「どっちが怖いですか? 今の状況と、父親と。どちらのほうが、より怖いですか?」
私の問いに――、
「今の状況のほうだ!」
泣き叫びながら、ゾルゲが答えた。
「その言葉が聞きたかった」私はニヤリと微笑む。「カナリア君!」
次の瞬間、空が太陽の明かりで照らされた。
いや、太陽と言うのはさすがに大げさかもしれない。
照明弾だ。
陸戦鉄神M4に搭載されている照明弾が、空を、地面を照らしたのだ。
突然の光に驚いた魔物たちが、一斉に飛び退く。
続いて、
――ヒュゥゥゥゥウウウ……ドシーンッ!
轟音とともに、鉄神M4が降ってきた!
これこそが、『仕込み』。
あらかじめ、カナリア君が操るM4を森に潜ませておいたのだ。
鮮やかに着地したM4が、巨大アサルトライフルで周囲の魔物を薙ぎ払っていく。
オオカミ系の魔物が、
木の上にいたサル系の魔物が、
ゴブリンが、
オークが、
オーガが、
そして巨体を有するトロールまでもが。
ありとあらゆる魔物が、アサルトライフルのひと薙ぎで屠られていく。
あっという間だった。
ほんの十数秒のことだった。
危機は去ったのだ。
「このとおり」照明弾の明かりの下で、私はゾルゲにニッコリと微笑みかけた。「もう、怖くない」
「あぁ、あぁぁ……」
ゾルゲが泣いている。
魔物に食われるという恐怖から解放されたことに対する涙なのか、それとも。
「前辺境伯よりも怖かったはずの魔物たちは、このとおり私の軍が殲滅しちゃいました。私やアナタを殺すことすら可能だった魔物が、このとおり瞬殺。翻って、アナタに指一本触れることもできないお父上の幻影は、本当に怖いのでしょうか?」
ゾルゲが――劇作家ゾルゲ氏が、顔を上げた。
「どうですか? まだ怖い?」
ゾルゲ氏は憑き物が落ちたような、すっきりとした顔をしていた。
「怖くない……あ、いえ、怖くありません。私はどうして今まで、父上の幻影に縛られていたのでしょうな?」
「まぁ、それがあのクーソクソクソ前辺境伯の特技ですからね」
「くーそくそ?」
「ええ。ほんとにクソでしょ、あの男。妻は奴隷扱いするわ、子供たちは見捨てて逃げるわ」
「ふ、ふふ……あーっはっはっはっ。確かにそうですな。クソだ。クソ親父だ」
「さて」私は居住まいを正した。「ゾルゲ。フォン持ちではない、平民ゾルゲよ。アナタに沙汰を下します」
「!」
ゾルゲ氏が背筋を伸ばした。
「アナタは領法どおり、鉱山奴隷落ちとします。勤務地は――」
ヴァルキリエさんが、ゾルゲ氏の縄を解いた。
ゾルゲ氏が不思議そうな顔をする。
「バルルワ温泉郷の劇場、並びに領都フォートロンの劇場です。温泉郷のほうの劇場は、これから作るんですけどね」
「…………はい?」
「温泉掘りも、広い意味では鉱山勤務」
「くくくっ」ヴァルキリエさんが笑いをこらえている。「また、我らが主の屁理屈が始まったようだぞ」
「穴や壁を掘るって意味じゃ一緒でしょう? そして、掘ることだけが鉱山奴隷の仕事じゃない。『掘り』に付随する仕事――例えば温泉建設業に携わる人々の慰労なんかも仕事に含まれます」
「慰労?」
「そう。素敵な歌劇で人々を楽しませ、ストレス解消させるお仕事です」
「すとれす……?」
しまった。
この世界には、ストレスの概念はないんだったか。
「まぁ、娯楽ですよ娯楽。つらいことやしんどいことが多い人生でも、楽しみがあれば『明日もがんばろう』ってなるでしょう?」
「私に、アナタ様のための歌劇を書けとお命じになるのですか?」
「私のためではありません。獣人たちのため、そして領民全員のための歌劇を。獣人を称え、領民全員が仲良くなれるような、平和的な歌劇を!」