翌日、領都フォートロンにて。
「ふぉぉおおっ、このきらびやかな……何!? この、何!?」
『休演中』という看板が掛けられた劇場内で、劇作家あらため辺境伯家直属鉱山奴隷のゾルゲ氏が歓声を上げた。
あはは。
劇作家なのに、驚きのあまり語彙喪失しとる。
ゾルゲ氏が口をぱくぱくさせながら見上げているのは、劇場の壁に映し出された『爆発.mp4』というエフェクト動画だ。
鉄神2号に搭載されたプロジェクタによって、映し出されている。
動画なんかでよく見る『ドッカーン!』って感じのエフェクト。
こうしたプロジェクタや動画ファイルなんかも、魔の森地下の武器集積所で見つけたんだよね。
なぜ、武器集積所に娯楽の道具が置いてあるのかはナゾだけど……慰労用とかだろうか?
まぁでも戦場の様子を撮影して、それを作戦会議に利用したり、プロパガンダとして流したりってのは有用な手段だよね。
もちろん、動画は『爆発.mp4』だけではない。
『満天の星空.mp4』
『集中線.mp4』
『桜吹雪.mp4』
『しゅわわわ~ん.mp4』
『流れ星.mp4』
『クラッカー.mp4』
『ハート.mp4』
『テレビが消える演出.mp4』
『ざわ……ざわ…….mp4』
『その時、電流走る.mp4』
『NT.mp4』
『斬撃.mp4』
『昇天.mp4』
『ダメージ.mp4』
『メラメラ.mp4』
『雨.mp4』
『嵐.mp4』
などなどなどなど……。
集積所から見つけた多数のノートパソコン、ラップトップパソコン、外付けハードディスク、USBメモリといった記憶装置の数々からは、数百どころか千件を超える動画の数々が見つかっている。
「これ、この効果は第1幕第3場で使える! こっちの雨の様子は第3幕に。この美しい花びらは何だ? こんな花は見たことがない。あぁでも劇に取り入れたいっ」
あぁ、桜吹雪の桜は日本で観賞用に品種改良されたやつだから、中世ヨーロッパ風なこの国にはないだろうねぇ。
モンティ・パイソン帝国の始皇帝ソラが恐らく元日本人の転生者で、そのソラ氏が『桜吹雪』という概念をこの世界に持ち込んだのだろう。
でも、遠く東の方――仮想敵国モンティ・パイソン帝国のさらに東には『シン帝国』というどこかで聞いた覚えのある国があるって話だから、もしかしたらさらにその東には『コリア』って名前の半島と、さらにその東に『ジパング』って島国があったりするのかもしれない。
平和になったら、東へ旅行してみるのも良いかもね。
まぁ、まずは目の前の問題――獣人差別問題と領都フォートロンの騒乱を収めなければならないのだけれど。
すべては、ゾルゲ氏が書く新作歌劇に懸かっている。
「は、ははっ、ははははは! すごい、すごいぞ! これらの演出があれば、私の劇をもっと魅力的にすることができる!」
当のゾルゲ氏は頬を紅潮させながら、鉄神2号のタッチパネルを操作して次々と動画を再生させている。
驚くべき順応速度だ。
「この効果は第4幕第1場に、この効果は第2幕第1場に。おおっ、この効果があれば、あのシーンがもっと良くなるな! これは、戯曲を一から書き直さなければ」
「あの、ゾルゲさん? 1週間後には上演開始したいので、あんまり時間をかけないでもらいたいのですが……」
「ふふっ、ふふふふふ……」
目をキラキラさせながら中空を見つめるゾルゲ氏。
「おーい」
と声をかけても、宙を見つめるばかりで反応がない。
そんなゾルゲ氏だったが、数分後、
「できた!」
と叫んだ。
「え、できたって何がです?」
「これらの効果を使った場合の戯曲が、書き上がったのです」
「え、この数分で!? 脳内で!?」
「ええ」ゾルゲ氏がうなずき、それから心底不思議そうな顔で、「え、それが何か?」
「は、ははは、ソウデスカ……」
たったの数分で、1時間以上にもなる演劇の台本をリライトしてしまいましたか。
それも、ペンと紙も無しに、脳内だけで。
獣人差別のために歌劇を書いていたという点はさて置き、やはりこの人もこの人でプロだな。
プロであり、ある種の天才。
この人を味方に引き込むことに成功して、本当に良かった。
「では、そんなゾルゲさんに朗報を。実は映像だけでなく、効果音もあるんですよ」
『バシュッ.mp3』
『ズキューン.mp3』
『ドッカーン.mp3』
『チーン.mp3』
『グキリッ.mp3』
『剣戟.mp3』
『銃声.mp3』
『宇宙戦争.mp3』
『爆笑.mp3』
エトセトラ、エトセトラ。
「おおおっ! これはどういう時に使うのでしょうか?」
『グキリッ.mp3』
「これは足首をくじいた時に」
「これは!?」
『チーン.mp3』
「オチがついた時や、誰かがダウンした時なんかに」
「もしや女神様は、遠い異国の歌劇文化に対する造形がおありなのでしょうか?」
「と言いますと?」
「実は、父上――もといクソ親父も、この手の先進的な歌劇演出に関する知識を持っておりましてな。私の歌劇がウケていたのには、それらの知識を活用していたから、という側面もあるのです」
「なるほど」
愛沢部長も、現代日本や現代地球の映画、アニメ、動画、歌劇などの知識をゾルゲ氏に伝授していたらしい。
けれど、さすがに口頭での説明に留まっていたのだろう。
このように、実際の映像や音声を見聞きさせることはできなかったはずだ。
いや、もしかしたら口で表現してたのかもしれないけど。
あの沈鬱な男が『ズキューン』とか『チーン』とか口で表現したのかと思うと、笑えてくるけど。
「素晴らしい、素晴らしい!」
少年のように目をキラキラさせながら、効果音に聴き入るゾルゲ氏。
「傑作になる。間違いなく、傑作が書き上がる。獣人を大活躍させ、誰もが幸せになれる最っ高の歌劇を書き上げてみせますぞ!」