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17「クゥン編5~怪音の正体、判明~」

【Side クゥン】



「まったく、なんとかならないものかな、あの男連中は」


 ハッチを開いた2号で街道を歩きながら、女神様が愚痴っていらっしゃる。


「残念ながら、先は長いかと。この地の獣人差別意識は根深いですから」


「前辺境伯め……ん、あの人だかりは?」


「劇場ですね」


 大通りに面した巨大な劇場は、今日も多くの観客で賑わっているらしい。


「大きいねぇ」


「千人入るらしいですよ」


「でっっっっか。テーゲキかよ」


「テーゲキ?」


「あぁごめん、こっちの話」


 ごまかすように微笑む女神様。

 多分、異世界の話だろう。


「人口1万人の都市に、そんな大きな劇場は要らないでしょう」


「ですが、こんな土地では歌劇くらいしか娯楽がないので。それに、びっくりするほど安いんですよ。確か一番安い席で5ゴールドです」


「ごひゃくエン!?」


「ごひゃく……?」


「ご、ごめん。ナンデモナイヨ。気晴らしに、ちょっと寄ってみる?」


「……いえ、できれば止めてほしいです」


「そう? なんで? ……あぁ」女神様が顔をしかめた。「そういえば、前辺境伯主導による獣人差別的な歌劇を上演しているんだっけ」


「……はい」


 横切る際、ちらりと劇場の入口を見てみれば、悪人風の獣人を人間が懲らしめるようなポスターが見えた。


「前辺境伯はもういないのに、まだそんな歌劇をやってるんだ? これは、近い内に調べてみないとだね」


「そうですね」


 などと話しているうちに、領都中央――元辺境伯邸の空き地に着いた。

 ギルド職員の見張りに立ち入り許可証を手渡し、中へ入る。


「順当に考えれば」女神様が2号の背から辺りを見回す。「地下室があるってことなんだろうけど。地下通路の風の音とか、地下に何らかの魔道具があって夜な夜な動いているとか?」


「そうですね、女神様――いえ、エクセルシア」


「よろしい」


 ふたりきりなので名前で呼ぶと、女神様がニンマリと微笑んだ。

 可愛い人だと思う。


 ご満悦な女神様と一緒に、敷地内をぐるりと歩く。

 屋敷を基礎ごとごっそりと収納された土地には、土や砂利による平坦な地面が広がるばかり。

 地下室への入口は見当たらない。


「エクセルシア。少し、じっとしていていただけますか?」


「ん? 分かった」


 ピタリ、と2号の動きを停止させる女神様。

 オレは両耳に魔力を集めて、目を閉じる。


「【バルルワ・イヤー】」


 詠唱すると、一時的に聴覚が鋭くなった。

 風の音を聴き分ける。

 上空で吹きすさぶ、ごうっという大きな風の音。

 街の間を通り抜ける、びゅうっという音。

 下水道から押し出される、ひゅうという小さな音。

 そんな無数の風の音が鳴り響く中に、オレは『珍しい音』を見つけた。

 ここからそう遠くない地点。

 地中から、かすかに呼吸をするような、しゅー……という音。


「――……見つけた!」


 オレは前辺境伯邸跡地の片隅まで走り、地面を掘りはじめる。

 ほどなくして、鉄製の蓋らしきものが見えてきた。


「隠し部屋の入口です」


「すごいっ! クゥン君、天才!」女神様が目を輝かせる。「【バルルワ・イヤー】って、危険ワードを聞き分けるだけじゃなかったんだね」


「あっ、誓って盗み聞きには使っていませんよ!?」


「大丈夫、信じてるよ」


 ――じんわり


 オレの胸に、温かいものが広がる。

 この街では、『獣人の言う事』なんかを信じてくれる人なんていなかった。

 オレも兄たちも、フォートロン辺境伯領軍では常に冷遇され続けてきた。

 それが今、この温かさはどうだろう。

 オレは改めて、女神様に忠誠を誓うのだった。


「じゃあ、開けてみよっか。ちょっと離れてて」


 女神様が2号を操り、周囲の土を払ってから鉄扉を開く。

 するとハシゴが出てきた。


「このサイズの入口だと、2号ごと入るのは無理だね」


 女神様が2号から下りる。


「オレが先行します」


「ありがとう。あ、これカイチュウデントウ――じゃなかった、【トーチ】が【付与エンチャント】された魔道具だよ」


「ありがとうございます」


 暗闇を照らす魔道具を手に、オレは地下へと下りる。

 地下は小部屋になっていた。

 緊急時の避難先なのか、食料の入った時間停止機能付き『マジックバッグ』や、火を起こす魔道具、水をろ過する装置、暗闇を照らす魔道具、下着や外套、包帯や軟膏のたぐいが置いてある。


「なるほど」女神様が下りてきた。「シェルターってわけね。まぁ、前辺境伯が平民だったら何の問題もなかったわけだけど……生憎と辺境伯は率先して戦って、領民を守るべき貴族だからねぇ。自分だけ助かろうって発想はマズいよね」


「エクセルシア、先に続いているようです」


 部屋から通路が伸びている。


「行ってみよう」


「先行します」


 細い通路をしばらく歩くと、再び小部屋のようなところに出た。

 小部屋の先にはさらに通路が続いているが……


「何か、いるね。まるで通路に立ちふさがるみたいに」


「大型の自動人形でしょうか?」


「アナタ ハ ヘンキョウハク サマ デスカ?」


「「喋ったぁあああああ!?」」


 ソイツが1歩、2歩と近づいてきた。

 魔道具に照らし出されたソイツは、やはり大型の自動人形だ。

 身の丈は2メートル以上もあり、手足が太い。

 いかにも、屋内での戦闘を想定されていそうな外見だ。


「ヘンキョウハク サマ デスカ?」


「そ、そうだけど」


 戸惑い気味に、女神様が応える。

 が、


「セイモン フイッチ」


 どうやら自動人形は、女神様の返事が気に入らなかったらしい。

 威嚇するように、太い両腕を振り上げた。


「シンニュウシャ ヲ ハイジョ シマス」


 自動人形が突進してきた!


「エクセルシア、下がって!」


 自動人形が拳を振り下ろす。

 オレはそれを、地龍鎧の篭手で受ける。

 質量による衝撃はあったものの、痛みはまるで感じなかった。

 地龍鎧のおかげだ。

 この鎧、やはりとてつもない防御力を誇っているらしい。


 オレは地龍刀を抜き放つ。

 自動人形が再び拳を振り上げたタイミングで、自動人形の腕を下から上へ斬り飛ばす!


 ――ガキィィィィイイインッ!


 だが、刃は通らなかった。


「結界魔法だと!?」


 自動人形が、自身と刀の間に魔法陣を展開させたからだ。

 試しにもう一度斬りかかってみるが、やはり結界で防がれてしまう。

 オレは諦めて、刀を鞘に収める。

 相手の攻撃は、こちらには通じない。

 だが、こちらの攻撃も相手に通じない。

 結界魔法さえ無効化させることができれば、勝つ自信はあるのだが……。


「クゥン君、これを!」


 後方に避難していた女神様が、ロープのようなものを投げてきた。


「これは!?」


 自動人形の攻撃をさばきながら、女神様に尋ねる。


「USBケーブル! そのタイプの自動人形は、背中に端子があるはずだから!」


「分かりました!」


 自動人形にケーブルを差してどうするのか? なんてわざわざ聞いたりはしない。

 女神様のことを信じているからだ。


 再び、自動人形が拳を振り下ろしてきた。

 オレは相手の拳を篭手で弾き返す。

 自動人形が体勢を崩した。

 オレは自動人形の背後へ素早く回り込み、その背中にUSBケーブルを差した。


「グッジョブ、クゥン君!」


 女神様が手のひらサイズの端末を取り出す。

 端末からはUSBケーブルが伸びており、その末端は今、自動人形の背中に差されている。


「これでそいつのプログラムを書き換えれば――」


 ――ピタリ


 と、自動人形が動きを止めた。


「さすがはエクセルシア! さっそく効果が出て――」


 ――グギギギギギィィィイイイッ!!


 自動人形が悲鳴のような音を出し、めちゃくちゃに暴れはじめた!


「わわわっ、暴れないで! ケーブルが抜けちゃう――」


 端末の画面に集中していた女神様が、不用意に通路の陰から姿を現した。


「シンニュウシャ ハイジョ!」


 すかさず、自動人形が女神様に襲いかかる!


「きゃっ!?」


 だが、女神様が怪我を負うことはなかった。

 オレが女神様と自動人形の間に割って入ったからだ。


「ぐっ」


 自動人形に背中を殴られる。

 息が詰まりながらも、オレは女神様を抱き上げることに成功した。


「ご、ごめんっ、クゥン君」涙をこらえるような、女神様の声。「このまま、付かず離れず逃げ回ってくれる?」


「承知いたしました!」


 そこから1分ほど、オレはUSBケーブルが抜けないように気をつけながら、自動人形の攻撃を避け続けた。


「できた!」腕の中で、女神様が言った。「やつはもう、防護結界魔法を使えないよ!」


「分かりました! いちにのさん、で放り投げますが、いいですか!?」


「了解!」


 オレは自動人形から一気に距離を取り、


「いち、にの、さんっ」


 空中に置くようにして、女神様をそっと放り投げた。

 すかさず振り向いて、自動人形の攻撃を弾き返す。

 背後では、女神様が着地したと思しき音。

 オレは抜刀し、


「ウガァァアアアアアアアアアッ!」


 シャウトとともに自動人形に斬りかかった。

 振り上げた地龍刀は、自動人形の右腕をバターのように斬り飛ばした。

 オレは、返す刀で左腕を斬り落とす。

 さらには、両脚を。

 倒れ伏した自動人形を一刀両断すると、それっきり自動人形は動かなくなった。


「はぁっ、はぁっ……地龍刀、なんて威力だ」納刀してから気づいた。「――あっ、エクセルシア、ご無事ですか!?」


 慌てて振り向くと、女神様が苦笑しながら立っていた。


「異世界で歩きスマホして死にかけるとは……とほほ」


「歩き……何ですか?」


 また、異世界の話だろうか?


「いや、何でもないよ――きゃっ!?」


 女神様が、何もないところでつまずいた。


「わわっ」


 転びそうになった女神様を、オレは抱きとめる。


「ご、ごめんね……私ったらどんくさくて」


「い、いえ……あっ」


 気づいた。

 女神様が震えていることに。

 そうだよ、この場に鉄神はいない。

 女神様は生身だったんだ。

 そりゃ、怖かったに決まっている。


「もう、大丈夫ですから」


 女神様をそっと抱き締めてみると、果たして、女神様も抱き締め返してくれた。


「うん。ありがとう、クゥン君」


「…………」


「…………」


「「……………………」」


「さ、先を急ぎましょうかっ」


「そ、そうだねっ」


 ふたりして気まずくなり、立ち上がる。


「それにしても、この自動人形、何だったんでしょうね?」


「セイモン――声が前辺境伯と違うとかなんとか言ってたから、前辺境伯の護衛役だったんだろうと思う。『怪音』の犯人は、コイツだったんだよ。そして、この通路の先にあるのは多分――」

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