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13「クゥン編1~悪夢からの目覚め~」

【Side クゥン: 悪夢】



「突撃兵第2部隊、前へ!」


 魔物たちの嘶き。

 血と泥と汚物の臭い。

 悲鳴、嗚咽、すすり泣き。


 ゴリゴリ、グチャグチャ。

 仲間たちが生きたまま骨を噛み砕かれ、肉を食いちぎられる音。

 死臭。


 ここは戦場。

 魔の森の最前線。

 スタンピードを追い返すために、今日も不毛な戦いが続いている。

 いや、『追い返す』なんてのは方便だ。

 フォートロン辺境伯家領軍には、魔の森のスタンピードを追い返せるほどの力なんてない。

 ただ、『突撃兵』と称したエサを魔物たちに差し出し、魔物が満腹になって帰っていくのを待っているだけだ。

 あの、『死神将軍ヴァルキリエ』が、オレたち獣人を使い捨ての駒として魔物の群れに立たせるのだ。


「クゥン――」


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないッ!!


「クゥン! おい、クゥン!」


「――はっ!?」


 目の前に、愛する兄がいた。


「ガウルにい、お、オレ――」


「お前は、そこの茂みに隠れていろ。突撃前の整列中に、転倒して気絶していたことにするんだ」


「でも」


「いいから早く!」


「突撃兵第3部隊、前へ!」


「ガウル兄、ガウル兄はどうなるの!?」


「お前をひとりにさせてしまって、すまないな」


「ガウル兄――ッ!!」





   ◇   ◆   ◇   ◆





【Side クゥン: 現在】



「――っ、――君っ、クゥン君っ!」


「――はっ!?」


 目覚めると、目の前に女神様の顔があった。

 ふわりと、安心できる甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 温泉と石鹸と鉄とパン、それからほのかな汗の匂いだ。


「ごめん、勝手に部屋に入ったりして。何度もノックしたんだけど、返事がなかったから」


 女神様が部屋のカーテンを開く。

 朝日が差し込んできた。


「うなされてたけど、大丈夫?」


 一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。

 夢と今、凄惨な過去と幸福な現在の、あまりの違いにめまいを覚える。


「え、あ、はい」


「そう? ならよかった」


 温かな部屋、清潔な寝具、死に怯える必要のない生活。

 女神様の笑顔。

 ここには、幸福になるためのすべてがある。


 そう、オレは今、幸せなんだ。

 両親と兄たちには最後まで与えられなかった幸せが、オレには与えられているんだ。

 女神様のおかげで。


 今、村を歩けば、誰もが穏やかな顔をしている。

 当然だ。

 十分な水と、十分な食料と、身の安全と、安定した仕事と、給金があるのだ。

 みんなも、幸せなのだ。

 何もかも、女神様のおかげだ。

 このご恩は、一生をかけてお返ししなければ。


「朝食の時間だよ」


「朝食……って、オレ、寝坊して!? す、すみませんっ」


「いいよいいよ。連日働きっぱなしだったんだから。今日は、ちょっとでも休む時間を作られればいいんだけど」


 女神様がオレの髪に触れた。


「ふふっ、寝癖」


 それから、くるりときびすを返す。


「早く顔洗って、食堂に来てね」


 今日も、何か新しいことが始まりそうな予感がある。

 楽しいこと、温かなこと、幸せなことが。

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