「クゥン君!」私の手指に力が籠もる。「大好き。愛してる。死ねぇぇえええええッ!」
「【解呪】ッ!」
クローネさんの声が聴こえた気がした。
とたん、私の心を満たしていたどす黒いものが、すっと消え去っていった。
私は急速に、正気を取り戻した。
「わぁあああっ!?」慌てて、クゥン君の首から手を放す。「ごめん、大丈夫!?」
「けふっ、けふっ……大丈夫ですよ、鍛えてますから」
首って鍛えられるの……?
いや、これはきっと、彼の優しさ――私に対する配慮だろう。
「でも、本当にごめん。私ったら、どうしてこんな――」
「この魔法陣――洗脳魔法のせいです」
クローネさんが部屋に入ってきた。
やはり、先ほどの声の主はクローネさんだったのだ。
そして、どうやらついさっきまで私は洗脳魔法に罹っていて、クローネさんが精神治癒魔法【解呪】によって私の洗脳状態を解いてくれたらしい。
「クローネさん、ご無事で!? あの、早速で申し訳ないのですが、クゥン君が怪我を――」
「【小麦色の風・清き水をたたえし水筒】」間髪入れず、クローネさんが詠唱を始めてくれた。「【その名はラファエル――ヒール】」
温かな光がクゥン君を包み込んだ。
「ありがとうございます、クローネ様」クゥン君が自身の傷を確かめる。「もう大丈夫です」
「おや」部屋の外から、また別の声が聴こえてきた。「無事だったようだね、クローネ」
ヴァルキリエさんだ。
どうやら、追手を全員ぶちのめし終わったらしい。
やっぱつえーなこの人。
「で」とヴァルキリエさん「どういう状況なんだい?」
クローネさんの登場により、今や状況は劇的に改善した。
クローネさんはこのとおり無事で、こうして合流できた。
私を蝕んでいた洗脳魔法は解除された。
クゥン君の怪我も治った。
そして何より、領都の人たちが獣人を深く憎んでいる理由も判明した。
そう、この魔法陣だ。
地下室から客席へ洗脳魔法を掛けつつ、同時に『獣人憎し』を助長させるような演目を上演することで領民たちを洗脳するという、劇場型(文字どおりの意味で)の洗脳装置。
「つまり、この魔法陣が元凶だったんですよ!」
私はヴァルキリエさんたちに、事のあらましを説明する。
「領法で禁止されている洗脳魔法。それを使っているという動かぬ証拠!」
「そうなんです」とクローネさん。「こうして証拠は見つけたものの、ちょうどゾルゲに地上へ続く唯一の扉に鍵を掛けられてしまいまして。まさか『出して』と叫ぶわけにもいかず、こうしてずっと隠れていたんです」
やはり状況は、私たちが予想していたとおりだったというわけだ。
「せめてこの魔法陣を無効化できれば、とも思ったのですが……このとおり頑丈で」
クローネさんがナイフで魔法陣をガリガリ削ろうとする。
が、魔法陣には傷ひとつ付かない。
そういう防護系の魔法でも掛かっているのだろうか。
「それを壊すなんてとんでもない!」
私は叫んだ。
「え? ですが、これが原因なんですよ?」
「私たちが、逆に利用させてもらうんですよ。さぁ、エクセルシア軍団による大逆転劇の開始ですよ! 劇だけにね!」