職人ギルド連合会館をあとにして、私たちはさらに少しばかり街を巡回する。
すると、
「獣人贔屓をやめろーーーーっ!」
「「「「「やめろーーーーっ!」」」」」
「人間差別をやめろーーーーっ!」
「「「「やめろーーーーっ!」」」」
街の中心から離れたところでも、デモ行進があった。
「こんなところでまで」クゥン君が顔をしかめる。「衛兵なら、取り締まるのも難しくはないと思いますが……」
「そうなんだよね」
私は、クゥン君が私に話しかけてくれたのが嬉しい。
少しぎこちないくなってしまったが、私はなんとかクゥン君とお話することができた。
「衛兵や領軍を使ってデモを解散させるのは容易いけど、そんなことをしたら、確実に禍根が残ってしまう……あれ?」
私は首を傾げる。
そのデモ隊が『奇妙』だったからだ。
「あのデモ隊、成人男性だけじゃなく、女性や子供、老人まで混ざってる。おかしいよ。職人ギルドは男だけの世界のはずなのに」
「ですね」とクゥン君。「それに、成人男性の参加者にしたって変です」
「というと?」
「はい。彼らの身なりが、ずいぶんと貧相なんです。職人ギルド所属の人々は、『特権』による中抜きでたっぷり私腹を肥やしていたはずなのに。『特権』を剥奪されたとは言っても、こんな短期間で服を失うほど困窮しているはずがありませんよね」
「あっ、本当だ! さすがはクゥン君!」
「い、いえ」
「つまり、あの男性たちはギルド非所属の下請け職人ってこと? えええっ、なんで!? まるで意味が分からない。下請けだったら、ギルドの『特権』がなくなったことで、直請けして実入りが良くなったはずなのに」
聞いていると、シュプレヒコールの中に『古き良き慣習』のくだりは存在しない。
ということは、やはり彼らにとっても『特権』の廃止は歓迎すべきことってことだ。
けれど、彼らは怒っている。
怒り狂っている。
みな、目の色を変えて行進し、叫んでいる。
まるで洗脳魔術にでもかかっているかのような、異様な雰囲気だ。
私はなんとなく、クローネさんたちを苦しめていた前辺境伯の洗脳魔道具を思い出す。
「あの先頭に立っている人だけ、やけに身なりがいいね」
「あぁ、アイツは……」
私の言葉に、クゥン君が顔をしかめた。
「知っているの、クゥン君?」
「獣人の天敵、です」
「天敵? 腕っぷしは強そうに見えないけど」
歳の頃は三十半ばくらいかな?
成金趣味っぽいギラギラした服を着た、カイゼルひげ(ハの字の、先っぽがクルンと上を向いたド派手なひげ)が似合っているんだかいないんだかよく分からない外見。
体の線は細いほう。
身長は平均より少し高め。
顔は、イケオジか非イケオジかと言われれば、イケオジ寄り。
でも、なぜだか私は、あの顔に生理的嫌悪感を覚えてしまう。
私を陥れるようなデモを扇動しているから?
そうかもしれない。
髪はすごい。
まるでモーツァルトみたいだ。もちろんカツラなんだろうけど。
まぁ、この世界の貴族社会ではカツラは恥ずかしいものじゃなくて、髪をボリューミーに見せて威厳を際立たせるための『正装』ですらあるからね。
ん? ということはあの男、貴族?
豪華なマントも羽織ってるし。
でも、バルルワ = フォートロン辺境伯領に私以外の貴族はいないはずなんだけどなぁ。
「アイツは剣ではなくペンで戦うんですよ」
クゥン君が吐き捨てるように言う。
滅多と人の悪口を言わず、嫌な顔をしてみせないクゥン君にしては、とても珍しいことだった。
「というと?」
「劇作家なんです。獣人差別を扇動するような劇ばかり書いている、劇作家。それも、前辺境伯から多額の援助金を得て」
「クソ前辺境伯から!?」
「ヤツの名は、ゾルゲ = フォン = フォートロン。前辺境伯の長男です」
「あぁ……なるほど」
腑に落ちた。
私が、あの顔に嫌悪感を覚えた理由。
あの顔に、前辺境伯の面影があったからだ。
私との決闘に敗れ、莫大な借金と、乳幼児も含めた子供たちを残してひとり逃げ出してしまった、前辺境伯の面影が。
「ふふふ……ふふふふふふふふっ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!! 前辺境伯……いや、愛沢部長。アンタって人は、いなくなってもなお、私に祟ってくれるのね」
「め、女神様……?」
クゥン君が怯えた目で私を見ている。
いかんいかん、怖がらせてしまったか。
「あぁ、ごめん。何でもないよ、大丈夫」
私はクゥン君に微笑みかける。
優しく微笑んだつもりだったのに、クゥン君が怯えた表情のまま後ずさったのはちょっぴりショックだったが。
あぁ、もう。何もかも愛沢部長の所為だぞ。
「それにしても、そうか。つまりアイツ――ゾルゲ = フォン = フォートロンが、今回のラスボスってわけね」