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25「潜入準備」

 1日が経った。

 クローネさんは戻ってこない。


 ……2日が経った。

 クローネさんは、未だ戻ってこない。


 …………3日が経った。


「限界です!」


「どこへ行くつもりだい?」


 執務室から飛び出そうとする私の腕を、ヴァルキリエさんがつかんだ。


「領都に決まってるでしょう! クローネさんが捕まってしまったのかもしれません」


「だが、危険だ」


「分かってます! 危険だからこそ――クローネさんが危険な目に遭っている可能性が高いからこそ、助けに行くんです」


「それでキミまで捕まってしまったら、クローネの決意が無駄になるじゃないか」


「っ! ……でも、それでもっ。クローネさんは、大切な仲間で、家族なんです。私が初めてフォートロンの屋敷にやって来た時。最初に声を掛けてくれて、治癒魔法で癒やしてくれて、屋敷での暮らし方を手取り足取り教えてくれたのが、クローネさんなんです」


「…………」ヴァルキリエさんはしばし思案していたが、「分かったよ。ただし、私も同行するからね」


「ありがとうございます! では、私、クゥン君、ヴァルキリエさんの3名で出撃します」


「拝命した」とヴァルキリエさん。


「ははっ」とクゥン君。





   ◇   ◆   ◇   ◆





 というわけで、変装タイムだ。

 クゥン君は獣人だとバレないように耳を隠さないといけないし、私はメイクやらメガネやらで印象を変える必要がある。

 そして、なにげに一番知名度の高いヴァルキリエさんは、


「おおおっ。ヴァルキリエさんの男装、めちゃくちゃ似合ってますね」


 そう。

 ヅカ顔で長身かつ筋肉質なヴァルキリエさんは、男のふりをすることで変装した。

 胸はさらしを巻いて目立たなくさせ、使い込まれた革鎧に身を包む。

 メイクによって眉毛を太くゴワゴワとさせ、頬に傷まで描く。

 これがまた、上手なのだ。

 あっという間に、『ベテラン冒険者』風の男性が出来上がった。


「そんな特殊メイク、どこで覚えたんですか?」


「日頃の研究の成果さ」


「研究って、何のために?」


「こういう時のために」


 道理だった。

 ヴァルキリエさんのお仕事は、領の治安維持と防諜。

 表向きの仕事である『治安維持』だけでなく、裏方の『防諜』も仕事に含まれるのだ。

 きっと今までにも、変装して調査したりすることがあったのだろう。

 領の紋章が入っていない曲刀を帯び、これでヴァルキリエさんは完成。


 クゥン君はしっぽをズボンの中に仕舞い、イヌ耳と顔を大きな帽子を目深に被ることで隠して完成。

 ベテラン冒険者(ヴァルキリエさん)に付き従う、斥候役って感じだ。


 私のほうも、ヴァルキリエさんが用意してくれた革製のドレスを着て、スタッフを手にすることで完成。

 ベテラン冒険者に同行する魔法使い風だ。


「あっはっはっ。様になっているじゃないか、2人とも。馬子にも衣装だね」


 ヴァルキリエさんが笑う。

 釣られて、私とクゥン君も笑った。


 事態は刻一刻を争う。

 今この瞬間にも、クローネさんが危険な目に遭っているのかもしれない。

 とはいえ、それはあくまで仮定の話だ。

 仮定のことまで心配していては、神経が保たない。

 こんな時だが、こんな時だからこそ、ユーモアを忘れてはならないのだ。

 緊張しっぱなしだったら、いつか糸が切れてしまう。

 前世の私のように、ブチ切れて闇雲に走った挙げ句、道路に飛び出して異世界トラックだ。


「当然ながら、鉄神には乗って行けない。エクセルシア、何か身を守る道具は持っているのかい? もしくは棒術が使えたりとか?」


「残念ながら、戦闘能力は皆無なんですよね、私。でも、ご安心ください。秘密兵器を用意していますので」


 私が腰のポーチから取り出したのは、


「鉄神の、いかずちの杖かい?」


「はい。M4のアレは『アサルトライフル』って言うんですけど、コイツはそれの超小型版で『拳銃』って言います」


 そう、拳銃。

 もちろん自作ではなく、魔の森地下の武器集積所に置いてあったやつだ。

 自動人形たちにやらせている地下基地の発掘・整頓作業によって、銃火器のたぐいを回収していたのだ。


「こんなに小さいのに、弾が飛び出すのかい!? 便利なものだ。威力はどのくらいだい?」


「ゴブリンやオークの頭部くらいなら貫けますよ」


「おおお!」


 私は、黒塗りの拳銃を見せびらかす。

 私は銃には疎いので、何という種類の拳銃なのかは知らない。

 とにかく、リボルバーじゃないタイプのヤツ。

 引き金を1回引いたら、1発だけ弾が出てくるヤツだ。弾は十数発入っている。


 なお、この拳銃はクゥン君にも持たせており、練習してもらっている。

 ゆくゆくは、拳銃や小銃を領軍やバルルワ自警団にも配備するつもりだ。

 中世ヨーロッパ風世界に銃を広めるのはどうなのか、とも思ったけど……M4が超巨大アサルトライフルをバンバン撃っているのだから、今さらな話だ。


 それに、仮想敵国モンティ・パイソン帝国は恐らく、銃なんて目じゃないくらい発展しているはず。

 レールガンとかビームライフルとか?

 兵器には詳しくないから、知らんけど。

 モンティ・パイソンからゲルマニウム王国を守る、盾としての役目を追っている辺境伯としては、銃やロボットの研究開発は急務だろう。

 地下の生産ラインを早く動かす必要があるだろう。

 もっとも、すべては目下の問題――領都の反乱をなんとかしてからの話だ。


「というわけで、私も最低限、自衛は可能です」


「分かった」


 ヴァルキリエさんがうなずいた。


「では、出陣!」


「「了解!」」





   ◇   ◆   ◇   ◆





 領都へは馬で向かった。

 私はヴァルキリエさんの馬に乗せてもらう。

 クゥン君も馬。

 彼の場合、【闘気】ウェアラブル・マナを発動させて走ったほうが速いまであるけど、そんなことをしたら悪目立ちしてしまうからね。


 旅の冒険者を装って、領都に正門から入る。

 当然ながら、私とヴァルキリエさんの顔パスは使えない。

 ではどうするのかと言うと、


「次の者、身分証明書を」


 衛兵の声に、ヴァルキリエさんが取り出したのは、


「ほら、冒険者証だよ」


 驚いたことに、偽名の、しかも男性の冒険者証だ。

 そして、いったいぜんたいどこでそんな技術を学んだのか、ヴァルキリエさんの声は男性そのものだ。


「Aランク冒険者か。後ろの2人はパーティーメンバーかい?」


「そうだよ。通してもらえるかい?」


「ああ、大丈夫だ」


 というわけで、変装した私たちは、『Aランク冒険者・ヴァルター氏』とそのパーティーメンバーとしてあっさりの領都の門を通過することができた。


「どうしてそんなモノ持ってるんです?」


 しばらく歩いてから、私はたまらずヴァルキリエさんあらためヴァルターさんに尋ねた。


「そんなモノって?」


「偽造の冒険者証ですよ」


「ふふん」ヴァルキリエさん、ニヤリと微笑んで、「こういう時のためさ」


 道理だった。

 つまりこれも、治安維持と防諜のための備えということなのだろう。

 事実、こうして役に立っているわけだし。

 いやぁ、ヴァルキリエさんって本当に頼りになるな!

 この人が領に残ってくれて本っっっ当に良かった。


 さて。

 街は、相変わらず物々しい雰囲気に包まれていた。

 あちこちで反獣人・反領主デモが発生している。

 特に劇場周辺がヤバい。

 老若男女、ギルド所属かどうかを問わず、大騒ぎをしている。

 みな、熱に浮かされたような、洗脳されたかのような目をしている。

 やはり、あの劇場に何かがあるのだろう。


 私たちは、劇場に入った。

 いざ、戦闘開始だ。

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