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11「私の想い人」

「はぁあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~~~ん」


 決闘後、クローネさん、ヴァルキリエさんと一緒に温泉の女神シークレット風呂に入る。

 どっぷりと湯に浸かると、疲労が洗い流されてゆく。


「あーっはっはっはっ! 相変わらず、淑女らしからぬ声だな」


「まったくです。エクセルシアさんはまだ乙女なのですから、恥じらいというものをですね」


 大きな湯船の中で、クローネさんが体を寄せてきた。

 今日は女性陣だけなので、裸だ。

 クローネさん、やたらと私になついているというか、肌の付き合いをしたがるんだよね。

 金髪碧眼。

 温泉効果で目の下のクマがすっかり消えたクローネさんは、問答無用で美少女。

 年齢は、エクセルシアわたしの3個下の13歳!

 異世界だからセーフだけど、日本じゃ犯罪だよ辺境伯。


「いやぁ、疲れちゃって。一時はどうなることかと思いましたが、カナリア君が頑張ってくれて、本当に良かった。……あれ?」


 私は首を傾げる。


「そういえば、そもそも私が代理人を出す必要って本当にあったんですか?」


「実は、ない」ニヤリと微笑むヴァルキリエさん。「キミ、まんまとコトリン夫人に担がれたのさ。あのご婦人は、キミの古代語力のことをよく知っていたようだ」


「えええええっ!? 知ってたんなら、あの時教えてくださいよ」


「でも、陛下が何もおっしゃらなかっただろう? だから私は、陛下のご意向を汲んだのさ」


「というと?」


「陛下は、命の危険なくカナリア殿下に武功を積ませたかったのだろう。貴族同士の決闘に勝利するというのは、最上級の武功だからね」


「で、でも、必ずしもカナリア君が代理人になるとは限らなかったじゃないですか」


「限るに決まっているだろう。我々の中でキミに次ぐ実力者は、カナリア殿下をおいて他にいないのだから。それに、陛下はあの時点で、私が陛下の意を汲んだことを把握しておいでだった。私がいる以上、代理人は間違いなくカナリア殿下になる」


「なっ、なっ、なっ……」


「もう分かってると思うけど」ニヤニヤ笑いのヴァルキリエさん。「陛下は相当な食わせ者だぞ。良い意味で、だけどね。伊達に広大なゲルマニウム王国を支配しておられないというわけさ」


「はぁ~~~~もう。それにしたって、5歳児に厳しすぎやありませんか?」


「だから、命の危険なく武功を積ませる機会を作ったんじゃないか」


「それはそうですけど」


「これは王家の利益のためであり、辺境伯家の利益のためでもある。カナリア殿下には立派に育ってもらい、やがてキミを娶り、バルルワ = フォートロン辺境伯領の支配を盤石なものにしてもらわなければならないのだから」


「娶る、って……そういう話は、まだ早すぎると思うんですが。あの子はまだ5歳ですよ?」


「だが、キミはもう16歳だ」


「うっ」


『もう』と言う歳でもないと思うのだが、異世界基準では『もう』なのだ。

 世知辛い世の中である……。

 私は誰と結婚すべきか問題。

 避けては通れない問題だ。


「と、とにかく」私は強引に話を変えようとする。「何はともあれ一件落着です」


「確かにね」とヴァルキリエさん。「不安だった治安の問題も、大量の鉄神発見によって一気に解消の目処が立った。パイロットの選定と訓練を急がなければならないけどね。だが、一番大きな問題が未着手なんだ」


「と言いますと?」


「領主の配偶者問題だよ」


「うっ」


 変えたと思った話が戻ってきた。


「キミが嫡男を産まないと、この家は一代にして断絶してしまうんだよ? 辺境伯家の重臣であり領軍を束ねる立場としては、たとえ当主に顔をしかめられたとしても諫言しなければならない」


「うぅぅ……」


 貴族女性にとって、結婚と出産は義務。

 辺境伯家当主の私にとっても、それは変わらない。


「悪いが」ヴァルキリエさんが肩を竦める。「キミが何をそんなに悩んでいるのか、私には分からない。カナリア殿下の、いったいぜんたいどこが不満なんだい? あの方はキミにずいぶんと懐いているし、キミも彼のことは好ましく思っているはずだ。そりゃ多少は歳が離れているかもしれないが、陛下も殿下もキミとの婚姻にとても乗り気だ」


 そうなんだけど。

 そうなんだけど……うぅぅ。


「家柄良し、顔良し、性格良し、頭脳も抜群に良し。とても懐いてくれているうえに、天才的な鉄神操縦技術に古代語の知識まで有している。たったの5歳にしてだよ? 将来が楽しみじゃないか。同じく古代語を得意とするキミの伴侶として、この上ない相手だ。キミと殿下は『相思相愛』と言っても差し支えない仲だろう? 言っておくが、貴族同士で恋愛結婚ができるなんて贅沢、そうそうないんだよ?」


 モラハラパワハラモンスターの前辺境伯に嫁がざるを得なかったヴァルキリエさんの言葉は、真に迫る。

 クローネさんも激しくうなずいている。


「恋愛……結婚……」


 カナリア君のことは、好きだ。

 けれどその『好き』は、あくまで子供や弟に向ける愛。

 情愛であって、恋愛ではない。


「キミ、まさか」ヴァルキリエさんがハッとなった。「他に想い人でもいるのかい?」


「……実は、はい」


 ヴァルキリエさんは、とっても頼りになるイケメンお姉さん。

 そんなお姉さんに聞かれてしまっては、私も正直に答えざるを得ない。


「えええええっ!?」なぜかクローネさんが悲鳴を上げた。「エクセルシアさんはわたくしと結婚するのではなかったのですか!?」


「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」


 私、おったまげる。


「いや、なんでそうなるんですか!?」


「だって、一緒にお風呂に入ってくれているではないですか!」


「???」


「あー……エクセルシア嬢は詳しくないのかもしれないが、この地方では、3回以上風呂同衾どうきんした相手を内縁と認める風習があるんだ」


「風呂同衾!? 何そのパワーワード! っていうか内縁ですって!?」


「はい」クローネさんがもじもじしている。「今日で3回目なのです。だからついに、エクセルシアさんがわたくしの愛を受け止めてくれたんだなって」


「い、いやいやいやいや! ノーカン! ノーカンです! 私はその風習について知らなかったんですから、ノーカンでお願いします!」


「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」


「っていうか女ですよ私!? 女でいいんですか!?」


「エクセルシアさんほどの上玉なら、もう性別なんて関係ないです」


「いやいやあるでしょう」


「それに……」一転して暗い表情になるクローネさん。「男はもう、こりごりで」


「あー……辺境伯ってやっぱり、ひどかったんですか?」


「……………………初夜に」


「は、はい」


「手足を縛りあげられて無理やり――」


「あーーーーっ! いいです! 思い出さなくて」


 最っっっっっっっ低!

 何なのあの男!?

 もう本っっっっ当に死んでほしい。

 っていうかぶっ■したい。


 実は辺境伯――今はコボル男爵だったか――は、私が清く正しいざまぁをやったあの日に、姿を消した。

 私はあの程度のざまぁでクーソクソクソ愛沢部長を許す気なんて全然ないから、とっ捕まえてあの手この手で罪状を作り上げ、処刑台に送ってやるつもりたっだのだ。

 そんな私の思惑を察知したのかしてないのか、ともかく愛沢部長は姿を消した。


 自分の子供たちを見捨てて。


 そう。

 辺境伯には数十名の子供がいた。

 下は赤子、上は三十台前半まで。

 ちなみに、その三十台の長男を生んだ奥さんは、5等級落ちしてやせ細りながら床掃除してたってんだからもう、愛沢部長には人の心がない。


 ちなみにその奥さんは今、湯治しつつ女神邸の料理長を務めている。

 たくさんのショタに囲まれて楽しそうだ。


 話を戻そう。

 辺境伯の子供たちの内、長男を含むほとんどは自立したり嫁いだり、人質代わりに他領に『留学』していたりでフォートロン辺境伯邸にはいなかった。

 で、残り5名は屋敷で養われていた。


 つまり私にとっては、辺境伯に対する人質ということになる。

 赤ん坊すらいるんだぞ?

 この子たちを押さえていたら、いくら自分本位で他人のことを全員ゴミだと思っている辺境伯でも、逃げるとは思わないじゃない?

 それを、それを。


 あの最低男、自分の子供たちを、あっさりと見捨てやがったんだ。


「クーソクソクソ辺境伯のことはもう忘れましょう!」私は無理やり話題を変える。「新しい恋を見つけましょうよ、クローネさん」


「だからわたくしはエクセルシアさんと――」


「そ、その話はなかったことに! ほ、ほら、今、全国の貴族家からお見合いが殺到してるじゃないですか私。その中からいくつか見繕ってみてはどうでしょう? 今やクローネさんは我が家の特別顧問。『新進気鋭な貴族家の重鎮』ともなれば、きっとお見合い話が殺到しますよ。選びたい放題ですよクローネさん!」


「むぅぅ~~~~! ごまかさないでください!」


「クローネがだめなら」ヴァルキリエさんが、凶器みたいにでっかい胸を張って、「私ならどうかな?」


「えっ!? マ!?」


「あーっ、ダメですよヴァルキリエさん!」


 クローネさんとヴァルキリエさんがじゃれあっている。

 何だこの空間は。

 これはまさか――百合の波動!?

 つまり私は、百合の間に挟まる百合!?


「とまぁ冗談はこのくらいにして。真面目な話、誰なんだい? キミの想い人というのは」


「言わなきゃダメですか?」


「ダメ。キミは今や、王国でもっとも勢いのある貴族家の当主だ。そんな女当主がどこの馬の骨とも分からない輩と結婚してしまっては、この家はあっという間に崩壊してしまう。この家の軍を預かる責任者として、見過ごせないな」


「うぅ……分かりました。実は――」


 私は真っ赤になりながら、その名を口にした。

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