執務室にて。
「これが、そのリバーシだよ」
私の目の前には、8✕8マスの盤と、白黒の駒がある。
リバーシ、つまりオセロだ。
リバーシは王国に十数年前から存在しているらしい。
しかも、発祥の地はワークシュタット領なのだそうだ。
娯楽不足の異世界でオセロを流行らせて一攫千金――は異世界転生知識チートの定番中の定番。
この世界では、コトリン夫人が流行らせたらしい。
風花ちゃん、やってんねぇ!
「りばーし?」
カナリア君が首を傾げる。可愛い。
今この部屋にいるメンバーは、私、護衛のクゥン君、そしてカナリア君のみ。
「そうだよ、カナリア君。決闘における開発言語は自由なんだけど――」
決闘の内容は、『速くリバーシを実装させたほうが勝ち。開発言語は問わない』というもの。
コトリン夫人は、名前のとおりKotlinで挑んでくるだろう。
KotlinはおなじみJavaの発展言語で、Android端末用アプリ開発で有名だ。
一方の私は、
「私たちは、Excel VBAでいくよ」
「エクセルシア?」
首を傾げるカナリア君。超可愛い。
「名前似てるね。何でだろうね」
「ねー」
私はカナリア君と一緒になって首を傾げる。
転生云々を明かすわけにはいかないので、すっとぼけておくことにする。
オセロことリバーシは極めて単純明快なルール。
そりゃ対戦相手(CPU)を実装しようとしたら膨大な処理が必要になるけど、単に8✕8のマスに白黒の駒を交互に並べて勝敗を決するだけならば、数百行も書けば実装できてしまう。
幸いにして、CPU実装は今回の勝負の対象外だ。
「じゃあまずは、新しいエクセルファイルを作って8✕8マスの正方形を作ります」
私が手元のノートパソコンでパチパチやりはじめると、
「ゲーム? ゲームなの? どんな?」
カナリア君が私の膝の上によじ登ってきた。
「そっか、そもそもリバーシを知らないのか。じゃあまずはプレイしてみよう!」
「うん!」
◇ ◆ ◇ ◆
小一時間後。
「たーのしー!」
そこには、大きなおめめをキラキラと輝かせるカナリア君の姿が。
「ぐぬぬ……1勝9敗だと!?」
私、呆然。
勝てたのは最初の1戦だけだった。
カナリア君はあっという間にルールを覚え、四隅を取ることが肝要だと気づいた。
そこからは、私のボロ負け。
鉄神操縦といいプログラミング言語に対する異常な学習速度といい、マジもんの天才なのな、カナリア君。
「決闘の準備は順調かい?」ヴァルキリエさんが部屋に入ってきた。「おや、面白そうなことをしているね。私とも一局してくれないかい?」
◇ ◆ ◇ ◆
チーン……
私、0勝10敗。
「キミ、弱すぎやしないかい?」
「ヴァ、ヴァルキリエさんは将軍だから……」
震え声の私に対して、ヴァルキリエさんがクローネさんを連れてきた。
「え、何ですかこの状況?」
戸惑うクローネさんを相手に、ファイッ!
◇ ◆ ◇ ◆
チーン……
私、0勝10敗。
「弱すぎますよ、エクセルシアさん」
白目のクローネさん。
「って、そんなことしてる場合じゃないんです! 私はカナリア君に古代語を教えないといけないのですから」
「逃げるのかい?」
「逃げるんですね」
う、うるさいやいっ。
「お姉ちゃん!」キラキラおめめのカナリア君。「このゲームをExcel VBAで作るの? 作れるの? どうやって? 教えて教えて!」
「んっふっふっ。教えてしんぜよー。まずは8✕8のセルを緑色に塗ります。続いてセルの高さと幅を正方形に。VBE画面を立ち上げて、標準モジュールにPrivate Sub Workbook_Open()を――」
「ふんふん」
うなずくカナリア君と、
「……始まったよ」
「こうなると、お手上げです」
と、肩をすくめるヴァルキリエさんとクローネさん。
そして、
「さすが女神様!」
と思考放棄気味に私を賛美するクゥン君。
カナリア君以外の人たちはみんな、プログラミングのこととなると目と耳を塞ぎ、心のシャッターをガラガラピシャンと下ろしてしまうところがある。
ちょっと悲しい。
それだけに、私の話に嬉々としてついて来てくれるカナリア君の存在が、嬉しい。
「ブックオープン時のイニシャライズ処理として、各セルの値をブランクにする処理を挿入し――」
――バチバチバチッターン!
今日も私のタイピングが冴えわたる。
冴えない社内SEだった私にとって、Excel VBAをキーボードだけが救いだった。
そんな私が異世界転生し、こうして社内SE時代のスキルで無双できているのだから、人生とは不思議なものだ。
「なるほどなるほど!」
カナリア君は余裕でついて来る。
やっぱりこの子は天才だ!
それから3日間、私は大喜びで天才プログラマの養成に励んだ。
一方で、クゥン君やヴァルキリエさんに動いてもらい、『とある調査』を並行して行った。
◇ ◆ ◇ ◆
そうして、3日後。
「これより、ワークシュタット男爵家とバルルワ = フォートロン辺境伯家の決闘を執り行う。代理人は前へ」
両領の境界に位置するとある平原で、カナリア君とコトリン夫人が向かい合う。
審判は国王陛下だ。
カナリア君は、緊張気味だ。
ワークシュタット男爵が数十人もの完全武装従士を連れてきて、カナリア君にプレッシャーをかけているからだ。
大人げないことこの上ないが、大変貴重な鉄神がゲットできるかどうかの瀬戸際なので、気持ちは分からなくもない。
「正々堂々、勝負することを誓うか?」
陛下のお言葉に、
「誓います」
と、しっかり答えるコトリン夫人。
一方のカナリア君は、
「ち、ちかいましゅっ」
……思いっきり噛んでしまった。
「それでは、始め!」