1日が経った。
クローネさんは戻ってこない。
……2日が経った。
クローネさんは、未だ戻ってこない。
…………3日が経った。
「限界です!」
「どこへ行くつもりだい?」
執務室から飛び出そうとする私の腕を、ヴァルキリエさんがつかんだ。
「領都に決まってるでしょう! クローネさんが捕まってしまったのかもしれません」
「だが、危険だ」
「分かってます! 危険だからこそ――クローネさんが危険な目に遭っている可能性が高いからこそ、助けに行くんです」
「それでキミまで捕まってしまったら、クローネの決意が無駄になるじゃないか」
「っ! ……でも、それでもっ。クローネさんは、大切な仲間で、家族なんです。私が初めてフォートロンの屋敷にやって来た時。最初に声を掛けてくれて、治癒魔法で癒やしてくれて、屋敷での暮らし方を手取り足取り教えてくれたのが、クローネさんなんです」
「…………」ヴァルキリエさんはしばし思案していたが、「分かったよ。ただし、私も同行するからね」
「ありがとうございます! では、私、クゥン君、ヴァルキリエさんの3名で出撃します」
「拝命した」とヴァルキリエさん。
「ははっ」とクゥン君。
◇ ◆ ◇ ◆
というわけで、変装タイムだ。
クゥン君は獣人だとバレないように耳を隠さないといけないし、私はメイクやらメガネやらで印象を変える必要がある。
そして、なにげに一番知名度の高いヴァルキリエさんは、
「おおおっ。ヴァルキリエさんの男装、めちゃくちゃ似合ってますね」
そう。
ヅカ顔で長身かつ筋肉質なヴァルキリエさんは、男のふりをすることで変装した。
胸はさらしを巻いて目立たなくさせ、使い込まれた革鎧に身を包む。
メイクによって眉毛を太くゴワゴワとさせ、頬に傷まで描く。
これがまた、上手なのだ。
あっという間に、『ベテラン冒険者』風の男性が出来上がった。
「そんな特殊メイク、どこで覚えたんですか?」
「日頃の研究の成果さ」
「研究って、何のために?」
「こういう時のために」
道理だった。
ヴァルキリエさんのお仕事は、領の治安維持と防諜。
表向きの仕事である『治安維持』だけでなく、裏方の『防諜』も仕事に含まれるのだ。
きっと今までにも、変装して調査したりすることがあったのだろう。
領の紋章が入っていない曲刀を帯び、これでヴァルキリエさんは完成。
クゥン君はしっぽをズボンの中に仕舞い、イヌ耳と顔を大きな帽子を目深に被ることで隠して完成。
ベテラン冒険者(ヴァルキリエさん)に付き従う、斥候役って感じだ。
私のほうも、ヴァルキリエさんが用意してくれた革製のドレスを着て、スタッフを手にすることで完成。
ベテラン冒険者に同行する魔法使い風だ。
「あっはっはっ。様になっているじゃないか、2人とも。馬子にも衣装だね」
ヴァルキリエさんが笑う。
釣られて、私とクゥン君も笑った。
事態は刻一刻を争う。
今この瞬間にも、クローネさんが危険な目に遭っているのかもしれない。
とはいえ、それはあくまで仮定の話だ。
仮定のことまで心配していては、神経が保たない。
こんな時だが、こんな時だからこそ、ユーモアを忘れてはならないのだ。
緊張しっぱなしだったら、いつか糸が切れてしまう。
前世の私のように、ブチ切れて闇雲に走った挙げ句、道路に飛び出して異世界トラックだ。
「当然ながら、鉄神には乗って行けない。エクセルシア、何か身を守る道具は持っているのかい? もしくは棒術が使えたりとか?」
「残念ながら、戦闘能力は皆無なんですよね、私。でも、ご安心ください。秘密兵器を用意していますので」
私が腰のポーチから取り出したのは、
「鉄神の、いかずちの杖かい?」
「はい。M4のアレは『アサルトライフル』って言うんですけど、コイツはそれの超小型版で『拳銃』って言います」
そう、拳銃。
もちろん自作ではなく、魔の森地下の武器集積所に置いてあったやつだ。
自動人形たちにやらせている地下基地の発掘・整頓作業によって、銃火器のたぐいを回収していたのだ。
「こんなに小さいのに、弾が飛び出すのかい!? 便利なものだ。威力はどのくらいだい?」
「ゴブリンやオークの頭部くらいなら貫けますよ」
「おおお!」
私は、黒塗りの拳銃を見せびらかす。
私は銃には疎いので、何という種類の拳銃なのかは知らない。
とにかく、リボルバーじゃないタイプのヤツ。
引き金を1回引いたら、1発だけ弾が出てくるヤツだ。弾は十数発入っている。
なお、この拳銃はクゥン君にも持たせており、練習してもらっている。
ゆくゆくは、拳銃や小銃を領軍やバルルワ自警団にも配備するつもりだ。
中世ヨーロッパ風世界に銃を広めるのはどうなのか、とも思ったけど……M4が超巨大アサルトライフルをバンバン撃っているのだから、今さらな話だ。
それに、仮想敵国モンティ・パイソン帝国は恐らく、銃なんて目じゃないくらい発展しているはず。
レールガンとかビームライフルとか?
兵器には詳しくないから、知らんけど。
モンティ・パイソンからゲルマニウム王国を守る、盾としての役目を追っている辺境伯としては、銃やロボットの研究開発は急務だろう。
地下の生産ラインを早く動かす必要があるだろう。
もっとも、すべては目下の問題――領都の反乱をなんとかしてからの話だ。
「というわけで、私も最低限、自衛は可能です」
「分かった」
ヴァルキリエさんがうなずいた。
「では、出陣!」
「「了解!」」
◇ ◆ ◇ ◆
領都へは馬で向かった。
私はヴァルキリエさんの馬に乗せてもらう。
クゥン君も馬。
彼の場合、
旅の冒険者を装って、領都に正門から入る。
当然ながら、私とヴァルキリエさんの顔パスは使えない。
ではどうするのかと言うと、
「次の者、身分証明書を」
衛兵の声に、ヴァルキリエさんが取り出したのは、
「ほら、冒険者証だよ」
驚いたことに、偽名の、しかも男性の冒険者証だ。
そして、いったいぜんたいどこでそんな技術を学んだのか、ヴァルキリエさんの声は男性そのものだ。
「Aランク冒険者か。後ろの2人はパーティーメンバーかい?」
「そうだよ。通してもらえるかい?」
「ああ、大丈夫だ」
というわけで、変装した私たちは、『Aランク冒険者・ヴァルター氏』とそのパーティーメンバーとしてあっさりの領都の門を通過することができた。
「どうしてそんなモノ持ってるんです?」
しばらく歩いてから、私はたまらずヴァルキリエさんあらためヴァルターさんに尋ねた。
「そんなモノって?」
「偽造の冒険者証ですよ」
「ふふん」ヴァルキリエさん、ニヤリと微笑んで、「こういう時のためさ」
道理だった。
つまりこれも、治安維持と防諜のための備えということなのだろう。
事実、こうして役に立っているわけだし。
いやぁ、ヴァルキリエさんって本当に頼りになるな!
この人が領に残ってくれて本っっっ当に良かった。
さて。
街は、相変わらず物々しい雰囲気に包まれていた。
あちこちで反獣人・反領主デモが発生している。
特に劇場周辺がヤバい。
老若男女、ギルド所属かどうかを問わず、大騒ぎをしている。
みな、熱に浮かされたような、洗脳されたかのような目をしている。
やはり、あの劇場に何かがあるのだろう。
私たちは、劇場に入った。
いざ、戦闘開始だ。