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32「黒幕の懐柔、成功」

 翌日、領都フォートロンにて。


「ふぉぉおおっ、このきらびやかな……何!? この、何!?」


『休演中』という看板が掛けられた劇場内で、劇作家あらため辺境伯家直属鉱山奴隷のゾルゲ氏が歓声を上げた。

 あはは。

 劇作家なのに、驚きのあまり語彙喪失しとる。


 ゾルゲ氏が口をぱくぱくさせながら見上げているのは、劇場の壁に映し出された『爆発.mp4』というエフェクト動画だ。

 鉄神2号に搭載されたプロジェクタによって、映し出されている。

 動画なんかでよく見る『ドッカーン!』って感じのエフェクト。

 こうしたプロジェクタや動画ファイルなんかも、魔の森地下の武器集積所で見つけたんだよね。

 なぜ、武器集積所に娯楽の道具が置いてあるのかはナゾだけど……慰労用とかだろうか?

 まぁでも戦場の様子を撮影して、それを作戦会議に利用したり、プロパガンダとして流したりってのは有用な手段だよね。


 もちろん、動画は『爆発.mp4』だけではない。


『満天の星空.mp4』

『集中線.mp4』

『桜吹雪.mp4』

『しゅわわわ~ん.mp4』

『流れ星.mp4』

『クラッカー.mp4』

『ハート.mp4』

『テレビが消える演出.mp4』

『ざわ……ざわ…….mp4』

『その時、電流走る.mp4』

『NT.mp4』

『斬撃.mp4』

『昇天.mp4』

『ダメージ.mp4』

『メラメラ.mp4』

『雨.mp4』

『嵐.mp4』


 などなどなどなど……。

 集積所から見つけた多数のノートパソコン、ラップトップパソコン、外付けハードディスク、USBメモリといった記憶装置の数々からは、数百どころか千件を超える動画の数々が見つかっている。


「これ、この効果は第1幕第3場で使える! こっちの雨の様子は第3幕に。この美しい花びらは何だ? こんな花は見たことがない。あぁでも劇に取り入れたいっ」


 あぁ、桜吹雪の桜は日本で観賞用に品種改良されたやつだから、中世ヨーロッパ風なこの国にはないだろうねぇ。

 モンティ・パイソン帝国の始皇帝ソラが恐らく元日本人の転生者で、そのソラ氏が『桜吹雪』という概念をこの世界に持ち込んだのだろう。


 でも、遠く東の方――仮想敵国モンティ・パイソン帝国のさらに東には『シン帝国』というどこかで聞いた覚えのある国があるって話だから、もしかしたらさらにその東には『コリア』って名前の半島と、さらにその東に『ジパング』って島国があったりするのかもしれない。

 平和になったら、東へ旅行してみるのも良いかもね。

 まぁ、まずは目の前の問題――獣人差別問題と領都フォートロンの騒乱を収めなければならないのだけれど。

 すべては、ゾルゲ氏が書く新作歌劇に懸かっている。


「は、ははっ、ははははは! すごい、すごいぞ! これらの演出があれば、私の劇をもっと魅力的にすることができる!」


 当のゾルゲ氏は頬を紅潮させながら、鉄神2号のタッチパネルを操作して次々と動画を再生させている。

 驚くべき順応速度だ。


「この効果は第4幕第1場に、この効果は第2幕第1場に。おおっ、この効果があれば、あのシーンがもっと良くなるな! これは、戯曲を一から書き直さなければ」


「あの、ゾルゲさん? 1週間後には上演開始したいので、あんまり時間をかけないでもらいたいのですが……」


「ふふっ、ふふふふふ……」


 目をキラキラさせながら中空を見つめるゾルゲ氏。


「おーい」


 と声をかけても、宙を見つめるばかりで反応がない。

 そんなゾルゲ氏だったが、数分後、


「できた!」


 と叫んだ。


「え、できたって何がです?」


「これらの効果を使った場合の戯曲が、書き上がったのです」


「え、この数分で!? 脳内で!?」


「ええ」ゾルゲ氏がうなずき、それから心底不思議そうな顔で、「え、それが何か?」


「は、ははは、ソウデスカ……」


 たったの数分で、1時間以上にもなる演劇の台本をリライトしてしまいましたか。

 それも、ペンと紙も無しに、脳内だけで。

 獣人差別のために歌劇を書いていたという点はさて置き、やはりこの人もこの人でプロだな。

 プロであり、ある種の天才。

 この人を味方に引き込むことに成功して、本当に良かった。


「では、そんなゾルゲさんに朗報を。実は映像だけでなく、効果音もあるんですよ」


『バシュッ.mp3』

『ズキューン.mp3』

『ドッカーン.mp3』

『チーン.mp3』

『グキリッ.mp3』

『剣戟.mp3』

『銃声.mp3』

『宇宙戦争.mp3』

『爆笑.mp3』

 エトセトラ、エトセトラ。


「おおおっ! これはどういう時に使うのでしょうか?」


『グキリッ.mp3』


「これは足首をくじいた時に」


「これは!?」


『チーン.mp3』


「オチがついた時や、誰かがダウンした時なんかに」


「もしや女神様は、遠い異国の歌劇文化に対する造形がおありなのでしょうか?」


「と言いますと?」


「実は、父上――もといクソ親父も、この手の先進的な歌劇演出に関する知識を持っておりましてな。私の歌劇がウケていたのには、それらの知識を活用していたから、という側面もあるのです」


「なるほど」


 愛沢部長も、現代日本や現代地球の映画、アニメ、動画、歌劇などの知識をゾルゲ氏に伝授していたらしい。

 けれど、さすがに口頭での説明に留まっていたのだろう。

 このように、実際の映像や音声を見聞きさせることはできなかったはずだ。

 いや、もしかしたら口で表現してたのかもしれないけど。

 あの沈鬱な男が『ズキューン』とか『チーン』とか口で表現したのかと思うと、笑えてくるけど。


「素晴らしい、素晴らしい!」


 少年のように目をキラキラさせながら、効果音に聴き入るゾルゲ氏。


「傑作になる。間違いなく、傑作が書き上がる。獣人を大活躍させ、誰もが幸せになれる最っ高の歌劇を書き上げてみせますぞ!」

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