小一時間後。
「み、見つからない……」
私たちは、未だ地下室への入口を見つけ出せずにいた。
上演中の演目が終わるまで、もう10分もない。
演目が終わったら、さっきの兄貴と舎弟がゾルゲに報告に行ってしまい、地下室の捜索が始まるだろう。
クローネさんが地下室に潜んでいる可能性は、高い。
そして、地下にはゾルゲが厳重に守っている秘密があるらしい。
クローネさんはきっと、その秘密に到達したんだ。
けれど地下室はゾルゲが秘密の入口を施錠するものだから、出るに出られなくなってしまった……ということではないだろうか。
全部想像にすぎないけれど、けっして的外れな考えではないはず。
とにかくあと10分以内に地下室への入口を探し出し、クローネさんと合流しなければ。
「でも、どうしよう……?」
「どうしたものかね」
私の呟きに、ヴァルキリエさんが同意した。
私たち2人が困り果てていると、
「お任せください!」
頼もしい声が聴こえてきた。
クゥン君だ。
クゥン君はいつだって、私を助けてくれる。
告白は断られちゃったけど……いやいや、今は忘れろ。目の前のことに集中するんだ、私。
「オレが地下室の位置を探り出します。――【バルルワ・イヤー】!」
出た!
伝家の宝刀【バルルワ・イヤー】!
先日も、領都の屋敷跡地で地下室を見つける際に使った技だ。
クゥン君が四つん這いになり、床に耳を当てる。
「…………」
耳を澄ませながら、クゥン君が四つん這いで動き回る。
ちょっとイヌっぽくて可愛い。
ゴロツキどもをやり過ごしながら、いくつかの部屋を確認して回ることしばし。
「見つけました! この下に空洞があります」
「つまり、この下が地下室ってこと!?」
「そのようです。しかし、どうしましょうか。鉄神様を連れてきて、床をぶち抜きますか?」
「いやいや、それだとバレちゃうでしょ」
「ですよね。オレが
「ならば、私の出番だね」
ヴァルキリエさんが曲刀の柄に触れた。
次の瞬間、
――シュッシュッシュッシュッ
――チンッ
ヴァルキリエさんの利き腕がブレた!
残像すら見えないほどの速度で何度も腕を振るい――腕を振るったかと思ったら、もう曲刀を鞘に納めている。
人外じみた抜刀術だ。
数秒経ってから、
――ドガシャァァアアアアアアアアンッ!
床に綺麗な正方形の穴が空いた。
ヴァルキリエさんが切り抜いたのだ。
当然ながら床が地下室に落ち、盛大な音を立てる。
「なんだ、今の音は!?」
「あーっ、誰だ貴様ら!?」
そして当然ながら、屈強なゴロツキどもが集まってきた。
「見つかったら意味ないじゃないですかーーーー!」
私の叫びに、ヴァルキリエさんが微笑む。
「意味ならあるさ。敵より一歩先に進める!」
ヴァルキリエさんが抜刀する。
「ここは私が食い止める! 行け!」
――トゥンク
ヴァルキリエさんのあまりのイケメンっぷりに、私の胸が高鳴った。
が、すぐに我に返る。
……いやいやいや、いい話風にカッコつけてるけど、脳筋プレイに違いはありませんからね、ヴァルキリエさん!?
みるみるうちに、ゴロツキたちが集まってくる。
が、対人戦闘最強生物であるヴァルキリエさんが遅れを取るはずもない。
無数の剣戟の音をBGMに、私とクゥン君は地下室へと飛び込んだ。
中は、暗い。
私たちは懐中電灯(魔道具)の明かりを頼りに進む。
部屋があり、廊下があり、また部屋があった。
「クローネさん、いたら返事してください!」
――カタンッ
不意に、暗闇の中から物音が。
「クローネさん?」
暗闇の向こうから現れたのは、
「自動人形!?」
「戦闘タイプです。お下がりください、エクセルシア」
クゥン君が抜刀した。
戦闘が始まる。
とは言っても、危険なことなどなにもなかった。
クゥン君は歴戦の戦士であり、今は地龍の曲刀と軽装鎧で武装しているのだ。
自動人形は瞬く間に両腕を切り落とされ――って、追加で4本の腕が出てきた!?
だがそれすらも、すぐに切り落とされていく。
勝ったなガハハ、風呂入ってくる。
――カタンッ
私の背後で、物音。
「まさか2体目!?」
案の定、同じタイプの自動人形が暗闇の中から出てきた。
「エクセルシア!?」
「大丈夫。私にはコレがあるから」
私は拳銃を取り出す。
慌てず冷静に、安全装置を解除した。
自動人形の胴体に狙いを定めて引き金を引くと、
――カチッ
弾が……出てこなかった。
「えっ!?」
――カチッ
――カチッ
「な、なんで!?」
自動人形が腕を振り上げ、私に向けて凄まじい勢いで振り下ろす!
「エクセルシア!」
クゥン君が私を庇ってくれた。
けれど無理な体勢だったのか、クゥン君は頭を打たれて倒れてしまった。
「クゥン君!?」
私はクゥン君を抱き起こす。
「くっ、このぉ!」
再び自動人形に拳銃を向けるが、何度引き金を引いても弾は出ない。
あぁくそっ、考えがまとまらない!
自動人形が再び腕を振り上げた。
あんなもので叩かれたら、私の頭蓋骨なんてひとたまりもない。
どうすれば、どうすれば、どうすれば――!
「エクセルシア……撃鉄を」
「撃鉄!?」
言われるがまま、私は拳銃の撃鉄を起こす。
そうして再び、引き金を引いた。
――パンッ!
凄まじい衝撃とともに銃弾が射出され、自動人形の胴体に炸裂した。
私は無我夢中で引き金を引き続ける。
――パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
銃弾が自動人形の胴体を、四肢を吹き飛ばしていく。
やがて自動人形は粉々になり、動かなくなった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
背後を見れば、1体目の自動人形はクゥン君の剣によって細切れにされ、機能停止していた。
「あぁ、良かった……って、良くない! クゥン君、大丈夫!?」
クゥン君が目を開いてくれない。
気絶しているのだろうか。
頭から出血していて、彼のふわふわな髪を濡らしている。
「クゥン君、目を覚まして! そんな、お願い、死なないで!」
私は錯乱する。
ちょっと、自分でもみっともないほどうろたえる。
この劇場に入ってから、私の心はすっかり不安定だ。
まるで、私が私じゃないみたいだ。
私は不安を埋めるために、クゥン君にしがみつく。
クゥン君はいつだって私を守ってくれる。
けれど、私が一番欲しいものはくれない。
大好き愛してる一緒になりたい憎い殺したい大好き愛してる一緒になりたい憎い殺したい大好き愛してる一緒になりたい憎い殺したい大好き愛してる一緒になりたい憎い殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!
私の心が真っ黒な衝動によって塗りつぶされていく。
「エクセ……ルシア……」
クゥン君の、苦しげな声。
気がつけば、私はクゥン君の首を締めていた。
なぜ、私はこんなことを?
早くこの手をほどかなければ。
けれど私の意思に反して、私の体はちっとも自由にならない。
「クゥン君、クゥン君、クゥン君……ッ! どうして私の気持ちを受け入れてくれないの!? 私のものにならないのなら、いっそ――」
私の手指はますます強くクゥン君の首を締めはじめる。
体は自由にならない。
さらには、意思さえも――。
獣人を殺せ!
獣人は全員悪だ!
獣人は皆殺しにしろ!
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!
私たちがいる部屋の、床が光り輝いている。
床には何やら不吉な模様の魔法陣が描かれており、魔力を帯びている。
その輝きを見つめているうちに、私の胸の内にますます、獣人への憎しみが広がっていく。
「エクセルシア……苦しい。放して……くだ……」
「クゥン君!」私の手指に力が籠もる。「大好き。愛してる。死ねぇぇえええええッ!」