良い夫だと」とコトリン夫人もヒソヒソ声。「でも、私が先輩に敵うわけがありません」
「そう? いい線いってたと思うけど」
「敬愛する先輩からそう言われるとは、嬉しいですね」
「けど、負けないぞ」
私がバキバキと指を鳴らすと、コトリン夫人が首を傾げた。
「え? 辺境伯様は戦えませんよ?」と周囲にも聴こえるようにか、大きな声で言う。「こちらが代理人を出すのですから、そちらも代理人でお願いします」
陛下とヴァルキリエさんが、『おや?』という顔をした。
が、何も言わない。
ということは、決闘とはそういうルールなのか。
さて、困った。
「決闘まで、少しお時間を頂くことはできますか? できれば1ヶ月くらい」
プログラミング言語とは、『言語』という単語のとおりひとつの言語だ。
とてもではないが一昼夜で学べるものではない。
誰を代理に立てるにしても、学ぶための時間は必要だ。
「話にならんな」と男爵。「今すぐ始めるべきだ」
「何なら今すぐ鉄神に乗ってきてもいいんですよ? 2週間でどうです?」
「うぐっ……1日だ」
「1週間」
「3日だ。それ以上は譲歩できない。こんなことを喋っている間にも、魔の森から魔物が出てきて、我が領民を襲っているかもしれないのだ。早急に鉄神を手に入れる必要がある」
◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、3日後に決闘とあいなり、男爵とコトリン夫人は帰っていった。
「というわけで、代理人を選ばなきゃならないんだけど……」
私は会議室に集めたメンバーに問いかける。
メンバーは、いつもの戦闘系メンバーだ。
「やりたい人、いる?」
――シーン……
「ですよねぇ。となると、私から指名する形になるんだけど……えーと、じゃあクゥン君は?」
「無理です無理です!」ブンブンと首を振るクゥン君。「学のないオレに古代語なんて!」
「卑下することないと思うんだけどなぁ。私なんかよりよっぽど地頭良いと思うよ」
「だね」とヴァルキリエさん。「戦闘時の立ち回りの良さは、地頭の良さの証拠だ。とはいえ、この手のニガテ意識というのは根深い。クゥンに今日明日で古代語をマスターさせるのは無理だと思うよ」
「うーん。ならヴァルキリエさんは?」
「あーっはっはっ! 務まると思うのかい、この私に?」
「思いませんね……失礼ながら。じゃあ、クローネさん?」
「鉄神の操縦は覚えたいです。が、古代語はさすがにハードルが……」
「うーん」
「他に適任者がいないのであれば、頑張ってみますが」クローネさんが隣を見る。「でも、いらっしゃいますよね、適任者」
「え、どなた?」
「そりゃあ――」
クローネさんの視線の先で『ふんすっ』と鼻を膨らませ、おめめをキラキラさせているのは、
「ボク、やるよ!」
カナリア君だ。
あらまぁ、可愛い。
私はカナリア君の前に行き、しゃがんで視線を合わせる。
「カナリア君、頑張ってみる?」
「うん! お姉ちゃんのために、ボク、勝つよ!」
「あらあらまぁまぁ! 可愛いうえに頼りがいのある、私だけの守護騎士様」
「えへへっ」