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19「クゥン編7~女神様と一緒にお風呂~」

【Side クゥン】



「は“あ“あ“あ“あ“あ“、いい湯だぁ~」


 女神様が『しーくれっと女神風呂』と呼ぶ個室温泉に、女神様のちょっと汚い声が響き渡る。

 女神様、普段は可憐でお美しいのに、ときどきものすごくオヤジ臭くなるんだよね。

 湯に浸かっておられる時は、特に。


 休みということで、女神様が希望したのはオレと一緒に入浴することだった。

 もちろん、女神様もオレの湯着を身に着けているが。


「んっふっふっ、クゥン君」


 女神様のオヤジ臭さは、声だけではない。


「そんな隅っこで縮こまってないで、こっちにおいでよ」


「……お、お戯れもほどほどにしてくださいっ」


 そう、その言動もまた、とっっっってもオヤジ臭くなるのだ。


「よいではないか、よいではないか。うりゃうりゃっ」


 オヤジ女神様が、浴槽でオレに飛びかかってきた。

 オレの腕やお腹に触ってくる。


「ふぉおお~~~~っ、これは良いシックスパック」


 女神様は、オレの腹筋に触るのが大好きだ。

 オレとしても、鍛えているのを認めてもらえるのは嬉しい。

 嬉しいが、恥ずかしい。

 そもそも未婚男女が半裸でこの状況というのは、危険が過ぎるのではないだろうか?


 女神様は聡明なお方だけど、妙に迂闊なところがある。

 もしやこのお方、オレ以外の男にも同じようなことやってないだろうな?

 だとしたら、いくらなんでも危険すぎる!

 そりゃ、バルルワ村の住人はみんな女神様に感謝しているし、女神様を敬愛し、崇拝し、畏怖している。

 だから、女神様に不埒な真似を働こうとするやつなんていない。

 ……いないと思うが、こんな裸同然の格好で女神様のほうから迫ってこられたら、バルルワ村の若者の中にはガマンの限界を迎えるヤツだって出てくるかもしれない。

 女神様を手籠めにしようと、襲いかかるヤツだっているかもしれない。

 現に、今のオレがそうなる寸前なのだ。


 女神様は、ご自身が妙齢の女性であり、とても可憐でお美しいことをもっと自覚するべきだ。

 女性が若い男相手にこんなことをして、結果どんなことになるのか思い知ってみるべきだ。

 よし、聞いてみよう。

 こういう真似を、オレ以外の男にもしているのかどうかを。


 回答次第では、オレのほうから女神様へちょっと迫ってやろう。

 ちょっとだけ怖がらせてやろう。

 女神様に怖い思いをさせるのは本意ではないが、本当に危ない目に遭うよりはずっとマシだ。

 女神様は、いくらなんでも男性に対する警戒心がなさすぎる。

 怖い思いをして、警戒心というものを学んでいただこう。


「女神様、妙齢の女性が異性を風呂に連れ込んで、こんなに密着してきて……。まさかオレ以外の男に対しても同じようなことしてませんよね?」


「するわけないじゃん!」


 反応は劇的だった。

 女神様は、風呂の所為だけではないとひと目で分かるほど顔を真っ赤にさせて、叫んだ。

 びっくりするほどの大声だった。


「こんなことするの……クゥン君に対してだけだよ」


 怒り半分、羞恥半分といった表情。


「そ、そうですか。なら良かったです。これからも、こういうお戯れはオレに対してだけにしてくださいね。村の若いヤツらには、ガマンの足りないヤツもいるのですから」


 だがそうなると、別の疑問が浮かんでくる。


「クゥン君に、だけ、だよ」


 なぜオレにだけ? ということだ。

 ……いや、分かっている。

 女神様は多分、オレに対して相当、かなり、ものすごく心を開いてくださっている。

 率直に言って、オレに対して好意を抱いてくれている。

 多分、これはオレのうぬぼれではない。


 ならば、オレの本心はどうか?

 好きだ。

 オレだって、女神様のことが大好きだ。

 なぜって?


 だって、女神様は何だって下さった。

 水を、

 食料を、

 安全を、

 明日を、

 希望を、

 人生を!

 これで『好きになるな』と言うほうが無理な相談だ。


 だからオレは、女神様のお気持ちを受け入れたい。

 今すぐ女神様を抱き締めて、安心させてあげたい。

 けれど、そんなことをしても良いのか。

 オレに、そんなことをする資格があるのか。


 ……オレだけ幸せになってもいいのだろうか。

 魔物に食われ、死んでいった兄たちの顔が目に浮かぶ。

 オレだけ幸せになるなんてこと、許されていいのだろうか。


「ぶぅ~~~~っ」


 オレの沈鬱な気持ちを、甲高い声が貫いた。

 カナリア殿下だ。


「ボクも! ボクもお姉ちゃんとくっつくの!」


 オレから女神様を奪おうと、カナリア殿下がオレたちの間に割って入ってくる。

 そう、この場には殿下もいらっしゃる。

 殿下はここ数日、ご調子が芳しくないとのことで湯治を続けておられるのだ。

 警備の都合上、やんごとなきお立場である殿下が一般客と一緒に風呂に入るわけにはいかないため、こうして『しーくれっと女神風呂』に入っておられるのだ。

 いつもはお付きのメイドさんが一緒だが、今日は代わりに女神様が殿下の面倒を見ている。


「やめて、ふたりとも! 私のために争わないで!」


 女神様が体をくねくねさせている。

 なんというか、ものすごく楽しそうだ。


「いえ、争ってはおりませんが……」


「それで、考えてくれた? この後行きたい場所」


 と、急に落ち着く女神様。

 女神様は頭の回転がとても早いお方だ。

 それゆえに、一見すると情緒が不安定というか表情がコロコロ変わるようなところがあるので、よく人に驚かれる。

 オレはもうすっかり慣れたけど。


「あ、はい。もう決まっております」

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