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29「黒幕、捕縛」

 私たちは隠れることなく悠然と、ゾルゲの執務室に向かって歩く。

 すでに動かぬ証拠を押さえており、コソコソする必要がなくなったからだ。

 道中、何度かゴロツキどもが襲いかかってきたが、すべて返り討ちにした。

 主にヴァルキリエさんが。


「僭越ながら」私の護衛をしながら、クゥン君が私に声を掛けてきた。「女神様は、銃の練習をするべきかと」


「面目次第もございません……」


 私は平謝りだ。


「銃というものは、遊底を引かないと初弾が装填されないんです」


「ふむふむ」


 だから、何度引き金を引いても弾が出なかったのね。

 というかこの子、プログラミングのこととなると心のシャターをガラガラピシャンしちゃうくせに、武器のこととなるとすごく覚えが早いんだよね。

 苦手意識がないからだろうか。

 もしくは、『エクセルシアを守らなきゃ』っていう責任感ゆえ、とか?

 だとしたら嬉しいな……なんて。


「でも、2発目以降は引き金を引いただけで出てきたのはなぜ?」


「撃った時の衝撃によって遊底が自動で後ろに下がり、弾倉の中に入っていた次弾が弾倉底のバネで押し上げられて、薬室内に送り込まれるからです」


「なるほどなるほど!」


 おや?

 気がつけば私、クゥン君と普通に会話できてるな。

 それに、クゥン君のほうも尻尾をブンブン振っている。

 まるで、私とおしゃべりするのが楽しくて楽しくて仕方がない、とでも言いたげな様子。


 んー……何なんだろう?

 実は、相思相愛?

 でもこの子、私をフったはずだよね?

 何か、私とクゥン君の間で勘違いやすれ違いが発生しているのだろうか?


「ねね、クゥン君」


 私はクゥン君の裾を引っ張り、彼を列の最後尾に招く。

 列の先頭はヴァルキリエさんに任せておけば大丈夫だろう。


「な、何でしょうか」


 私に裾を引っ張られたからか、緊張気味のクゥン君。

 ええい、ここはドストレートにいくぞ。

 女は愛嬌と度胸の両方だ!


「私のこと、好き?」


「――ッ!?」


 クゥン君の尻尾がぶわわってなった。

 うふふ、可愛いなぁ。


「す、す、す――」クゥン君、顔を真っ赤にしながら、「好きです!」


「――ッ!」


 今度は私が毛を逆立てる番だった。


「…………嬉しい…………」


 私の唇から、吐息が漏れた。

 心の底から、嬉しいと感じた。

 胸がじんわりと熱くなる。


「でも、だったらどうして、私の気持ちを受け入れてくれないの? あ、や、別に恨み言が言いたいわけじゃなくて、純粋に疑問で」


「それは……」クゥン君がつらそうな顔をして、「分かるでしょう? この街の惨状を見れば。獣人が領主様の夫になんてなってしまった日には、暴動、反乱が起こりかねません」


「…………」


 それは、分かる。

 いや、事ここに至ってようやく思い知った、と言うべきか。

 正直言って、私はここまで深刻に考えていなかった。

 獣人差別問題と自分の恋愛を、まったく別問題として捉えていた。

 ……考えが甘かったんだ。


 けれどクゥン君は、ちゃんと考えていた。

 獣人差別問題がこれほどまでに根深いということを理解していて、そのうえで、断腸の思いで私の気持ちを断ったんだ。

 ある意味では、領主である私のために、断ってくれたんだ。

 しかも、こうして私から問いただされるまで、言い訳がましいことなんて一言も言わずに。

 泥を被ってまで……。


 優しい。

 やっぱりクゥン君は、どこまでも優しい。

 クゥン君の気持ちを汲んで、私は彼への恋を諦めるべきなのだろう。

 クゥン君のことを思うなら、そうすべきだ。

 けれど――


「諦めたくない」


「え?」


「要は、この状況――獣人差別がなくなればいいわけでしょう?」


「そんな、無理ですよ。いくら女神様でも」


「大丈夫、私に任せて!」


「…………」


 クゥン君が、泣き笑いのような顔をする。

 私の言葉を信じきれずにいるのだろう。


「着いたよ」


 ヴァルキリエさんが声をかけてきた。

 見上げれば、私たちの前に大きな扉があった。


「道中シメた連中の証言によると、この先がゾルゲの執務室だ」


「では、行きましょうか」


 私が扉の前に立つと、ヴァルキリエさんとクゥン君が私を守るように左右に立ってくれた。

 扉を開くと、果たして予想通り、ゾルゲ = フォン = フォートロンが執務室にいた。


「貴様ら、何のつもりだ!」


 劇作家ゾルゲが顔を真っ赤にさせ、カツラを掻きむしりながらこちらに詰め寄ってくる。


「不法侵入、強盗、暴行! 領主とて許されるものではないぞ! 訴えてやる!」


「こちらとしても」私は冷笑してみせる。「アナタを訴えて差し上げたいところなのですがね」


「何をバカなことを――」


「領法第7条18項。領主の許可なくして、自由階級の領民に洗脳魔法を使うべからず。破った場合は極刑または鉱山奴隷落ちとする――。アナタのお父上が作った法律ですよね」


「な、何の話だ」


 ゾルゲの目が泳ぎはじめた。

 泳ぎまくっている。すいすいだ。


「アナタの話ですよ、ゾルゲさん。地下の魔法陣、ずいぶんとご立派ですね。どんな魔法が付与されているのか、ぜひ調べさせていただきたいのですが」


「な、何の権利があって――」


「領主権限ですよ。治安維持のために必要と判断した場合、領主の名の下に立入検査が可能なんです」


「わ、私は無罪だ!」


「あーそーですかそーですか。じゃあ【鑑定】持ちの元奥さんを連れてきますので、ここでじっとしててくださいね。あ、逃げ出せるとは思わないことですよ。バルルワ = フォートロン辺境伯領最強の剣士ヴァルキリエさんが、アナタを見守っていますからね」


 男冒険者ヴァルター氏がカツラを外し、顔をごしごし拭いて特殊メイクを落とした。

 精悍な男冒険者は、あっという間に勇猛にして優美な将軍ヴァルキリエへと様変わりする。


 ――チンッ


 そのヴァルキリエ将軍が、これ見よがしに曲刀の鯉口を鳴らした。


「ひぃっ」


 ゾルゲが、情けない悲鳴を上げた。

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