「前辺境伯の長男にして劇作家ゾルゲ = フォン = フォートロンが、今回のラスボスってわけね」
「らすぼ……? 何ですか?」
「ごめんごめん、こっちの話。ちょっと話、付けてくるね」
「え? 女神様、危険すぎます!」
私は2号を操り、デモ隊に近づいていく。
すると、
「獣人だ!」
「見ろ、獣人がいるぞ!」
「あの巨大な自動人形は、悪逆領主の乗り物だ!」
「ということは、あれに乗っている女が悪逆領主だな!」
デモ隊の連中が私とクゥン君に気づいた。
老若男女が石を拾い上げ、私たちに投げつけてくる!
さらには、
「悪逆領主を引きずり下ろせ!」
鉄神に殺到し、私を引きずり降ろそうとしてくる!
「ちょっ、正気!?」
貴族に、それも領主に楯突くなんて!
相手が私じゃなきゃ、縛り首だよ!?
くそっ、どうする!?
まさか2号で蹴り飛ばすわけにもいかないし――。
「クゥン君、逃げるよ!」
「了解です!」
◇ ◆ ◇ ◆
バルルワ温泉郷の女神邸・執務室にて。
「……ってな目に遭いまして」
「大事件じゃないか!」
私の報告を聞いて、仰天のヴァルキリエさん。
「そんなことなら、やっぱり私も行くべきだった」
「まぁ、ヴァルキリエさんは反乱に備えて領軍の編成に忙しかったわけですから」
「だとしても、だよ。それにしても、領主に襲いかかるなんて、バカなのかそいつらは? 命が惜しくないのか?」
「本当に、異様な雰囲気でした。まるで、操られているみたいな」
「実際」と、同席しているクローネさんが言った。「操られているのかもしれません。事実として、前辺境伯は妻たちを洗脳魔道具で縛っていました。同様の道具を調達して、息子に与えた可能性は十分に考えられます」
「そうだね」とヴァルキリエさん。「獣人差別は、あの劇場ができてから一気にひどくなったと記憶している。そしてゾルゲ = フォン = フォートロンは劇場設立当初からずっとあの劇場のメイン作家だ。さらには、前辺境伯は大量の資金を劇場に投じ、領民たちに格安で劇場を提供していた。実際、歌劇は領民の思想を誘導するうえで非常に有効な手段だと思うよ」
「つまり、劇場に洗脳魔道具的な何かがあると? 獣人を貶めるストーリーの歌劇を観客に見せながら、獣人に対する悪感情を洗脳レベルで刷り込んでいると?」
「ついでに、『悪逆領主』に対する悪感情もね」
「なんてこと……」
「まぁあくまで予想でしかないわけだがね。なんとかして証拠を見つけ出したいところだが」
「法務大臣さん」
「はい、閣下」と同席していた法務大臣さん。「現在、バルルワ = フォートロン辺境伯領の領法では、犯罪者以外に対する洗脳魔法の行使は違法となっています。『ただし、領主が認めた場合は、その限りではない』という条文が付いておりますが」
「ですよね。つまり、劇場が洗脳魔道具的な何かで観客を洗脳していると仮定した場合、前辺境伯時代は前辺境伯が許可を出していたから合法だったわけですね。無論、観客や領民たちに対しては極秘だったろうけど」
「はい。ですが、今の領主はエクセルシア閣下です。よって、ゾルゲ = フォン = フォートロンが本当に洗脳魔道具を使っていた場合は、ゾルゲを逮捕できます」
「つまり、証拠さえ見つけられれば形勢逆転ですね。領民たちよ、キミたちは操られていたんだ。目を覚ませーって」
「だね」とヴァルキリエさん。「だが、キミが鉄神で押し入ったり、私が領軍を率いて立入検査をするのは困難を極めるだろう」
「どうしてですか?」
「反発されるからさ。何しろ相手は『
「あぁ……劇場の従業員が『抵抗』して、『なぜか』怪我を負うんですね? 前辺境伯の息のかかった人間ならやりかねない」
「そういうことさ。とはいえ、向こうはずいぶんと攻撃的だ。非武装で向かうのは危険極まる」
「相手に怪我を追わせるわけにはいかないのは、向こうも同じなのでは?」
「だが、事実として石を投げてきたのだろう?」
「うっ、そうでした」
「今日は無傷で済んだが、万が一にもキミが怪我を負わされたら、私は領軍の長として
その者を処罰せざるを得なくなる。領主に悪意を持って怪我を負わせるなど、極刑だな」
「そんなことしたら、ますます怒りが高まっちゃいますよ!」
「そう。それがゾルゲの狙いなのだろう。状況をどうしようもないところまで悪化させ、革命でも起こすつもりなのか。実に前辺境伯らしい計略だね。前辺境伯が背後で糸を引いているのか、いないのか。いないのだとしたら、ゾルゲは未だに前辺境伯の亡霊に踊らされているということになるが」
「どうしましょう……」
劇場を取り調べしなければ、解決の糸口は見つけられない。
でも、取り調べをしたら十中八九、大火傷をしてしまう。
とはいえ、手をこまねいていても状況は悪化するばかり。
……八方塞がりだ。
その時、
「私が潜入してきます!」
凛々しい声が執務室を貫いた。
クローネさんだ。
「動かぬ証拠をつかんできますよ!」
「危険です!」私は反対する。「クローネさんには戦闘力がありません」
「大丈夫」ナイフを取り出すクローネさん。「これでも私、エクセルシアさんと出会ってから鍛えてるんですよ。ゴロツキ程度なら返り討ちにしてやりますよ」
「でもでも、洗脳される恐れもあるんですよ!?」
「それも大丈夫です。あの前辺境伯の洗脳魔法だってはねのけましたし、あれから治癒系魔法の【解呪】も覚えたんです。というか、あの時は前辺境伯に対する怒りのパワー的な何かで洗脳魔術の
「なにそれ格好良い。ピンチの瞬間、必殺技に目覚めるなんて。伝説や伝承の英雄かな? じゃなくて! クローネさんが行くくらいなら、私も同行します!」
「ダメです。エクセルシアさんとヴァルキリエさんは有名人。バレる危険があります。その点、私はこの地に来て日も浅く、顔も知られていません」
「うう……」
クローネさんの言うとおりなのだ。
今でこそ、クローネさんは治療院の院長という立場を持っており、バルルワ温泉郷では有名人だ。
だが前辺境伯時代は、屋敷に籠もったきりで影の薄い人物といった印象だろう。
領都の人が温泉郷に来ている可能性もゼロではないが、あの差別的な連中が、獣人だらけの温泉郷に好きこのんでやって来るとは思えないし。
一方の私とヴァルキリエさんは、領都でも顔が知られている。知れ渡っている。
だが、だけど、
「ですがやはり、あまりにも危険です」
「ですが、誰かがやらなければなりません。バルルワ = フォートロン辺境伯領は今や、領都と温泉郷でほとんど分裂状態。この問題はできる限り早急に解決させる必要があります。それに――」
クローネさんが、クローネさんらしからぬ挑戦的な笑みを見せる。
この子はいったいぜんたいいつから、こんなにも主体的に笑えるようになったのだろう。
成長を感じる。圧倒的成長を。
「前辺境伯の置き土産に苦しめられるなんて、もう真っ平じゃないですか。劇場ごと叩き潰してやらないと」
「おおっ、クローネさんが好戦的だ。ずいぶんと強くなりましたねぇ」
「誰目線ですか。私はエクセルシアさんの教育係なんですよ」
「その設定、もうそろそろ良くないですか?」
「というわけで、この場は教育係の私に任せてください!」
私のツッコミを華麗にスルーし、どんっと薄い胸を叩いてみせるクローネさんなのだった。