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22「領都反乱」

「……ルシア、……エクセルシア、エクセルシア辺境伯!」


「――――はっ!?」


 気がつくと、いつもの執務室で座っていた。

 目の前にはノートパソコンと、書類の山。

 パソコンの時計は、10時過ぎを差している。


 昨日はフラれて、呆然としたまま部屋に戻り、自室で夕食を摂り、風呂に入って寝て起きて、流れのまま働いて気がつけば、今。

 あまりのショックで、記憶があいまいだ。


 私の後ろには、何食わぬ顔のクゥン君。

 いつものように、私のそばで私を守ってくれている。

 けれど、目は合わせてくれない。

 クゥン君にフラれたの、やっぱり夢じゃなかったんだ……。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。


「エクセルシア、大変なんだよ!」


 と、そういえばさっきから、ヴァルキリエさんが必死な形相で話しかけてきていた。


「……あ、はい。どうしましたか?」


 私はガラガラな声で、なんとかそれだけの言葉を絞り出す。

 それにしても、ヴァルキリエさんが慌てるとは珍しい。

 魔物の大群相手にも涼し気な笑みを絶やさない、精神力の権化のような人なのに。

 そのヴァルキリエさんが、驚くべきことを口にした。





「領都で、反乱が起きているんだよ!」





「…………………………………………は?」


 突然のことに、二の句が継げない。

 反乱? 領都フォートロンで? 誰が? 何してくれちゃってるの?

 っていうか、今、私、それどころじゃないんだけど。

 一世一代の大恋愛を失ったばかりなんだけど。


「へぇ。それは大変ですね」


「何を呆けているんだい!」ヴァルキリエさんが、怒る。「早く判断を下すんだよ。領主はキミだろう」


 ……いや、そうだった。

 私は領主だ。辺境伯だ。

 私の判断、対応ひとつで何十人、何百人、ことによってな何千人もの領民たちが大損害を被ることになるんだ。

 今の私は、そういう立場にいるんだ。


 ――バチーーーーンッ


 と、私は自分の頬を思いっきり叩いた。

 頭がクリアになっていく。

 ヴァルキリエさんの後ろからついて来ていたカナリア君が、驚いて飛び上がった。

 私はそんなカナリア君をあやすように、微笑んでみせた。


 そう、反乱のほうが優先課題だ。

 自分の色恋沙汰こそ些末な問題だ。

 クゥン君のことは、今は忘れろ。

 忘れろ、忘れるんだ、どれだけつらくとも!


「失礼しました。ヴァルキリエさん、状況を聞かせていただけますか?」


「それでこそ」ヴァルキリエさんがニヤリと微笑んだ。「それでこそ、私が見込んだ女だ。私が人生を捧げるに足ると信じた君」


「照れますね」


 私も、ニヤリと微笑んでみせる。

 ふー。軽口を叩くと、だいぶ気が楽になってきた。

 為政者たるもの、どんな時も余裕を忘れてはいけない。

 トップが不安な顔をしていたら、部下たちに不安が伝播する。

 統治者は、いつ何時も余裕の笑みを浮かべていなければ。

 国王陛下のように。





   ◇   ◆   ◇   ◆





「辺境伯は退位しろーーーーっ!」

「「「「「退位しろーーーーっ!」」」」」


「獣人への贔屓をやめろーーーーっ!」

「「「「「やめろーーーーっ!」」」」」


 領都フォートロンは騒然としていた。

 中央広場が何百人もの人々で埋め尽くされている。

 彼らはしきりに、シュプレヒコールを上げている。


「人間差別をするなーーーーっ!」

「「「「「するなーーーーっ!」」」」」


「古き良き慣習を禁止するなーーーーっ!」

「「「「「するなーーーーっ!」」」」」


 壇上で民衆を扇動しているのは、私が先日鉄神2号で威圧した、職人ギルド連合の職員だ。


「は~~~~っ」


 私は2号の上で、思わずため息をついてしまう。

 彼らの言い分が、あまりにも身勝手かつ滑稽だからだ。


『獣人贔屓』とは、私が『獣人差別をするな』と言っていることを指しているのだろう。

『人間差別』とは、私が人間と獣人を平等に扱っていることを言っているのだろう。

『古き良き慣習』とは、賄賂の習慣と、それに伴うギルドへの『特権』のことを言っているのだろう。

 つまり彼らは、

『今までどおり獣人をイジメてイジメてイジメたおさせろ』

『大人しく賄賂を受け取って、職人ギルドに甘い汁を吸わせろ』

 と言っているわけだ。


 ……本当に、本当に、どこまで腐った連中なのだろうか。

 2号で蹴り飛ばしてやろうか、とすら思う。

 けれど、暴力を振るってしまったら、最後だ。

 なんちゃって民主主義を掲げる彼らギルドどもの思う壺だ。


 仕方がないので、その場は引き下がることにした。

 その脚で向かったのは――





   ◇   ◆   ◇   ◆





「ギルド連合長、あれはどういうことですか!?」


 職人ギルド連合会館だ。

 さすがに鉄神2号で殴り込んだりはしなかったが、私は怒りを隠しもせずに連合長室へ乗り込んだ。

 これは、『怒っている』とちゃんと示すべき案件だろう。


「あっしらも困ってるんでさぁ」


 だが、あの腐った連中の手綱を握るべき男――職人ギルド連合長は、ニヤニヤと笑うばかり。


「領主様の圧政に耐えかねて、ウチの大切な職員たちが全員、義憤に駆られてあのとおりさ。おかげで仕事になりやしない」


「圧政!? 義憤ですって!?」


 私は憤慨する。

 義憤に駆られているのはこちらのほうだ。


「『獣人をムチで打つな』ということの、いったいぜんたいどこが圧政なんですか」


「まぁとにかく、あっしの声だけじゃもう、アイツらは止められない。できれば女神様のお力をお借りしたいんですがね」


「鉄神で蹴り飛ばせ、とでも? そんなことをしたら、アナタ方はそれこそ『圧政だ横暴だ』と叫んでますますつけ上がるでしょうに」


「頼みまさぁ」


 ギルド連合長は椅子にふんぞり返り、ニヤニヤと笑うばかりで、立ち上がろうとすらしない。

 私だって、上司やお客様が来たら、席くらい立つぞ。

 コイツ、舐め腐ってやがる。

 けれど……。


 私は、悩む。


 前辺境伯は、コイツらと上手くやってきていたのだ。

 賄賂や特権といった汚い手段を取っていたにせよ、このタヌキオヤジと上手いこと付き合っていたのだ、前辺境伯は。

 私と前辺境伯の、何が違うのだろう?

 やっぱり、私が女だからなのだろうか。

 男尊女卑を地でいくこの中世ヨーロッパ風世界において、女は女であるというただその一点において、ここまでバカにされなければならないのだろうか。

 獣人差別といい、女性蔑視といい。

 本当に、つくづくこの世界は生き難いな!

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