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20「クゥン編8~幸せになる資格~」

【Side クゥン】



「……で、いつものように魔の森なんだね」


「あはは、すみません」


 鉄神2号に乗った女神様が、嫌そうなお顔をする。

 メンバーは、女神様とオレのふたりだ。


「狩りが目的ではないんです。この先に、綺麗な花畑がありまして」


「おおっ、お花? それは楽しみ!」


「っと。エクセルシア、3時方向からビッグボアが1体!」


「あいよっと」


 ――ドガベキッ


 茂みの奥から飛び出してきたビッグボアの頭部が、2号の拳によって陥没した。

 2号さえあれば、女神様もすっかり歴戦の戦士だな。


「ずいぶんと血なまぐさいデートだなぁ」


「…………」


 女神様が口にした『デート』という単語にドキリとするが、オレは忍耐の限りを尽くして聞き流した。


「見えてきましたよ」


 やがて、開けた場所に出た。

 森の中にできた、天然の花畑だ。


「わぁっ、本当に綺麗!」


 女神様が2号から飛び降りてくる。

 抱きとめると、ふわりと温泉の香りがした。

 ふたり、それぞれ花を摘みはじめる。

 オレはその昔、女友達から教えてもらったことを思い出し、つたないながらもとあるものを作る。


「花冠です」


「わっ、可愛い」女神様が優しく微笑む。「誰に上げるの?」


「それはもちろん――」オレは花冠を女神様に被せる。「女神様に、です」


「――っ!」


 女神様が、顔を真っ赤にした。

 美しい。


「オレ、蓄えがないから、こんなものしかプレゼントできませんが……」


「最高のプレゼントだよ。一生大事にする」


「一生は言い過ぎですよ。花は枯れてしまいます」


「押し花にするよ」


 この人は、オレが守って差し上げなければ。

 できればずっと、すぐ側で。

 ……でも、その願いはきっと、叶わない。

 オレはあくまで、護衛。

 護衛の域を出るような言動をすべきではないんだ。


 再び、ふたりで花を摘みはじめる。

 できるだけたくさんの花を。


「この花、どうするの? お部屋に飾るとか?」


「お供えするんです」


 オレは微笑む。

 ちゃんと笑えたはずだ。


「両親と兄たちの墓前に」


 女神様の表情が、凍りついた。





   ◇   ◆   ◇   ◆





 バルルワ村の外れに、その墓地はある。

 とは言っても、大きめの岩をひとつ建てただけの、粗末な共同墓地だ。

 この村では、人があまりにも多く死んだ。

 ひとりひとりのお墓を作るような余裕は持てなかったんだ。


「すみません。せっかくの休みなのに、こんなところにご案内してしまって」


「ううん、嬉しい。ご挨拶したいと思っていたから。ここには、クゥン君のご家族が全員眠ってるの?」


「はい。父と母と、1番目の兄、2番目の兄、そしてガウルにい――3番目の兄が」


 女神様が墓前で両手を合わせ、目を閉じ、静かに祈る。

 オレは摘んできた花を供える。

 数分ほども祈ってから、女神様は目を開いた。


「変わったお祈りの仕方ですね」


「あ、あはは……実家の風習でね。でも、心を込めてお祈りさせてもらったよ」


「ありがとうございます。家族たちもきっと、喜んでいると思います」


 ふたり、無言で墓前に佇む。

 そうしていると、家族の顔が浮かんできた。


「父も、1番目と2番目の兄たちも、領軍に取られて突撃兵として死んだと聞いています。オレが物心ついた頃にはもう亡くなっていて、正直言って現実感がないんです。けれど、3番目の兄のことはよく覚えています」


「…………」


「1つ上で。特別仲が良かったというわけではないんです。貧しい家で、母が女手ひとつでオレたちを育ててくれていて。いつもお腹を空かせていたから、ご飯の取り合いで兄とケンカになることもしょっちゅうでした。兄らしいことをしてもらった記憶も、正直あまりありません。

 でも、最後の時に――」


 喉が詰まった。

 気がつけば、涙が溢れていた。


「兄とオレが一緒に突撃することになって。でも、兄は――ガウルにいはオレに、『隠れてろ』って。『オレが代わりに食われるから』って。『オレを食えば、魔物も満足して帰るだろうから』って。

 お、オレ……オレ、それで安心してしまって。最低で、最低で……」


 涙が止まらない。

 目の前が暗くなっていく。

 呼吸の仕方が分からなくなる。


「オレは本来、あの時、兄と一緒に死ぬはずだったんです。生きてちゃおかしいんです」


 ガウル兄の屍の上で、オレはのうのうと生きてきた。

 そんな薄汚れたオレが、幸せになんてなっていいはずがない……そんな強烈な引け目を感じながら、毎日をだましだまし生きてきた。

 今もまだ、生きている。

 オレが、オレだけが!


「オレにはっ、幸せになる資格なんてないんですっ」





「そんなこと、ない!」





 温かなものに、包みこまれた。

 女神様の両腕だった。


「幸せになるために、資格なんて必要ない!」


 その温かさと女神様の声が、オレの暗闇を照らしていく。

 気がつけば、辺りはすっかり明るくなっていて、目の前には女神様がいた。


「たとえ許さないって人がいても、私が許す。女神が許すんだよ。キミは絶対に幸せになれる」


 女神様の腕に力がこもる。

 痛いほどに。


「でもっ、一緒に幸せになってくれるはずの家族は、全員死にました」


「私が、家族になる!」


 オレの両肩をぎゅっと掴みながら、女神様がオレを見上げた。

 力強い目だ。

 あまりにも眩しくて、オレは目をそらす。


「そんな重いこと、頼めません」


「私がそうしたいの」


「それって――」

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