1週間後、領都フォートロンにて。
休館していた劇場が再開した。
「新作だって!?」
「早く見たい!」
1週間の歌劇絶ちで禁断症状に陥っていた民衆が、劇場に押し寄せてきた。
朝も早い時間だというのに、長蛇の列だ。
「ずいぶん来ましたねぇ、お客さん」
私の言葉に、
「そのようですな」
ゾルゲ氏が自信ありげにうなずく。
みな、獣人を悪役にして、獣人がひどい目に遭う話が見たくてここに来ている。
けれど、今日から上演する演目は、そういう内容ではない。
だからこそ、『期待外れ』と思わせないように、圧倒的な面白さが求められているのだ。
ゾルゲ氏は、最高の戯曲を書いてくれた。
役者、演奏家、そして裏方たちは練習に練習を重ね、準備に準備を重ねて最高の仕上がりにしてくれた。
私も、鉄神と持てるスキルを駆使して彼らをサポートした。
正直言って、自信はある。
「新装開店特別フェア! バトルオブチキンの温泉卵はいかがですか~? 劇場チケットをご購入の方なら、1個無料ですよ」
「弾けるトウモロコシのお菓子だよ! チケット持ってる人なら1袋無料だよ!」
「砂糖入りのあまーいジュースはいかが? 1杯無料です」
劇場内には、新たに売店を設けた。
劇場チケット1枚5ゴールド(500円)で劇 + 温泉卵 + ポップコーン + 砂糖入りジュースは、はっきり言って完全に赤字だ。
特に、この世界では砂糖がバカ高い。南方の国からの輸入頼りだからだ。
けれど、目的は商売ではなく、問題解決。
獣人差別問題の解消と、領都における反領主感情の改善、ひいては領都内の争乱の解決。
おつまみとジュースは、そのための投資。
ケチっている場合ではないのだ。
さて、無料のおつまみとたいそう貴重な砂糖入りジュースを手にした客たちは、ホクホク顔で客席へと向かう。
開場後十数分で、客席は満員御礼だ。
「今日はどんな劇が見れるんだろうな?」
「誰も見たいことがないような、ものすごい演出だって話だぞ」
「楽しみ!」
お客さんたちが口々に、期待の声を上げる。
さて、定刻になった。
客席を照らしていた魔道具証明が、ぱっと消えた。
舞台と客席を、暗闇が支配する。
次の瞬間、
――デェェェエエエエエエエエンッ!
オーケストラの演奏とともに、舞台の中央壁面に映し出されるは、満天の星空――もとい、宇宙。
スターでウォーズしそうな黄色いテロップが画面下から出てくる。
遠い遠い昔、はるか彼方の銀河系で――ではなく、今から語られる物語の背景・概要について。
『フォートロン辺境伯領の最東端、辺境も辺境のバルルワ村は、今日も魔物の脅威にさらされていた。
そこに颯爽と現れたのは、女神エクセルシア!
女神は神パワーで魔物の大軍を退治し、温泉を掘って村を豊かにしてくれました。
けれど、村に忍び寄るあまりにも巨大な影が……』
といった内容だ。
――どよどよっ!
と、客席から驚きの声が上がっている。
この国にはプロジェクタなんてものはなかったし、映像を投影するような魔法もない。
冒頭のテロップだけでも、十分、観客たちの度肝を抜くことができたはずだ。
舞台が明るくなり、演目が始まった。
物語は、バルルワ村がゴブリンの軍勢に襲われているところから始まる。
そこに私が現れ、守り神に過ぎなかったはずの鉄神を動かし、軍勢の頭目(ホブゴブリン)を討伐する――という内容。
うん、ほぼ実話だ。
ただし、『獣人たちは人間に虐げられており……』的な表現はしないように努めた。
観客に過度な罪悪感を抱かせ、『これ以上見たくないな』『見るのしんどいな』と思われては困るからだ。
この劇は言い訳の余地がないほどド直球のプロパガンダだが、それでも劇の体裁を取る以上はエンタメでなければならない。
今までの劇は『人間 VS 悪役獣人』という構図だった。
これを、より悪い存在である魔物を登場させて、『可愛そうな獣人 VS 恐ろしい魔物』という構図に置き換えた。
観客たちが固唾を呑んで観劇している。
魔物たちの恐ろしげな声。
魔物が村人に襲いかかった時の、『ズバシュッ』という(この国では)斬新な効果音。
舞台袖の鉄神2号によって投影される、火の手が上がるド派手なエフェクト。
どれも、現代地球のCGやアニメを見たことがない領民たちからすれば未知との遭遇のはずだ。
さぞ目を奪われ、心をわしづかみにされることだろう。
そして、優れているのは演出だけではない。
演者たちは迫真の演技をしているし、BGMを担当するオーケーストラの演奏も極上だ。
バルルワ村がゴブリンの軍勢に飲み込まれる。
「もうダメだ、おしまいだ」と村人たちが諦めかけた時、舞台に1人の美少女が現れた。
女神エクセルシア――つまり、私だ。
エクセルシア役の役者さんはもんのすんごい美人で、背も高くスタイルも良くて胸もばいんばいん。
本人がこんなちんちくりんなので、もう少し手加減してもらいたかったのだけれど……。
エフェクトマシマシ、効果音盛り盛りな、ド派手なバトルシーンが始まる。
観客は悲鳴を上げたり、鉄神を応援したりと大盛り上がり。
大道具さんががんばって作ってくれたゴブリンの頭目を、これまた大道具さんががんばってくれた鉄神が『メキョッ』としたシーンなんて、観客はみんなスタンディングオベーションだった。
うんうん、良い感じだよ。
続いて、女神エクセルシアによる内政パート。
ここも、『前辺境伯の横暴により、バルルワ村は石造りの城壁を立てるのを禁止されていて――』といった下りはバッサリとカットしている。
観客からすれば、前辺境伯の企みなんて知ったこっちゃないわけだしね。
舞台では、鉄神が地面を殴りつけて井戸を掘っている。
拳を打ちつけるたびに『爆発.mp4』と『ドッカーン.mp3』が再生され、実にド派手だ。
うん、現代日本でこんなの流しちゃったら、『やり過ぎ』『過剰演出』『うるせぇ』って言われかねない内容だが……事この国に限っては、大ハマり。
観客たちはみな、夢中になって舞台に見入っている。
やがて鉄神が温泉を掘り当て、バルルワ村が立派な温泉郷へと変貌していく。
どデカい旅館が一夜にして建てられた下りも、私の功績ということにされてしまった。
ホントはステレジアさんがやってくれたんだけど……。
ゾルゲ氏いわく、『登場人物を増やしすぎると戯曲がぼやける』とのこと。
なるほど、確かに。
事実に則るなら、この劇には実にたくさんの人々が参加することになる。
ステレジアさん、クローネさん、法務・財務・商務・国土交通・総務各大臣さん、バルルワ村の村長さんと村のみなさん……それほどの人たちを登場させようと思ったら、舞台が役者さんたちで溢れかえってしまうし、観客も登場人物を覚えきれなくなり、劇に集中できなくなってしまう。
なので登場人物は女神エクセルシア、護衛騎士兼獣人代表クゥン、将軍兼人間代表ヴァルキリエ、そして獣人村人役のエキストラと領軍役のエキストラしか登場しないという、実にシンプルな構成となっている。
なお、旅館一夜城の功績を奪ってしまうことについてステレジアさんに相談したところ、ステレジアさんは『別にいいわよ~。その代わり、この前言ってたバブル風呂ってやつ、早いこと作ってくださらない?』と言って笑っていた。
どこまでもマイペースなステレジアさんなのだった。
やはり彼女は大物だ。
さて、舞台上ではストーリーが進んでおり、楽しげで賑やかな雰囲気が一転し、村にピンチが訪れる。
地龍、襲来。
さぁ、ここからが怒涛のバトル展開。
ゾルゲ氏が選定し、私がスクリプトを組んだエフェクトと効果音が火を吹くぜ!
ここからは、『勇敢な獣人村人たちが女神の指揮のもと力を合わせ、見事地龍を撃退した』という筋書きによって観客に『獣人TUEEEEE! かっけぇえええ!』と思わせるための、大事な大事なバトルシーン。
――オォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
開場中に轟く、太く大きなドラゴンシャウトとともに、大道具さんが頑張ってくださった地龍が現れる。
さぁ、地龍戦開始だ!