それから半日のうちに、いろいろと話が進んだ。
【鑑定】持ちの元奥さんによって、地下室の魔法陣が洗脳魔法を生じさせるためのものだと判明。
ゾルゲが『虚偽だ! 私を貶める罠だ! 身内の【鑑定】結果なんぞ信用できるか!』と騒いだので、冒険者ギルドと魔法使いギルドから複数人の【鑑定】持ちを緊急呼集して【鑑定】してもらった。
結果は全員一致で『クロ』。
ゾルゲ氏の悪行が両ギルドにも知れ渡り、彼は自分で自分の首を締める結果となった。
めでたしめでたし。
というわけで、『処刑』のお時間だ。
ここは、魔の森のど真ん中。
目の前では、縄で後手に縛られたゾルゲが座り込んでいる。
メンバーは、私、クゥン君、ヴァルキリエさん、クローネさん、法務大臣さん、【鑑定】持ちの元奥様、そしてゾルゲだ。
「こんなところに連れてきて、何をするつもりだ!」
この期に及んでも、居丈高な態度を崩さないゾルゲ氏。
自分が悪いことしたって自覚、ないのだろうか。
「そ・れ・で・はっ」私はそんなゾルゲに向かって、ニッコリと微笑みかける。「処刑を始めます」
「ひぃっ! 裁判も無しに! 横暴だ! 暴君!」
「あはは、専制君主制ですから~」
ここは、魔の森の中でもちょっとだけ開けた場所。四方八方を鬱蒼とした木々に囲まれている。
木々の間からは、多数の魔物がこちらの様子を伺っている。
もし、私たちがゾルゲを放置してこの場を去れば、すぐにも処刑は完了することだろう。
魔物のエサになる的な意味で。
活造り的な意味で。
当のゾルゲも、そのことは十分に理解しているはずだ。
「処刑の前に、弁明の機会を差し上げましょう。私はこの領における立法権・行政権・司法権の三権を併せ持つ最強無敵の絶対君主ですが、同時に、民の声に耳を傾ける優しき領主でもあるので。過激な歌劇で民衆を扇動し、獣人差別を激化させ、間接的に無数の獣人たちを殺してきたどこかの劇作家さんとは違うのです」
「こ、こんな行為は違法だ!」
「違法なのはアナタのほうでしょうに。では、質問させていただきますね」
「今すぐ私を解放しろ!」
「はー……話の通じない人ですね。いいから質問に答えなさい。アナタはなぜ、獣人差別を助長・扇動するような演目を上演しているのですか?」
「お前には関係ないだろう!」
「な・ぜ、上演しているので・す・か?」
「答える義務などない!」
「はー……これでも私、ホワイトな領主を自称しておりましてね。定時退社を推奨しているのです」
「ていじ……何だと?」
「今、この場にいる私の家臣たちを、日没と同時に業務から解放する――私にはその義務があるのです」
まぁ正確には、私の護衛であるクゥン君だけは、日没後も私のそばを離れない。
その分、彼には特別手当を出しているし、別の護衛を立てて有給休暇を取得するようにも言っている。
まぁ、当のクゥン君が頑なに有休を取ってくれないのだけれど。
「何の話だ。何を言っている?」
「ですから、日が落ちたら私たちは帰る、と言っているのです」
時刻はもう、夕方に近い。
太陽は地平線の向こうに差し掛かりつつある。
「わ、私はどうなる!?」
ゾルゲが慌てはじめた。
「また明日、日が昇ったら来ますから」
――グルルルルル……
――ガウガウッ!
木々の向こうから、魔物たちの唸り声が聴こえてきた。
ヤツらは、日が沈むのを待っているのだ。
「た、助けてくれ!」
「ご安心を。縄は外して差し上げますから」
――ブモォォオオオッ!
――ギャギャギャギャギャッ!
「ひぃぃっ。丸腰では戦えるわけがないだろう!?」
「特別に、剣もひと振り貸与しましょう」
「わ、私は戦えないんだ!」
「それはおかしいですね」私は首を傾げてみせる。「今日、アナタが書いた劇を観劇させていただきました。見事な出来でしたよ。特に
「書けるからって、実際に剣を握れるとは限らないだろう!?」
「でもアナタは、たくさんの獣人を殺しましたよね。ペンは剣より強しと言いますけれど」
「きゅ、急に何を言い出すのだ!? 私は殺しなどしたことはない! ましてや、薄汚い獣人に手を下したことなど――」
「……薄汚い、ね」
私の中で、強烈な怒りが爆発寸前になる。
「34名」
「…………え?」
首を傾げたゾルゲの胸ぐらを、私はつかんだ。
「我が領において、過去1年間で、人間からの直接的な虐待・暴行で死亡した獣人の人数です。アナタが差別を扇動しなければ、亡くならずに済んだ可能性が極めて高かった命です」
もちろん、この数字は領軍に徴兵され、『突撃兵』の名のもとに魔物のエサにさせられた獣人たちは含まれていない。
クゥン君のお兄さんたちは、この数字の外で亡くなってしまったんだ。
「な、何を言っている? 私は関係ない!」
「ですが、事実として34名もの方々が亡くなっている。ペンは剣よりも強し。良い言葉ですよね。アナタは自分では剣も握れず、直接殺せるだけの度胸もないのに、ペン先だけで年間何十人も殺し、何百人もの獣人を不幸にさせている。素晴らしい才能ですね。戦果だけで言えば、我が領軍のヴァルキリエ将軍よりも上なのでは?」
私はゾルゲの胸ぐらから手を離す。
ゾルゲが荒い呼吸をする。
「ほら、さっさと質問に答えなさい。アナタはなぜ、獣人差別を扇動するような歌劇を書き、上演しているのですか?」
「うぅ……うぅぅぅ……」
ゾルゲがうつむき、唸っている。
「ほらほら、空はもう真っ赤ですよ。日が沈んだら、私たちは帰っちゃいますからね」
「うぅぅううううッ!」泣き出しそうな顔で、ゾルゲが言った。「ち、父上に指示されたからだ!」
「そう、ですか」
……思ったとおりの回答だった。
やはり、クソ前辺境伯は意図的に獣人差別を引き起こしていた。
そして、その尖兵として実の息子を使っていたのだ。
うん、想定内だ。
心底胸糞悪いが、想定内。
あの愛沢部長なら、自分の治世を安定させるためにそのくらいはやるだろう。
贅沢三昧な自分の生活を維持するために、毎年何百人もの獣人を絶望のどん底に叩き落とすくらい、鼻歌交じりにやることだろう。
真正のサイコパス。
この世で最も邪悪な人間。
『他人の不幸は蜜の味』を地で行くあの悪魔なら、そのくらいは、普通に、やる。
だから、想定内だ。
だが同時に、ひとつの疑問が生じる。
「前辺境伯は――アナタの父親は、もういないではありませんか。あの男は現在、行方不明。乳幼児も含めた実子の全員を見捨てて、蒸発してしまったんですよ? まさか、前辺境伯から秘密裏に連絡を受けているのですか?」
「う、受けていない!」
「ならば、なぜ?」
そう、それが疑問なのだ。
「アナタの父は、アナタを見捨てた。洗脳魔法の許可もなくなった今、前辺境伯の言いつけを守ることに一切の利益はなく、ただただ膨大なリスクがあるだけです。現にアナタはこうして逮捕され、処刑されようとしている。なのに、なぜ? そうまでして父の残した指示を守り続ける必要性が、どこにあるというのですか?」
「だが……でも……それでも!」ゾルゲが泣き出しそうな顔をしている。「私は父上に指示されたんだ。指示されたんだよ!」
ゾルゲが真っ青になって、ガタガタと震えだす。
「父上の指示を破るわけにはいかない。絶対に!」
その目は洗脳されきっている。
「父上が『やれ』と言ったんだ。終了の指示は未だ受けていない。ならば私は、歌劇を生み出し続けなければならない。父上のために、分断統治のための策を実施し続けなければ!」
まるで、前辺境伯の言葉が絶対であるかのような口振りだ。
……あぁ、分かった。
この男もまた、愛沢部長の被害者だったのか。
その可能性も考えてはいたけれど、いざ目の前にすると、本当に胸糞悪いな。
あの男にとって、自分以外の人間はすべて道具。
自分の息子さえも……。
コイツがやってきたことは、許せない。
バルルワ村を治める者として、バルルワ = フォートロン辺境伯として許してはならない。
けれど、コイツが、すでにいなくなった前辺境伯の呪縛に囚われ続けているのは可愛そうだ。
正当な裁きを下すためにも、まずはコイツを前辺境伯の呪縛から解放してやらなければ。
もちろん、こうなる可能性を見越して、そのための仕込みは済ませてある。
――グルルルルル……
――ギーッギーッギーッ!
ついに、日が沈んだ。
森の奥からは、無数の魔物たちの気配が――いや、『気配』などという表現など生ぬるい、声や体臭や魔力の乗ったプレッシャーが漂ってきている。
今にも飛びかかってきそうだ。
こうなってくると、ゾルゲはもちろん、もはや私すら無事では済まないかもしれない。
「前辺境伯が――コボル = フォン = フォートロンが怖いんですか?」
「ひっ、ひぃぃ……」
私が話しかけても、ゾルゲは私のほうを見ない。
森の奥――魔物の群れに、視線が釘付けだ。
「答えてください。父親が怖いんですか?」
「そ、そんなことを話している場合ではないだろう!? いったい何を考えて――」
「答えろぉ!」
「ひぃっ!?」
私の一喝で、ゾルゲがようやく私を見た。
「答えろ。父親が怖いのか?」
「……………………怖い」
ゾルゲは泣いていた。
大の大人が、ポロポロと涙を流していた。
「父上が、怖い。父上に逆らうのが、怖い。父上の笑顔が、怖い。怖いんだ」
「ですが、あの男はもういませんよ。逃げ出したんです」
「それでも、怖い。心の中に棲み続けているんだ。毎晩毎晩、夢の中で微笑みかけてくるんだ」
「ですが、その幻影はけして手を伸ばしてはこない。幻影なあくまで幻影であって、アナタに直接手出しはできない。そうでしょう?」
「そう、かも、しれない。だが……」
今や魔物たちは森の中から這い出し、私たちのすぐそばにまで忍び寄ってきている。
――グルル……ハァッハッハッハッ……
オオカミ系の魔物の集団が、生臭い息を吐いている。
その臭いが私たちの鼻先に届く。
それほどの近距離だ。
月明かりすらない暗闇の中、魔物たちがどこまで距離を詰めてきているのか、分からない。
「話は変わりますが」私は自身の恐怖を悟られないよう、努めて陽気な声で言った。「今、この状況についてはどう思いますか?」
オオカミ系の魔物だけではない。
衣擦れや、金属の音もする。
服や武具を装備するだけの知恵を持っている魔物――ゴブリンか、オークか、はたまたオーガか。
いずれにせよ、私たちの周囲はもはや魔物で埋め尽くされていて、状況は一触即発だ。
私たちか、魔物たちか。
どちらかが少しでも動けば、騒乱が始まることだろう。
ヴァルキリエさんとクゥン君はともかく、他のメンバーは食い散らかされかねない。
「こ、怖いに決まっているだろう!」
ゾルゲが、叫んだ。
と同時に、もわっと異臭が立ち込める。
ゾルゲが失禁したらしい。
ははぁん、この親子はまったく……まぁ、かくいう私もちびりそうなんだけどね。
ともあれ、言質は引き出した。
あと一歩だ。
「どっちが怖いですか? 今の状況と、父親と。どちらのほうが、より怖いですか?」
私の問いに――、